130話 ドラゴンさん、悪魔になる
ロックタートルを無事撃破した後、瑠華達は今度はゴブリンの群れと遭遇していた。数が数なので流石に奏一人に任せる様なことはせず、瑠華も戦いに参戦する事に。
「ギャギャギャッ」
「おっ…と。前戦ったのより動きがいいね?」
予想以上に鋭い剣筋をひらりと躱しつつ、奏がふと呟く。同じ種族であっても、ダンジョンの難易度に応じてその強さは変動するのだ。
「ギャッ!?」
「とはいえ、程度が知れるがな」
多少動きが良くなったところで、結局ゴブリンである事に変わりはなく。今更遅れを取るような瑠華達ではない。
十数体居たゴブリンは順調にその数を減らし、最後の一体は瑠華の焔の矢がその胸を貫いて消滅した。
「ふむ…大分加減は戻っているな」
「瑠華ちゃん? 一階層の事忘れてないかな??」
:草。
:加減(瑠華ちゃん基準)
:当てにならないなぁそれ…
瑠華としては魔法の加減の事だったのだが…一階層での出来事を出されると何もかも言い訳にしかならないだろうなと思い、口を噤んだ。
ドロップ品を回収して二人は先を急ぐ。何故ならこの先に安全地帯は存在していないので、今日中に攻略しないと辛くなるからだ。…そして明日は学校があるからというのもある。
「ねぇ瑠華ちゃん…美影に乗っちゃ駄目…?」
暫く進むと、唐突に奏がそんな事を口にした。まぁ昨日からずっとダンジョンに潜っているので、流石に足が疲れてきたらしい。
「構わぬぞ。ただし警戒は続けるようにの」
「やった! 美影おいでっ!」
:めっちゃ嬉しそうwww
:何だかんだ美影ちゃんお久では。
奏の呼び掛けに対して、スルリと美影が奏の影から飛び出す。その後甘える様な鳴き声を上げて奏へと擦り寄った。ただし、擦り寄る場所は瑠華から遠い方という徹底ぶりである。
「美影〜乗せてくれる?」
「ワウッ!」
主である奏からのお願いを断る理由などなく、寧ろ自ら進んで伏せて奏が乗りやすいようにする程だった。
そして奏が乗ったと分かった瞬間立ち上がって――――全速力で駆け始めた。
「わっ!? 美影っ!?」
「……今の妾から一刻も早く離れたかったのじゃろうな」
:あらぁ…
:美影ちゃん……
:これ大丈夫?
「まぁこの階層で美影の足に追い付ける程のモンスターは居らん。例え奏の悲鳴がモンスターを呼び寄せたとしても、問題はあるまい」
「瑠華ちゃぁぁぁん……」
「………」
:あの、何か聞こえた気が…www
:情けない声がフェードアウトしてったwww
:そして無言で走り出す瑠華ちゃん。
:遭遇したゴブリンを流れるように切り刻む瑠華ちゃん…いやいやいやwww
:鳴き声すら無かったな…
トンッ、トンッ、トンッと跳ねるように駆けながら、遭遇したモンスターを即座に切り刻んで進む事暫く。瑠華が倒した物とは違うモンスターの亡骸を発見し、その足を止めた。
「ふむ…これは恐らく美影が倒したものじゃな」
ゴブリンの首は鋭い牙で食いちぎられたような状態になっており、恐らくは美影によるものだろうと予想出来る。
辺りに散らばったモンスターの亡骸はそこそこの量で固まっており、ここで予想外の戦闘があった事を窺わせる。
「はてさて奏は何処へ行ったのかのぅ…おや?」
奏達の痕跡を探していると、ふと瑠華が何かを見つけたように声を上げた。そこは一見すると何の変哲もない地面だが…僅かな魔力の歪みがあった。
「成程。罠を踏んだのか」
:瑠華ちゃんから離れた途端何かに巻き込まれる奏ちゃん。
:もうリード付けといた方がいいんじゃないかな…
:女の子…首輪…閃いた。
:通報した。
:俺はまだ何もやってねぇ!?
やいのやいのと騒がしいコメント欄を後目に、瑠華が罠の状態を確かめる。罠の種類の判別は勿論だが、ダンジョンに生成される罠は一回踏むとその効力を失うものが大半である為、まだ使えるのかも調べる必要があった。
「また転移の罠か…今度は一体何処に飛ばされたのやら」
その妙な運の強さに思わず呆れつつ、転移先が何処なのかを詳しく調べていく。瑠華にとって逆探知する事はさした手間でもない。
そうして分かったのは、取り敢えず前回のように別のダンジョンに飛ばされた訳では無いという事だった。
「恐らくはこのダンジョン内の何処かの階層…空間の歪みから考えるに、四階層程かのぅ……うむ。少し拙いかの?」
:少しどころじゃない。
:何だかんだ瑠華ちゃんって結構のんびりよね…
:強者の余裕というやつでしょ。
:でもどうやって追い掛けるの?
「追い掛けるのは罠をもう一度強制起動すれば可能じゃよ」
:……起動済みの罠ってもう一回強制起動出来るの?
:そも起動した罠は大体消滅するから無理。
:瑠華ちゃんだもの。
:瑠華ちゃんだもんなぁ…。
瑠華が無理矢理魔力を注ぎ込むと、歪みが次第に形を成していく。瑠華の魔力は“我”が強いのでそう簡単には変質しないのだが、そこは瑠華が慎重に調節していた。
そうして魔力を注ぎ込んでいけば、地面に青い魔法陣が一瞬だけ浮かび上がる。そしてその後はまるで地面に染み込むようにして姿を消した。
「これでよかろう。……少し待ってみるかの?」
:何故に。
:奏ちゃんにちょっとお灸をって事?
:今回ばかりは奏ちゃん悪くない気が…
:てかそんな呑気で大丈夫なん?
「問題無い。奏の状態は常に把握しておるからの」
:……それって何処まで?
「ん? 体温や脈拍、呼吸に血圧……まぁ生きている限り発する情報全てを把握しておるよ」
瑠華が【柊】の皆に渡している木札にはそうした情報を取得し、全て瑠華へと送る機能が備え付けられている。これは風邪の兆候などをいち早く発見し、対処する事などを目的としている。
:お、おう。
:うわぁ…。
:瑠華ちゃんの事だから奏ちゃんだけじゃなくて【柊】皆も同じなんだろうな。
:普通の人ならドン引きだけど、あの子達なら知っても寧ろ喜びそう。
:確かに…。
:それで今の奏ちゃんはどんな状態なの?
「若干心拍数と体温が上昇しているな。しかしその点呼吸は正常故、戦闘をしている様子は無さそうじゃ」
:……つまりただ焦ってるだけ?
「そうじゃな」
:それを知ってて放置という鬼。
:瑠華ちゃんだもの。
:その言葉意味合いが多すぎるんだよォ!




