131話 ドラゴンさん、雷鳴轟く
少し意地悪をしようと思っていたが、コメント欄で非難されたので致し方なく瑠華が再起動した転移の罠を踏む。その瞬間魔法陣から光が溢れ…次の瞬間には、涙目でうろちょろする奏の姿が目の前にあった。
「あっ! 瑠華ちゃぁんっ!」
「おっと…」
瑠華の姿を確認した瞬間飛び込んできた奏を難無く受け止めると、流石に泣く程打ちひしがれていたとは思わず、詫びるように頭を撫でた。
「すまんかった。少し手間取ってのぅ」
「……瑠華ちゃん」
「なんじゃ?」
「……私ね、スマホ持ってるんだ」
「………」
「瑠華ちゃん、わざと遅れて来たよね?」
先程までの泣き顔は何処へやら。瑠華の胸に押し付けていた顔を上げると、そこには笑顔を浮かべつつも目が笑っていない奏が瑠華を見詰めていて。
「帰ったら、覚悟しといてね♡?」
「………」
一階層の事もあり、奏の怒りゲージは少々爆発寸前だった。
:あら…
:これは瑠華ちゃんが悪い。
:瑠華ちゃんにしてはちょっと迂闊だったねぇ。
コメント欄にも瑠華の味方はおらず、内心少し傷付いた瑠華である。まぁ自業自得なので当然と言えば当然だが。
気を持ち直した奏が瑠華から離れると、部屋に聳える大きな扉へと目線を向けた。それはボスモンスターの居る部屋へと続く扉であり、瑠華の予想通り渋谷ダンジョンの十階層まで強制転移されたという事が分かる。
「よしっ。じゃあぱっぱと倒して進もっか」
「……帰りたくなくなってきたのぅ」
:草。
:諦めよ? 瑠華ちゃん。
:セロリが待ってるのか…。
気が乗らない瑠華の手を引きながら、奏がその扉へと手を触れる。その瞬間ギギギ…と重々しい音を立てながら独りでに扉が開いていく。そして二人が中へと足を踏み入れたのを合図として扉が閉まり、部屋に明かりが灯ると――――その部屋の中央に鎮座する存在が顕となった。
「…あー、別物ってそういう?」
その姿を確認した瞬間、奏が何故瑠華がそう自分に告げたのかを理解した。
部屋の中央に居たのは、真っ黒な体毛に覆われた中くらいの大きさの狼。それは、かつて奏が美影と戦った時の光景とよく似ていて。
「ボスモンスター、“黒狼”。通常のウルフよりも硬い黒い体毛に覆われたモンスターであり、その姿だけを見れば影狼とよく似ているが…全く異なるモンスターじゃよ」
「異なるって、何が違うの?」
「単純に能力の違いじゃな。影狼はその名の通り影に潜る力を持つが、黒狼はその能力自体は通常のウルフと然程変わらん。じゃが純粋に素早く、硬いのが特徴じゃな」
ウルフの純粋な上位互換的存在。それが黒狼と呼ばれるモンスターだ。
黒狼が伏せた状態からゆっくりと立ち上がる。敵意溢れる瞳が見据えるのは、瑠華の姿。
「さて…妾から仕掛けようかの。奏は良くその動きを観察するのじゃ」
「分かった!」
奏が頷いたのを確認して、瑠華が一歩前に出る。その瞬間黒狼が牙を剥き、一気に瑠華の元へと詰め寄った。その速さは意識していなければ一瞬で見失ってしまう程で、思わず奏が目を見開く。
「っ!」
「グルァッ!」
一直線ではなくジグザグとした挙動で瑠華へと詰め寄り、その鋭い牙で襲い掛かる。しかし瑠華は慌てる事無く更に一歩踏み出し、動きに合わせて薙刀を振るった。
普通のウルフならば、このまま反応出来ずに倒されるような攻撃。だが流石は上位種というべきか。瑠華が動いた瞬間に身体を捻り、爪を瑠華の薙刀へとぶつけてその反動で後ろへと下がった。
「…ふむ。此奴、“記憶持ち”か?」
その動き方に違和感を覚えた瑠華が、その違和感の正体を口にする。
「記憶持ち?」
:説明しよう! 記憶持ちとは本来倒されると新しい個体が出現するダンジョンにおいて、明らかに戦闘経験がある動きをするモンスターの事である!
:あ、貴方は! 解説兄さん!
