124話 ドラゴンさん、戦わせる
罠を見つける為に奏の前に立って先行する瑠華であったが、敵となるウルフが現れるとその立ち位置を奏へと流れるように譲った。
「えっ」
「奏の糧にもせんとな」
:出た瑠華ちゃんのスパルタ。
:まぁ実際瑠華ちゃんにとって敵ですらないから……。
:瑠華ちゃんが苦戦する相手が想像出来ないんだが。
:そりゃセロリでしょ。
:それはまた違うんだよなぁwww
瑠華も当然ながら奏の後ろで警戒はするが、基本は全て奏に任せるつもりだった。そしてそれは奏も理解しているので、仕方無く刀を抜いてウルフを見据える。
「……手前一。奥二」
「当たりじゃ」
的確に対峙する相手の数を把握出来た事に内心喜びつつも、それを表に出さないよう必死に気持ちを落ち着ける。
「ガルルルル…」
「ふっふっふ…前までの私とは違うのだよ!」
「……なんじゃろうか。凄く嫌な予感しかせんのじゃが」
:やられ役の台詞www
:フラグだからやめれ。
しかしそんな皆の予想とは裏腹に、奏は走ってきたウルフの攻撃をひらりと躱したと思えば、返す刀でその首を一刀のもとに斬り飛ばした。
その動きは瑠華から見ても正確で素早く、文句の付けようがないもので。
「……見事じゃ」
:すげぇ…
:奏ちゃんめちゃ動けるようになってるやん。
:有言実行かっけぇ( *°∀°* )
瑠華からの褒め言葉は奏の耳にも届いており、思わず口の端が緩む。
「ガァァッ!」
「っ!」
そんな中で、奥に控えていた二体のウルフが同時に飛びかかる。しかし既に存在を把握していた奏は、慌てる事なく少し後ろに下がってその攻撃を躱した。
「《切り裂け》!」
刀はそう何度も振り回せる武器では無い。敵が二体居てそれらが互いに近いのであれば、無闇に振るうのは得策では無い。故に奏は一度風の魔法によって分断する事を優先した。
「一対一を相手に押し付けるのが大切!」
「覚えておったか」
それはかつて実地試験の際に瑠華が口にした言葉である。今まではそれを意識出来るほどの余裕が無かったが、珠李による特訓でだいぶ自信が付いたというのもあって漸く意識出来るようになった。
奏の魔法によって一体のウルフが後ろに飛び退く。それを確認して奏が一気に残った一体に詰め寄り、その刀を振るった。しかしそれは間一髪で躱されてしまう。
「えっ!?」
「ガァッ!」
「っ!?」
動きもタイミングも奏の想像通りの完璧なものだったにも関わらず、その刃は届かなかった。しかし何故届かなかったのかを考える間もなく、下がっていたウルフが襲い来る。
「……もしや初歩的な間違いを犯してはおらんか?」
「間違いって何ぃぃっ!?」
攻守交替。二体のウルフに追いかけ回されながらもしっかりと瑠華の言葉を聞き取っていた奏が、何とか反撃を行いながら真意を尋ねる。
「奏。珠李との特訓の際に使っていた木刀を覚えておるか?」
「へっ? う、うん。覚えてるけど…」
:新しい名前出てきたー!
:特訓? 教官的な人?
:瑠華ちゃんが連れてきたのかな?
:そういえば瑠華ちゃんの交友関係も謎だよな…。
「あの時使っていた木刀は、珠李が普段扱う刀とほぼ同じ使い勝手を得られるよう作られておる。さてここで問題じゃ」
「絶対タイミングおかしいよっ!?」
:草。
:瑠華ちゃん楽しんでる?
「その時の木刀と今の奏の刀。その二つの違いは何かのぅ?」
珠李が用意していた木刀は、本物とほぼ同じ重さと長さを再現した代物だ。それと今の奏が扱っている“無銘”。この二つにはある明確な違いがあった。
「……あっ」
「気付いたようじゃな」
そしてそれこそが、奏の刃が届かなかった最大の原因で。
「…え、この刀って普通より短かったの?」
「……心得のない者が簡単に抜ける時点で分かるじゃろ」
:それは…うん。
:奏ちゃんらしいwww
:つまりどういう事だ?
:奏ちゃんが特訓に使っていた木刀が今の刀と長さが違うから、奏ちゃんの感覚にズレが生まれてたって事。
そう。特訓の時よりも刀が短くなっていたせいで、間合いを読み間違ったのである。
それが分かれば話は早い。その感覚を修正して動けば良いのだ。
「――――って、それが出来たら苦労しないんだって!」
「こればかりは頑張れとしか言い様が無いのぅ」
瑠華が苦笑しながら完全に見守る体制に入る。これは長引く戦いになるぞ、と。……しかしながら、奏の適応力は瑠華の想像を超えていた。
「………」
折角夏休みを潰して努力を重ねたにも関わらず、良い所を瑠華に見せる事が出来なかった。それが奏の負けず嫌いの性格に火を付ける。
「短いなら……」
攻めるのが難しいのであれば、いっその事受けに回る方が動き易い。そう考えた奏が立ち回りを変えてタイミングを合わせていく。
二体同時に相手しないよう重なる場所を探し、もう一体がすぐには反撃出来ない体勢を見せた瞬間を見計らい反撃に移る。
「はぁぁっ!」
感覚がズレていようと、その身体に刻み込まれた動き自体は問題無い。つまり間合いさえ掴めれば―――後はこっちのものだ。
「まず一つ!」
「ガッ…!?」
上段から振り下ろされた鈍い光を纏う刃が、容赦無くウルフの毛皮を斬り裂く。その軽やかさは、以前斬るのに苦労していたとは思えない程だ。
「力の掛け方も上達しておるな」
:奏ちゃん本気モード。
:良い所を見せたいんだよ。
そして残った一体を相手しようと奏が刀を戻して構え直せば、途端に身を翻して奥へと逃げ去ってしまった。
「あれ?」
「逃げたか。まぁそれも一つの有効な戦略じゃな」
「追い掛ける?」
「ふむ……いや、必要無いじゃろ。今日はこのダンジョンを攻略する為に来ておるのじゃからな。無用な戦いは成る可く避けるべきじゃ」
「それもそっか」
カチンと刀を仕舞い、奏が瑠華の元へと少し早足で戻る。
「どうだった?」
「以前とは比べ物にならん程良くなっておったよ。よぅ頑張ったのぅ」
「えへへ…」
瑠華から優しく頭を撫でられ、奏の顔が緩む。けれどまだまだ奏としては納得出来ていないのも確かで。
「…ねぇ瑠華ちゃん。瑠華ちゃんの動きも見たいな」
「ん? 手本という事かえ?」
「いや多分真似は出来ないから…単純に瑠華ちゃんの戦いを改めて見てみたいなぁって」
以前見た時はただ凄いとしか感じられなかった。しかし特訓した今の自分ならば、以前よりも瑠華の動きをより理解出来るのではないか、と。
「無論構わぬぞ。そうじゃな…なればちょうど良い場所がある故そこへ向かうかの」
「ちょうど良い場所……?」




