第7話 公爵令嬢②
5分ほど歩いて着いたのは武道場だった。
「ここが最初の勝負の場所ですわ。種目は体術。こちらの代表は体術部の生徒でしてよ。そちらは誰でしょうか?」
「ここは僕が出る。絶対負けられないからね」
プレヤがそう言うと、相手の選手の顔がサアーと青ざめた。プレヤが体術の達人で、魔法学園の体術チャンピオンであることを知っているのだろう。
練習着に着替えた2人がマットの上に立っている。審判が試合開始のホイッスルを吹くと、プレヤは無操作に相手に向かって近寄る。相手は蛇に睨まれた蛙のように動けない。プレヤは大胆にも大外刈りで相手を転がす。しかし、抑え込みにはいかず立ったままだ。
「何をしているのです。早く立ちなさい。立って戦うのです」
マル ユルスの声が飛ぶと相手の選手は立ち上がり、プレヤに突進してきた。プレヤはヒョイと屈むと相手の腕をとり、腰を入れて投げ飛ばした。一本背負いが決まった。相手は失神したようなので、今度はプレヤが抑え込む。審判がワン、ツー、スリーとマットを叩きながらカウントして勝負はついた。
「勝者 プレヤ」
審判がプレヤの手を取り上に上げると、応援していた5人がプレヤを取り囲んで賞賛する。
「プレヤ、凄い」「圧勝だね」「どうしてそんなに強いの?」
「さすがプレヤね」「惚れたよ、プレヤ」
そこに悔しそうなマル ユルスが声をかける。
「フン、これであなた方が1ポイントをゲットですわ。次の剣術勝負は負けませんことよ。こちらは剣術部の生徒が代表ですわ」
それを聞いたセルクが右手を上げた。
「その勝負、私が出ます」
開始線に2人の代表選手が立って礼をする。審判の「始め」の声で2人は木剣を構えて距離を縮める。セルクは中段の構え、相手は上段の構えである。セルクを格下と見たようだ。セルクが間合いに入ったと見るや踏み込んで、剣を振り下ろしてくる。
セルクが木剣で受けて、軽く横に振ると相手は2,3歩よろけた。相手は構え直して再び打ち込んできた。それを見たセルクは素早く突進して相手の腹部の防具に木剣を打ち込んだ。相手はグェと呻くと倒れてしまった。
「それまで」と審判が声を張り「勝者 セルク」と告げた。セルクは相手に回復魔法をかけてから、開始線まで戻り一礼すると仲間の下へ戻る。みんなはセルクの肩といわず背中といわずバンバン叩いて勝利を称える。
「セルク、凄い、凄いよ。いつの間に剣の腕をあげたんだい」
プレヤが質問するとセルクがニッコリして答える。
「バービレさんのおかげです。回復魔法だけでなく、剣術も熱心に教えてもらっていますから。バービレさんの動きに比べれば、今の相手の動きはとてもゆっくりに見えました」
そこにマル ユルスが割り込んだ。
「これであなた方の2ポイントのリードですわ。まあ、ちょうどいいハンデです。次からは本気で行きますし、お覚悟なさいませ。次は馬術勝負ですわ」
武道場から出て馬術部の練習場に向かう途中で、馬の置いてある厩舎に寄った。そこから1頭の馬が引き出されて、プレヤたちの前にやってきた。
「次の私たちの代表は馬術部の生徒ですわ。そして、この馬は優れた血統の両親から生まれた名馬でしてよ。あなたたちは馬の準備もできてないでしょうから、この厩舎から好きな馬を選んでいいですわ」
それに返事をしたのはレアだ。
「どんな馬でもいいのですか」
「もちろんですわ」
それを聞いたレアは詠唱する。
「星魔法 こうま座」
1頭の白い仔馬が現れる。そしてレアがニッコリして言った。
「私がこの仔馬で勝負をお受けします」
馬術勝負は1週千mの馬場を1週して、先にゴールした方が勝ちというもの。スタート地点で2頭の馬とそれに乗った選手が待機している。相手の選手は綺麗な姿勢で騎乗しているが、レアは騎乗しているというより仔馬の首にしがみついているという体勢だ。
スターターの赤い旗が振られた。相手の馬は勢いよくダッシュして、グングン加速していく。一方、レアは仔馬の首にしがみついているので、スタートの旗が振られたのに気がついていない。見かねたプレヤが叫ぶ。
