第8話 本家と分家①
新加入のレアを含む『星とバラの妖精』の魔音盤デビューが決まった。屋敷商会の魔音盤部門が開催した「新人発掘イベント」に応募して、見事最優秀賞に輝いたのだ。
デビュー曲は『恋のキューピットの矢』。作詞パシファ、作曲フェネである。そして、今日は魔音盤作成作業のために、6人で出かけていたが、フェネとセルク以外の4人は、もう帰ってきていた。
屋敷の転移陣に『恋のキューピットの矢』の魔音盤作成から帰って来たフェネとセルクが現れた。フェネが少し買い物をしたかったので、護衛役のセルクと2人だけ遅れて帰宅したのだ。
「ヤッホー、フェネ。久しぶり~」
フェネの耳に、どこかで聞いたことのある声が後ろから届いた。
フェネが振り返ると、カメさんの湖の畔のカメさん亭に、紫髪青目のアニマと見知らぬ若い女性がいた。2人とも水色のワンピ-スを着ていて、それぞれの手にはヴァイオリンのケースがある。アニマはコチェ王国トーイス領の森で出会った女の子だ。フェネとセルクは2人に駆け寄った。
「久しぶり~。元気だった?」
「うん、フェネたちは?」
「とっても元気だよ。ところで何故ここにいるの?」
「転移陣を出たけど、フェネたちの家らしき家が見当たらなかったから、どうしようかと思っていたの」
「えっ、目の前にあるじゃない」
そう言ってフェネが赤いバラの屋敷を指さすと、アニマが目を丸くする。冒険者がこんな大きなお屋敷に住んでいるなんて、普通は考えられないからだ。
「えっ、こんな大きなお屋敷がフェネたちの家なの?」
「そうよ、アース様のお屋敷だけどね。それで、そちらの女の人はどなた?」
若い女の人は軽く頭を下げた。アニマは、慌ててその人の横に移動して紹介した。
「私のお姉ちゃんのピエトーラ。私を助けてもらったお礼を言いに一緒に来たの」
「初めまして、アニマの姉のピエトーラです。妹が大変お世話になりました」
そう言うのは黒髪、赤目でアニマと顔が似ている女の子だ。フェネとセセルクも自己紹介を返すが、ピエトーラから質問された。
「ひょっとして、湖の向こうの森がアルタイルの森でしょうか?」
「はい、そうです。アルタイルの森です」
「ああ、あれが本家の住まわれるアルタイルの森」
フェネの回答にピエトーラが小さく呟いた。
こんな所で立ち話も、ということで屋敷の応接室に場所を移す。
「改めて、妹を助けて頂いてありがとうございます。この子は小さい頃から遠くへ行きたがり、心配していたのですが。誘拐されるなんて、本当に」
「いやだ~、お姉ちゃん。今回は特別よ、特別。もうこんなヘマはしないわ」
しばらく姉妹で言い合っていたが、姉がハッとしてヴァイオリンのケースをフェネに差し出して言った。
「本来はもっと早くお礼を言いに来なくてはいけなかったのです。しかし、私たちの村は裕福ではなく、特産品も自作の弦楽器しかありません。お礼の品として、このヴァイオリンを作るのに時間がかかり、遅くなってしまいました。申し訳ございません」
「大した事はできませんでしたが、ありがとうございます。中を見せてもらっていいですか?」
フェネが断ってから、ケースを開けてヴァイオリンを取り出して、目を丸くする。
「こんな素晴らしいヴァイオリンは初めて見るわ。セルク、お姉様を読んできてくれるかな?」
セルクが応接室を出て行くと、フェネは続ける。
「こんな素晴らしいヴァイオリンが自作って本当ですか?」
「はい。これは特別な時に、特別な材料を使って作る最高級品です。普段は普通の材料を使って作ります。それを領都の楽器店に買い取ってもらっています。今
アニマが持っているのがそれです」
アニマがケースを開けてヴァイオリンを取り出し、フェネに渡す。フェネはそれを見て、
「これも立派よ。王都の楽器店で買うと、最低でも金貨50枚はするわ」
それにアニマが意外そうな顔で言う。
「そんなことないわよ。私たちは金貨1枚で売っているもの」
「それって、ぜっーーーたい騙されているわ」
「えっ、それ本当? 信じられないわ」
コン コン コン。
その時ノックの音がしてアイーダが入って来た。アニマとピエトーラは立ち上がり礼をして、自己紹介をする。それにアイーダが答える。
「アイーダ フォン ステラです。今日はようこそいらっしゃいました」
アイーダがフェネの横に座ると、フェネが興奮して話しかける。
「お姉様、このヴァイオリンを見てください。とても素晴らしいです」
フェネがお礼のヴァイオリンを渡すと、アイーダはヴァイオリンを裏返したり、横から見たり、いろいろ調べていたが、フーとため息をついた。そして、アイーダが言う。
「このヴァイオリンはすごいわ。人間が作った物とは思えない。アルタイルの森でも、一番古いヴァイオリンと同じくらいすごい楽器よ。演奏するとどんな感じなのかしら、聴いてみたいわ」
アイーダの言葉にアニマが不思議そうな顔をして尋ねた。
「アイーダさんは、ステラ家の方ですよね。私は他国の人間ですから、間違っているかもしれませんけど、ステラ家は星魔法の一族のはず。どうしてヴァイオリンのことが分かるのですか?」
「ああ、それはですね、私はステラ家へ嫁入りしたのです。実家はムジカ家ですから、ヴァイオリンのことも詳しいのよ」
「「ムジカ家!」」
アニマとピエトーラが目を大きく目を開いた。そして、顔を見合わせてコクコクと頷き合い、ピエトーラが話しだした。
