第4話 倭国へ
統制補助の大納言との会話の1週後。アイーダたちの南大陸への旅の疲れを取るとるためと倭国への旅の準備のために、出発はこの日になった。天岩戸への案内は、権限を大幅に拡大することで聖音の宝珠が行うことになった。
朝、赤いバラの屋敷の野外訓練場の雲一つない上空から、管楽部族の子神殿が音も立てずに降り立つ。最初は息を飲んで見守っていた人々から大歓声が上がる。最初に子神殿の中に入ったのは3人。巫女長であるアイーダの母ディーナ。小袖も袴も紫色の巫女服である。そして、青色の巫女服のアイーダ、赤色の巫女服のフェネである。
しばらくすると、子神殿の中から『故郷の空』のメロディが聞こえてくる。奉納演奏をしているのだ。奉納演奏が終わると、アイーダの母ディーナだけが外に出て来る。
代わりにアースとバービレ、レジェラ、『星とバラの妖精』の7人が子神殿に入る。すると、円柱形をした子神殿の側面の下部3分の2ほどが透明になる。どうやら飛行中の眺めをよくするためらしい。側面の上部3分の1と最上部の円錐部分は白色のままだ。
そして、降りて来た時と同様、スーと上昇する。はるか上空まで上昇すると、一旦停止、次に真東に向けて飛び始める。飛ぶスピードはとんでもなく速い。広い砂漠をあっという間に飛び越え、大きな海を渡るのにも時間がかからない。ふだんワシに乗って飛んでいるアースも信じられないという表情である。
*
アルタイルの森を飛び立って1時間後、子神殿のスピードがだんだん遅くなり、高度も徐々に落ちて来る。前方を見ていたアニマが大声で言う。
「大きな煙が見えるわ」
「そうね。でもあれは噴煙って言うのよ。良く見て、島の頂上かから噴き出しているでしょう? 火山の爆発の噴煙よ」
レジェラが微笑みながら教える。さすが元侯爵令嬢、教養がある。さらに子神殿は島に近づき、周回飛行を始める。すると、島は2つの半島に挟まれた湾にあることがわかる。再びアニマが言う。
「あれっ、あの島は陸地と繋がっているわ。島じゃないわ」
それに答えたのは、子神殿の統制補助の小納言。
「火山と陸地の間の土を解析した結果、溶岩と判明しました。火山と陸地は火山の噴火で流れ出した溶岩で繋がったと推測されます」
それを聞いたレアが感嘆して言う。
「流れ出した溶岩で島と陸地が繋がるなんて、すごい爆発だったのね。音楽魔法一族が避難するのも当たり前だわ」
再び統制補助の小納言の声がする。
「日巫女様が避難された時の爆発は、あの火山の爆発ではありません。あの火山の奥の湾をご覧ください。ほぼ円形になっています。あそこは大昔にあった大火山の跡です。大火山の大爆発で、火山を作っていた土や岩が吹き飛ばされ、そこに海水が流れ込んで湾となったのです」
噴煙を上げる火山の奥の湾の大きさは、火山の数倍である。その上にあった山体の土や岩が吹き飛ばされるほどの大爆発は想像することもできない。子神殿に乗っている全員が黙り込む。その沈黙を破って統制補助の小納言が指示を求める。
「管楽部族の巫女長様。着陸地点はどこにしますか?」
「声楽部族の巫女様がいらっしゃる場所近くにしましょう。フェネ、地図を」
アイーダの言葉に、フェネは携帯魔法でミチコ先生に描いてもらった地図を取り出して広げる。
「了解しました。声楽部族の巫女様がいらっしゃる場所に向かいます」
子神殿は高い山がそびえる北へと飛ぶ。すぐに海岸線を超えて、高い山の山麓に近づくと、レアが言う。
「あの高い山がオンラク山でしょうか? それにしても山麓は薄く黄色にモヤがかかっているように見えますが」
子神殿がさらに近づくと、モヤは濃くなりほぼ何も見えなくなる。そして、何やら争う音や悲鳴が聞こえる。アースがアイーダに言う。
「アイーダ、小納言に扉を開けるように指示してくれ。俺が状況を確認する」
アイーダが小納言に指示すると、子神殿は静止して扉が開く。アースは星魔法のワシを出して乗り、外へ飛び出すと詠唱する。
「風魔法 突風」
すると、突風が吹いてモヤを吹き飛ばす。そして目に入って来たのは、広大な敷地の中に立つ大きな建物。朱色が多く使われていて、神聖な雰囲気のある木造の建物だ。その敷地の中で杉の木型魔獣と神官服や巫女服を着た人たちとの戦いが繰り広げられている。
杉の木型魔獣は枝を振り、その度に黄色の粉が飛び散る。神官服を着た人や巫女服を着た人たちは刀や槍で戦っているが、黄色の粉が飛び散ると鼻や目を押さえる。すでに倒れている者も多い。しかも、敷地の外から次々と杉の木型魔獣が侵入している。アースは子神殿の扉近くに戻り、ヴェーヌを呼ぶ。
「ヴェーヌ、ワシに乗り外へ出ろ。神殿の敷地内にサソリ100体をばらまけ。お前のサソリなら人は気絶するだけだ。俺は敷地外にサソリをばらまく」
「はい。お兄様」
ヴェーヌはワシに乗り外へ出ると、詠唱する。
「星魔法 さそり座 100体」
アースも詠唱する。