「レア~、相手はもうスタートしているわよ~。早くスタートして~」
その声にレアはあわてて仔馬をスタートさせるが、相手の馬はすでに30m先を走っている。仔馬は素晴らしいスピードで追いかける。普通の馬の1完歩、歩幅、は7mから8mだが、白い仔馬の1完歩は20mほどで、走るというより飛ぶという方がふさわしい。スピードの差は歴然だ。
「速いですね。楽勝でしょうか」
セルクの呟きをパシファが拾う。
「そうですね。あっ、コーナーを曲がりきれそうにないです」
白い仔馬はコーナーで曲がらず、そのまま直進する。しかし、次の瞬間には空中で馬体の向きを変えて、無事にコーナーを回っていく。レアは仔馬の首に必死でしがみついているだけである。
1コーナーを回った所で、相手に並ぶ間もなく抜き去った。その後はコーナーを回る時に難があったものの、差が広がるばかりで、白い仔馬がゴールして赤い旗が振られた時、相手の馬はまだ4コーナーを回る所だった。
「レアの魔法、すごいわ~」「完勝だね」
「大差勝ちおめでとう。」「相手がかわいそうだったわ」
「白い仔馬は可愛いね」
みんなが口々に褒める。1人だけ誉める所が違う気がするが。
「アハハ、私は仔馬の首にしがみついていただけです」
レアは謙虚に答える、いや事実を述べただけだ。そこに声がかかる。
「次ですわ、次。次は魔法勝負でしてよ。魔法訓練場に行きますわ」
*
さすが魔法学園である。魔法訓練場はとても広く、周囲を強固な岩と防御結界で囲まれていた。
30m先に土魔法で作られた、縦横10mで厚さ30cmの2つの土壁を指さしてマル ユルスが勝負の方法を説明する。
「土壁を壊すのに必要な魔法の回数が少ない方の勝ちですわ。魔法はどの種類の魔法でも構いませんことよ。こちらの代表は学園でも有数の水魔法使いですわ。こちらの勝ちは揺るぎませんことよ」
パシファが手を上げた。
パシファは水魔法が得意なのだ。アースから水魔法の指導を何回か受けたこともあり、毎朝ホッペチューされているから保有魔力量もかなりの量になっているはず。それに姉のイスリはこの魔法学園を主席で卒業している。妹としても水魔法なら負けられないと思ったのだ。
相手の選手が詠唱すると直径20cmの水球が現れて、ゆっくりと土壁へ向かって飛んで行く。土壁に当たるとペチャと音がして、土壁の表面が少しだけ削れた。
結局、土壁が、上半分だけだが、壊れるのに30発の水球が必要だった。次はパシファの番だ。パシファが詠唱する。
「水魔法 水球」
直径1mの水球が現れて、猛スピードで土壁に衝突する。次の瞬間、ドッカーンと大きな音がして土壁は木っ端みじんに破壊された。そう、たった1発の水球で土壁は破壊されたのだ。
それを見た全員が固まってしまったが、最初にプレヤが再起動した。
「パシファ、初級水魔法であんな大威力だなんて凄いよ。どうして今まで使わなかったんだ?」
「狩りでは水針の方が効率がいいですから。今日は相手が水球を使ったから、私も水球を使ったのです」
やっと、正気に戻ったマル ユルスが、悔しそうな表情で口を開いた。
「たいしたマグレですこと。次は音楽よ、楽器の演奏対決ですわ」
魔法訓練場から器楽部が演奏をしていた野外ステージに場所を移した。マル ユルスが器楽部の生徒に頼んで場所を開けてもらった。
「お互いに代表を1名出して、楽器の演奏をしてもらいますわ。判定は観客にしてもらいます。こちらの代表は器楽部の副部長で、横笛をハープと一緒に演奏しますわ。そちらの代表はどなたかしら」
その質問にはフェネが答える。
「私も横笛を演奏します。ハープを演奏する方も同じ方にお願いします」
器楽部の副部長の横笛演奏はさすがだった。演奏した曲は『アルルの女』よりメヌエット。とても綺麗な音色で、朝の貴族家の庭園が目に浮かぶような演奏だった。観客から大きな拍手が送られた。