:…いや誰やねんwww
:有能な有識者ではあるけどwww
:めっちゃ待ってたんだろうなwww
「へー…その理由って分かってるの?」
「単純にそもそも倒されていない可能性を考える事は出来るが…今回の場合、最も可能性として考えられるのは意識の共有じゃろうな」
「意識の共有…?」
「一階層において、逃げたモンスターが居たじゃろう?」
このダンジョンに入ったばかりの頃に遭遇したウルフの群れ。その内の一体は確かに逃げ果せていた事を奏が思い出す。
「それが黒狼との意識の共有を行っていた個体であるならば、辻褄は合う」
「成、程…?」
奏がそう言いつつも首を傾げる。瑠華の言う事を疑う事はまず無いが、意識の共有というものに対してあまり具体的な想像が出来なかったのだ。
「まぁ通常では有り得ぬ状況じゃからの。そう気にする必要は無いぞ」
「……それってつまり今回もイレギュラーって事?」
「そうなるな」
:奏ちゃん達普通のボスモンスターと戦った事無いのでは…。
:いや、一応クイーンアンツは通常個体だったよ。
:でもそれも普通の状況とは呼べないんだよなぁ…。
「さて。ならば遠慮は不要じゃな」
「いや加減はして欲しいなぁ…」
「案ずるな」
「こういう時の瑠華ちゃんの言葉が一番信用出来ない…!」
:草。
:ま、まぁ瑠華ちゃんだから……。
とはいえ瑠華としても当然やり過ぎるつもりは毛頭ない。だがいつもとは違う事を――特に奏にとって為になる事はしたいと考えていた、故に。
「武器を変えてみるかの」
「へ?」
その言葉と共に瑠華が手にしていた薙刀が姿を消し、代わりにその手に握られたのは一振の真っ白な鞘に納められた刀。その大きさは奏が扱う刀の凡そ二倍程大きく、瑠華の背丈ほどの長さであった。
「何それ!?」
「“雷華白焔・朧”。珠李が妾の為に作った刀じゃよ」
今の瑠華にとっては長過ぎる為に抜く事が出来なかったので、鞘のみを収納する事でその刀を抜き放つ。
そうして現れたのは、鞘と同じ白き輝きを放つ美しい刀身。しかし鞘から解き放たれた途端バチバチッ! と白い雷がまるで火花の如く激しく迸り、似つかわしく無い荒々しさを見せ付ける。
「相変わらずのじゃじゃ馬じゃのぅ…」
「うわぁ…」
:えっぐ。
:絶対相応しくない人が持ったら襲われるやつだ…。
御明答である。作り主である珠李ですら抜く事を許さなかったのだから、それはもう筋金入りだ。
「グルル…」
「奏。良く見ておれ」
未だ雷を纏う刀を横へ構え、切っ先を地面に向ける。一つ息を吐いてグッと瑠華が身体を少し沈めたと思えば、水を打ったように音が消えて――――そこに、凛とした瑠華の声が響いた。
「――――〖鳴神〗」
「グルァッ…!?」
輝くは一筋の白き閃光。気が付けば瑠華の姿は黒狼の後ろにあり、一拍遅れて空気が裂ける様な雷鳴が轟いた。
「へっ!?」
:耳がァ!
:音デカッ!?
視聴者は突如鳴り響いた雷鳴に驚きの声を上げるが、奏が驚いたのは全く別の事で。
(見え、なかった…)
瞬きはしていない。それなのに、いつ動いたのかすら見る事が出来なかった。
「抜刀術の最終形。それが〖鳴神〗じゃ」
ピッと刀身が纏う雷を払うかのように瑠華が軽く刀を振れば、ドサッと黒狼の身体が地面へと没する。その身体には未だピリリと白い雷が迸り、威力の高さを物語る。
「見えなかったじゃろう?」
「う、うん…」
「それで良い。見える方がおかしいからのぅ」
「ふぇ?」
「〖鳴神〗はほぼ光の速さと同等の速度で踏み込む居合じゃ。当然人間には見えんよ。故に気を落とす必要は無い」
奏の元へと戻り、片手でポンポンと頭を撫でる。動きが見えなかった事に対して奏がショックを受けていたのは、瑠華には筒抜けだった。
:えぐいって。
:光の速さって不可避の攻撃では…?
「そこまで難しい物では無いぞ? 動きが速すぎるが故に、直線的にしか動けんからの」
「だからって躱せるかは別問題だと思う……」
“雷華白焔・朧”
レギノルカが傷を付けた記念にと珠李にあげた鱗から作られた、一振の大太刀。三日三晩掛けて何とか切り出した鱗が軸として用いられており、出来上がった瞬間に珠李に雷を浴びせた程のじゃじゃ馬。
月の魔力を含んだ鬼の清酒で清められており、その際大太刀自ら銘を刻んだ。
レギノルカに対しては驚く程に素直で、触れられると嬉しそうに雷を迸らせる。可愛いね。