「星魔法 さそり座 1000体」
神殿敷地の内外にサソリが現れると、杉の木型魔獣はサソリに刺されて、煙となって魔石が落ちる。何人かの神官服を着た人や巫女服を着た人たちも倒れる。すべての煙が消えた時、山から巨大な杉の木が枝を振りながら現れる。
高さは50メートルくらいあり、木の先端には1本の緑色の角がある。その杉の木の幹の穴から水球が飛んで来る。その水球は薄く黄色味がかっている。杉花粉を大量に含んでいるのだろう。魔法を使うのは魔物だ。杉の木型魔物だ。アースは続けて詠唱する。
「水魔法 水球」
「水魔法 氷槍」
風球が杉の木型魔物の放った風球を弾き飛ばし、直径1メートルほどの1本の氷槍が杉の木型魔物に向かって飛び、突き刺さる。すると杉の木型魔物は煙となり魔石が落ちる。
敷地内を見ると、杉の木型魔獣は1体もいない。敷地外にもいないようだ。それを確認して、アースとヴェーヌは星魔法サソリ座を解除して子神殿に戻る。すると、アイーダが心配そうに駆け寄ってくる。
「一体何が起こっていたのですか? 魔物や魔獣がいたようですが?」
「さあ、わからない。杉の木型魔物や魔獣が襲撃していたようだ。黄色のモヤは杉花粉だったのだろう。鼻や目に有害だったようだ。とにかく、神官や巫女と早くコミュニケーションをとるべきだろう。敷地の端の方に着陸するように指示してくれ」
アイーダの指示により、子神殿は敷地の西端、周囲に何もない所に着陸する。アースが言う。
「バービレ、セルク、サソリで何人か気絶しているようだ。他にもけが人や杉花粉にやられた者がいる。回復魔法を頼む」
「わかったニャ。任せるニャン」
「了解です」
子神殿は着陸すると、透明だった部分が元の色になる。そして、扉が開くと10人の神官服を着た人や巫女服を着た人たちが集まって来る。アースを先頭に一行が出て来ると、集まった人たちの顔には警戒の色が浮かぶ。
アースたちが立ち止まると、両者の間に緊張が高まる。そこに1人の女の子が小走りにやって来る。年の頃、身長はフェネたちと同じくらいであろう。背中の半分ほどまでの長さの黒髪を、首の後ろで白い布を使って纏めている黒目で可愛い女の子、小袖も袴も赤色の巫女服を着ている。その女の子は一行を見回していたが、フェネに視線を止めて問う。
「杉鬼とその配下を倒してくれてありがとう。でも、私と同じ副巫女長の巫女服を着ているようだけど、あなたは何者ですか? どこから来たのですか?」
「私はフェネ。音楽魔法一族の管楽部族の副巫女長よ。西の大陸のソーミュスタ王国のアルタイルの森から来たの。ミチコ先生からの紹介状を持っているわ」
フェネの返答に、女の子や集まっていた人たちは固まる。そこでバービレが進み出て言う。
「ケガ人の治療が先ニャン」
そして、手のひらを広げた右手を高く掲げて詠唱する。
「集団回復の光」
すると、手のひらから出た金色の光が集まっていた人たちを包み込む。光が消えると、人たちは口々に言う。
「ケガが治った」「鼻のムズムズがなくなった」「目の痒みが収まったわ」
バービレは満足そうに頷くと、セルクに指示を出す。
「倒れている人を治療スルニャ。さあ、行くニャン」
バービレとセルクは走り去る。それを見送ったフェネは女の子に近寄り、ミチコ先生からの紹介状を手渡す。女の子はハッとして紹介状を受け取ると、すぐに内容に目を通す。そして、口を開く。
「音楽魔法? 信じられないわ。ここで見せてもらえれば信じるけど」
それを聞いて、フェネがアイーダを見ると、アイーダは言う。
「いいでしょう。音楽魔法を見せてあげましょう。フェネ、アニマ、トルリ、あなたたちは歌いなさい」
アイーダは横笛を取り出して詠唱する。
「「「「音楽魔法 雪」」」」
アイーダは横笛の演奏をはじめ、フェネたちは歌い出す。
♪ゆーきやこんこ あられやこんこ ふってはふっては ずんずんつもる。
すると、アイーダたちの上空に雪雲が生じて雪が降り出す。
♪やーまものはらも わたぼうしかぶり かーれきのこらず はながさくー
雪はどんどん降る。しかし、横笛の演奏と歌が終わると、雪は止んで雪雲は消えた。それを見た女の子たちは、口をポカーンと開けたまま空を見上げたままだ。フェネが女の子の肩を掴んで体を揺すぶると、女の子は我にかえり言う。
「真夏の今、雪が降るなんて信じられないわ。音楽魔法を信じるしかないわね。こんな所で立ち話もなんだから、神殿の方へ来て。治療に当たられているお2人も後で案内するから」
そして、一行は神殿の中へと案内された。
サソリの毒の強さについては、第一章第2話第2話山賊退治を参照してください。
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参考
「故郷の空」 作曲・作詞 スコットランド民謡 訳詞 大和田 建樹
「雪」 文部省唱歌 作曲 不詳 作詞 武笠 三




