128話 ドラゴンさん、動けなくなる
瑠華による無慈悲なボール扱いによって、四階層攻略も大した問題も無く進んで行った。途中思い出したかのように薙刀で戦ってはいたが、やはり蹴り飛ばした方が楽だったらしい。…このドラゴンさん、もう隠す気がない気がする。
五階層はそろそろ時間も押しているという事もあり、瑠華がモンスターと出会わない最短ルートを通って過去最短で攻略した。それでも六階層の安全地帯に辿り着いたのは午後九時前という夜遅くであり、流石の奏にも疲労の色が見えた。
「疲れたか?」
「うん…こんなに長く潜った事無いし…」
「まぁ無理もあるまい。先に食事をしてしまうか?」
「そうだね。寝転んだら寝ちゃいそう」
その言葉を聞いて、瑠華が手早く準備を整えていく。奏もテーブルや椅子の組み立てを手伝い、ワクワクとした様子で席に着いた。
「今日のご飯はなぁに?」
「作り置きのスープじゃよ。流石に作るのは面倒だったからのぅ」
とはいえ出来たての状態で時間停止しておいたので、未だ熱々の状態である。奏としては今更驚くことも無いが、湯気が立つスープがポーチから出てきた事に視聴者は困惑していた。
:温め直しは…?
:なんであったかいまま?
:まぁ瑠華ちゃんだし…
:空間属性使えるなら…いやそれでも並列思考能力高過ぎる。
次元収納は内部でも時間が経過してしまうのが一般的だ。時間停止型のものは今までダンジョンから数える程しか発見されておらず、そのどれもが極めて高価となっている。なので視聴者は瑠華が何かしたとしか考えられなかった。
「……そういえば前にクッキーを半永久的に保存出来るって言ってたっけ。瑠華ちゃんいつも当たり前にそういう事するからあんまり気にしてなかったけど、やっぱり凄い事なんだね?」
「確かに空間属性は制御が困難故、並列思考が出来なければ難しいのう」
とそこでぐぅ〜…っと奏のお腹が鳴いたので説明を切り上げ、くすくすと笑いながら瑠華が食べるように促した。
「どうじゃ?」
「美味しいよ。いつもありがとね」
「妾が好きでやっている事じゃからな、気にせずとも良い。……あぁそういえば焼いたパンもあったのぅ。食べるかえ?」
「食べるっ!」
:ほのぼの。
:凪沙ちゃんが嫉妬しそう。
:(凪沙)羨ましい。
:噂をすればwww
:本人登場で草。
「おや、凪沙も見ておるようじゃな」
「んー?」
「口に物を入れたまま喋るでないわ」
:草。
:ほんと美味しそうに口に詰め込んでるなw
:(凪沙)私もパン食べたい。
「冷凍庫に保存しておるよ。明日の朝にでも食べると良いのじゃ」
:(凪沙)分かった。
:コメ欄が連絡に使われてる…
:私も瑠華ちゃんお手製パン食べたい!
「ふっふっふ…これぞ一緒に住む人の特権。あ、すっごく美味しいよっ!」
「奏の好むバターの風味が強いパンにしておいたからのぅ」
:てぇてぇ。
:好み把握してるの解釈一致でニヤニヤが止まらない。
:逆に瑠華ちゃんって好きな味あるの?
「瑠華ちゃんはねぇ、結構辛いのが好きだよ」
「あまり食べる事は無いがの」
「【柊】の子達は苦手だからね…」
小さい子が多いという事もあり、辛いものを苦手とする子は多い。なので基本的に味付けは甘めなものが多く、瑠華が好む辛い料理はまず出ないのである。
:成程。
:瑠華ちゃんは辛党だったか。
:平然とハバネロ齧ってそう。
「お主らは妾をなんじゃと思っておるのか…」
「いつかそういう企画もしてみたいねぇ」
ダンジョン攻略は楽しいがそれなりの労力を要する。なのでたまには違った配信も今後は多く取り入れていきたいと奏は考えていた。
食事を終えて瑠華が後片付けを済ませている間に、奏が今日の寝床であるテントを組み立てていく。今回使うのは以前配信でも紹介したことのある、あのテントの二人用である。
:あれ買ったわ。
:組み立ても片付けも簡単だから重宝してる。
「おぉ。結構宣伝効果はあった感じ?」
「有難い限りじゃのう」
自らが宣伝した商品が売れた場合瑠華達にも臨時収入が発生する仕組みとなっているので、購入報告は純粋に嬉しいものであった。
「んー…ねぇ瑠華ちゃん」
「なんじゃ?」
「これ魔核いる?」
「あー…まぁ今回の場合は問題なかろうて」
奏が悩んでいたのは、このテントの最大の特徴たるモンスター避けを起動させるかどうかだ。なにせ一応案件物でもあるので。
ただまぁモンスターが存在しない安全地帯では性能を実演する事が出来ないので、今回は起動させなくとも問題は無いだろうと判断した。
「さて。そろそろ配信も終わろうかの」
:やだ!
:そんなぁ!
:寝落ち配信しよ!
「その様に駄々をこねるものではないじゃろうに…普通にこちらは嫌じゃぞ」
「私も好ましくは無いかなぁ…なのでおしまいっ!」
これ以上長引かせても無用な争いになるだけなので、奏が容赦無く配信をぶち消す。コメント欄は阿鼻叫喚ではあるものの、見ない振りをした。
「ふぁぁ…もう眠いや…」
「眠気があるだけ感謝じゃな。ほれ、綺麗にするぞ」
お風呂や歯磨きは少し難しいので、そこは瑠華の魔法でズルをする。
瑠華が軽く指を振るとふわりと温かな風が肌を撫で、それによって眠気がピークに達した奏がふらりと体勢を崩した。
「おっと…」
「んん…もーむりぃ…」
「…魔力酔いか。そこまで強い魔法ではない筈じゃが…」
「よい〜…?」
「全く世話が焼けるのぅ…」
もう身体中から力が抜けてしまった奏に、瑠華が苦笑を浮かべながらテントまで運び寝袋に寝かせる。
「……何故ここまで酔いが回ったのか」
一瞬でぐっすりと眠ってしまった奏の傍らに座り、考えるのはここまで奏が魔力酔いを発症してしまった理由。
魔力酔いとは高純度の魔力をその身に浴びた時などに発症することのある病気であり、症状としては意識が酩酊状態になる程度で寝れば治る軽い病気ではある。…だが問題は何故奏が発症したのか、だ。
(…妾の魔力に対しての過剰な反応、か)
「ぅん…るか、ちゃ、ん…」
「……これでは動けんな」
寝ぼけた奏が瑠華の服の裾を掴んでしまい、無理に振りほどく訳にもいかず瑠華が苦笑しながら頭を優しく撫でる。
「考えるだけ無駄、か」
気にならないといえば嘘になる。だがこれ以上調べるのであれば奏の眠りを邪魔してしまうだろう。ならば今これ以上考えても無意味だ。
「…奏は、どこまで妾を満たしてくれるかのぅ…?」
そう言って微笑みながら奏の頭を優しく撫でる瑠華の表情はどこまでも優しく――――そして、何処と無く暗い笑みを浮かべていた。




