135話 ドラゴンさん、ブチギレる
瑠華が走る。その動きは軽やかにして苛烈。出会うモンスターをその一刀のもとに一瞬で斬り伏せ、轟く雷がその骸すら黒焦げにして塵となす。因みに美影は瑠華の影に潜っている。キルラが帰ってきたことで、瑠華の影が一先ず安全になったからだ。
:あーあ…。
:落ち着いたと思えばこれだもん。
:えぐい。
:ほんとにこの程度敵ですらないんだなって…。
浮遊カメラがその姿を捉え続けるも、次第にその距離が開いていく。普段はしっかりとカメラの事を意識の端に置いているので距離が開くなど有り得ないのだが、今はその余裕すら無かった。
(権限が妾に無い…妾以上の権限を持つのは…)
その相手に心当たりは当然ある。だが理解が出来ない。なにせそこまで深く関与して管理すること自体が珍しい上、わざわざこんな事をする理由が見付からないのだ。
「はぁ…」
兎も角今は奏の事だと溜息を吐いて意識を切替える。分からない事は分からないのだから、後回しでいい。
「ギャ…」
「カ…」
「ッ…」
:最早鳴く事すら許されないモンスター達。
:接敵した瞬間には首切られてるからな……。
:しかもその後ドロップ丸ごと雷で黒焦げっていう。
:瑠華ちゃんの本気やばぁ……。
瑠華としてはいち早く最下層まで突っ切りたい。だがダンジョンが奏を何処かに飛ばしてしまった事で、そう簡単にダンジョンを壊す事が出来なくなった。
ならば可能な限り時間を短縮しようと考え、雷の威力をダンジョンを壊さないギリギリまで上げていた。その結果としてドロップ品丸ごと消し飛ばしてしまっていたのだ。
だがまぁもしドロップ品が無事だったとしても拾うつもりはまるで無かったので、問題は無い。
:てか瑠華ちゃんが速ぇ!
:カメラが!
:浮遊カメラ振り切るってどんだけよ……
:それだけ心配なんでしょ。
:ま、まぁ浮遊カメラは魔力を辿るから大丈夫でしょ。
「……ん。すまんの。お主達の事を忘れておったわ」
ここで漸くカメラの存在を思い出し、魔力の糸を繋げて引っ張る。それによりぐわんっと画角が揺れるが、普段の光景を見慣れている視聴者はあまり酔うことは無かった。何気に視聴者も染まっているのである。
:わー。
:扱いが何時もより雑い…もっとやって。
:草。
:特殊なやついるな…。
「少し急ぐ故、映像は乱れるじゃろう。無理して見ずとも良いぞ」
そうカメラに告げて先を急ぐ。本当はカメラなど気にする余裕なんて無いが、後で奏に何か言われそうだと思ったので仕方無く意識を割いた。
(何も無いとは思うが、万が一は…こじ開けるしかなかろうな)
奏の命が脅かされるような事は、おそらく無いだろうとは思う。だがそれでも万が一が無いとは言えない。出来ることなら取りたくない手段だが、奏という存在を失うよりはよっぽどマシだ。
『→↑→→』
「………」
そんな瑠華の考えを感じ取ったのか、ダンジョンから次の階層へと通ずる階段までの順路が示される。よっぽどダンジョンを壊されたくないようだ。
瑠華としては唯々諾々と従うのは癪だが、今は何よりも時間が惜しいのでその通りに進んでいく。
今更Eランクダンジョンに出てくる敵に手間取る瑠華では無いので、逐次更新される案内もあってあっという間に最下層である十四階層まで到達した。
:はえぇ…
:これRTA更新出来るのでは?
:途中から人数が変わってるから無理。
:あ、そっか。
:これから瞬殺されるであろうダンジョンボスに涙を禁じ得ない。
:ブチ切れ瑠華ちゃんと出会ったのが運の尽きと言う他無い。
:ここのボス何?
:ゴブリンキング。デカイゴブリン。
:あっ……。
このダンジョンは階層ごとボスフロアとなっているので、階段を降りて直ぐの場所にボスへと続く扉が鎮座している。
その扉を瑠華が片脚で蹴り飛ばし、重厚な扉が凹んで軽々と吹き飛んだ。
:瑠華ちゃんっ!?
:大分頭にきてるなこれ……。
:ここの扉珍しい外開きだった気が……。
:瑠華ちゃんってやっぱり馬鹿力だよね。
瑠華の暴挙にコメント欄が戦々恐々としつつも、それを意に介さず瑠華が中へと足を踏み入れる。するとそこには、武器を手放し可哀想なほど震えて縮こまるゴブリンキングの姿が。
瑠華が一歩ずつ近付く度にビクッと肩が跳ね、遂には土下座してしまう始末で。
:あーあ…
:もう戦意喪失してる…
:魔王モード瑠華ちゃん。
ゆっくりと瑠華が近付き、遂に地面に額を擦り付けるゴブリンキングの目の前まで辿り着く。そして雷華の切っ先がスっと近付けられると。
「顔を上げよ」
その瑠華の言葉にビクッとゴブリンキングの身体が跳ねて、恐る恐る顔が上がっていく。しかしその遅さとここまでのイラつきが相まって、瑠華がその顎に雷華を添えて無理矢理持ち上げた。
「お前には二つの選択肢がある。このまま妾に殺されるか、無様に足掻いて妾の気晴らしに付き合って死ぬか、どちらを選ぶ?」
「ガ…グギャ……」
その刺さりそうな程冷たい眼差しに、ガタガタとゴブリンが怯える。
傍らに転がった武器である棍棒に、手が伸びる様子は無い。それが分かった瞬間、雷華がその首を容赦無く撥ね飛ばした。
「つまらん」
:………。
:めちゃゾクゾクした…。
:選ぶ時間すら与えられないゴブリンキング憐れ。
:でもどっち選んでも辿り着く先は同じだからな……
:瑠華ちゃんの新たな一面を見た。
:もしかして瑠華ちゃんってやんちゃな時もあった……?
:さぁ…?
(……実際母君と対立した事はあったがな)
母があまりにもレギノルカを甘やかしてくるので、自立して母を手伝いたかったレギノルカが大喧嘩した事はある。その影響で数千年ほどグレた事もあったりなかったり。
「さて。奏を返してもらおうか」
『待機』
「妾をこれ以上待たせるつもりか?」
『否定。現在進行中。待機。懇願。絶対』
「……はぁ」
チャキンと雷華を鞘に納め、〖魔法板〗で椅子を作りその場に座る。
:瑠華ちゃん休憩。
:何かと話してるっぽいけど…。
:犯人に心当たりあるっぽい?
:まぁ教えてはくれんだろうな。
:リスナーとしてはもどかしい。
:瑠華ちゃんだもの。
:瑠華ちゃんだもんな。
:奏ちゃん早く帰って来てー!