続いて銀色に輝くシルバーコローフルを口にあてて、フェネが演奏を始める。曲も同じメヌエットだ。大きな音量で美しい音色ある。大きな音量で演奏するのは難しい。力まかせに息を吹き込めばいい、というものではない。正確なピッチ、音程を演奏するためには高い技量が必要である。
大音量のためか、曲は遠くまで届き、校舎の窓を開けて聴いている者も多い。同じ朝の貴族庭園でも、美しい花々が咲き、蝶が舞い、小鳥がさえずる様子が目に浮かぶ。フェネの演奏が終わると、先ほどより何倍も大きい拍手が長く長く続いた。
拍手が終わるとマル ユルスが、意地の悪そうな笑みを浮かべて言う。
「これまで聞いたこともない美しい演奏でしたわ。これであなた方の5ポイントリードですわね。でも最終試合は勝者に6ポイント与えられます。逆転可能な差ですわ。しかも種目は将棋で、相手は将棋部部長である私。誰か将棋が指せる方はいるのかしら? いなかったら、私の不戦勝ですわ」
美しい微笑みを浮かべて応じたのはヴェーヌ。
「私がお相手致しますわ」
対局の行われる教室にはヴェーヌとマル ユルスの2人と立会人1人。他のメンバーは、隣の教室で将棋部員による、大盤を使った解説を受けている。解説が始まる。
「振り駒で部長の先手になったようです。これは部長の得意のハメ手が見られそうです」
将棋をあまり知らないプレヤが手を上げた。
「ハメ手とはなんでしょうか?」
「ハメ手は、弱い者いじめが好きな人がよく使う戦法です。初心者、初級者などは正しい対応を知らないので、ハメ手を使われると、すぐに圧倒的不利になります。逆に上級者が正しい対応をすれば、有利になることが多いですね」
対局が始まる。先手のマル ユルスが角の右上の歩を進める。続いて後手のヴェーヌも角の右上の歩を進める。次に先手は桂馬を空いた角の右上に進める。
「予想通りハメ手です。魔物殺しと呼ばれるハメ手です。さすが性格の悪い部長です。はたして後手は正しい対応ができるでしょうか、ここで勝負が決まるでしょう」
「プレヤ、ヴェーヌは大丈夫かしら?」
フェネが心配そうに尋ねるが、プレヤはコクコクしてから答えた。
「大丈夫だよ。軍師、今は参謀というのになりたい、と言っていた時期がヴェーヌにはあってね、いつも将棋やチェシの相手をさせられたよ。何回やっても僕は全然勝てなかった。ヴェーヌは強いよ、とても強いよ」
「そう、安心ね。大丈夫だよね」
ヴェーヌは正しく対応した、勝負が進むにつれ、マル ユルスは前かがみの姿勢になり、ヴェーヌは背筋をピンと伸ばした美しい姿勢のままだ。勝負はヴェーヌの圧倒的有利で進む。
「もう、部長の負けですね。しかし、部長には卑怯な、最後の奥の手があります。あれに勝てる女の子はいません」
解説者がそう言った直後、ヴェーヌが、金を相手の王の前に置き、静かに最後の一言を口にした。
「王手」
「待った。あなた、ちょっと待ちなさい」
「ダメです、待ちません。往生際が悪いですね」
マル ユルスはグヌヌと唸るとポケットから印籠、携帯用薬入れ小箱、を取り出して、それに描かれている家紋をヴェーヌに見せて偉そうに言った。
「私の名は。マル フォン ユルス。ユルス家は侯爵家の中でも上位の家ですわ。
我が家の力を使えば、男爵家や子爵家の夫人や愛人になることは簡単でしてよ。いや、あなたほど頭が良くて、可愛い女の子なら伯爵家の夫人や愛人になることも可能でしょう。だから、私の言う通りにしなさい」
それを聞いてヴェーヌもポケットから印籠を取り出して、それに描かれている家紋をマル ユルスに見せた。それを見たマル ユルスの顔はみるみる青ざめ、引きつった。
「こ、こ、この青い星の家紋は……」
「この勝負、私たちの勝ちですわ。今後は平民にも優しくしてくださいまし」
そのヴェーヌの言葉にマル ユルスは深く頭を下げて誓った。
「ははぁぁぁぁぁー。仰せのままに、公爵令嬢様ぁぁぁ」
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参考
「メヌエットアルルの女」 アルルの女より 作曲 ビゼー
「魔物殺し」のモデルは「鬼殺し」と呼ばれる将棋の戦法です。