「私たちがここに来た理由は、妹を助けていただいた事のお礼以外に、もう1つあります。それは、音楽魔法一族の方にお会いするためです。実は、私たちも音楽魔法一族の者かもしれないのです」
それを聞き、今度はアイーダとフェネが驚いた。しばらくしてアイーダが口を開く。
「かもしれないって、どういうことかしら。もう少し詳しく話してもらえる?」
「私たちの村の言い伝えなのです。私たちは音楽魔法一族の分家、弦楽部族である。本家はアルタイルの森に住む管楽部族であり、楽魔法一族の長はムジカ家であると。
そして、村には小さな神殿があり、そこでは奉納演奏が行われる。しかし、神殿はあるのですが、その扉が開いたことはないのです。」
「音楽魔法一族の本家とか分家の話は、私は初めて聞くわ。本当なのかしら。」
アイーダが思案していると、フェネが遠慮がちに口を開く。
「あの~お姉様、聖音の宝珠に尋ねてみたらどうでしょうか?」
「そうね、それはいい考えだわ」
そう言うとアイーダは詠唱した。
「聖音の宝珠 アウト」
テーブル上に聖音の宝珠が現れると、アニマとピエトーラが、えっと小さく声を上げた。それを聞いたフェネが説明する。
「携帯魔法です、そして、あれは聖音の宝珠です」
アイーダは聖音の宝珠に手をかざし、魔力を聖音の宝珠に注ぎ込み問う。
「聖音の宝珠よ、音楽魔法一族の本家と分家について教えて」
聖音の宝珠は一瞬、虹色に輝き告げた。
「お答えします。音楽魔法一族に本家と分家は存在します。しかし、この件については、これ以上の事をお答えできる権限は、私にはありまません。これ以上の事は聖なる響きの館に行き、聖なる響きの館の統制補助の大納言様にお尋ねください」
「わかったわ。ありがとう」
そう言うと、アイーダは聖音の宝珠を収納して、フェネとアニマ、ピエトーラの顔を見ながら誘った。
「そういうことだから、聖なる響きの館に行きましょう。そのヴァイオリンはピエトーラさんがお持ちになってね」
*
「うわぁぁぁ、大きい神殿だぁぁ」
聖なる響きの館近くの転移陣から出たアニマの第一声がこれだった。
「アニマ、大きな声を出してはいけません。はしたないです」
姉のピエトーラに注意されてしょんぼりしたアニマだったが、すぐに立ち直った。
「でもお姉ちゃん、村の開かずの神殿の何倍も大きいだもん」
「本当に大きいわね。中はどうなっているのかしら」
「2人ともこちらに来てください」
フェネから声がかかり、2人は慌ててそちらに向かう。そして、聖なる響きの館の中へ案内された。中に入ると、アイーダは1人だけ中央に進み、そこで立ち止まった。すると上か声がした。
「いらっしゃいませ、巫女様」
アイーダが、穏やかだがはっきりした声で問いを発した。
「こんにちは、大納言。音楽魔法一族の本家と分家について教えて欲しいの。教えてもらえるかしら?」
「お答えします。音楽魔法一族には本家である管楽部族と分家である弦楽部族、打楽部族があります。そして、音楽魔法一族の長は管楽部族の部族長であるムジカ家です。現在、アルタイルの森には管楽部族しか住んでいませんが、倭国では3つに部族がすぐ近くに住んでいました」
「大納言、何故、今はアルタイルの森には管楽部族しか住んでいないのかしら?」
「お答えします。倭国から移動を開始した時は3つの部族は一緒だったのですが、楽器によって製造のための良い原料が揃えられる土地が違います。最初に別れたのは打楽部族です。
打楽器製作に必要な牛 馬 豚の皮や胴の材料となるカシ、ヒノキ、ケヤキ、バチの材料のブナ ヒバが手に入りやすい土地が最初に見つかりましたから。当時は未開の土地だったので、小さな赤ん坊のいる夫婦は残りましたが。
次に弦楽部族が別れました。弦楽器製作の材料のメイプルやスプルース、弦や弓製作に必要な羊や馬がいる土地が見つかったからです。打楽部族同様、小さな赤ん坊のいる夫婦は残り、アルタイルの森へやってきました」
「大納言、各部族間の連絡はないのかしら」
「300年前には連絡を取り合っていました。子神殿は聖なる響きの館の支部ですから。現在は連絡がとれせん。おそらく、2つの部族の子神殿への、本家の巫女様の奉納演奏が無かったためです。それに弦楽部族の転移魔法による来訪もありませんから」
弦楽部族の転移魔法という言葉にアイーダは後ろを振り向いたが、アニマと ピエトーラはキョトンとした顔をしている。たぶん、知らないのだろう。アイーダが質問を重ねる。
「大納言、転移魔法とはどんな魔法なの?」
「見えている場所や自分が行ったことがある場所へ一瞬で移動できる魔法です。移動できる距離は各人の保有魔力量によります。弦楽部族が得意とする音楽魔法です」
「大納言、後ろの2人は弦楽部族らしいけど、知らないみたいよ。」
「原因は複数考えられます。ヴァイオリンをお持ちのようですから、お一人ずつ1曲演奏していただけますか」
「わかったわ」
そう言うとアイーダはアニマに近寄り、頼んだ。
「私が立っていた位置へ行き、そのヴァイオリンで何か1曲演奏して」
アニマは前に進み、ケースからヴァイオリンを出すと演奏を始めた。『モルダウ』だ。コチェ王国を流れる川の曲、とても上手な演奏である。
演奏が終わると、アニマは淡い銀色の光に包まれた。そして、光が消えるとアニマの持つヴァイオリンは銀色に輝いていた。
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参考
交響詩「我が祖国」第2曲「モルダウ」 作曲 スメタナ