第9話 辺境伯領の森
アイーダやアレリたちと別れたアースと『星とバラの妖精』は、ナターシャに案内されて応接室に通される。応接室に入るとプレヤがアースにナターシャを紹介する。
「アース様、こちらはフロン辺境伯令嬢ナターシャ様です」
ナターシャは自分が先に紹介されて戸惑う。紹介は身分の高い者に身分低い者を紹介するのが先だ。辺境伯令嬢である自分が先に紹介されるということは、相手は侯爵以上ということである。
冒険者風の服装をしているが、高級な布や防具を使ってある。それに整った顔立ちに洗練された所作から、ナターシャは貴族かもとは思っていたが、そこまで高い身分だとは思わなかったのだ。ナターシャはとりあえずカーテシーをして名乗る。
「初めまして。フロン辺境伯家長女ナターシャです。お見知りおきをお願いします」
プレヤは次に私にアース様を紹介する。
「ナターシャ様、こちらはアース フォン ステラ様。ステラ公爵家の次期当主にしてソーミュスタ王国星魔法軍団軍団長です。
ナターシャは驚いて目を大きく開く。まさか目の前の男が、この大陸で最強の国の公爵家の次期当主にして軍団長だとは思わなかったからだ。ナターシャは考えた。これは父親に紹介すべきではないかと。
「アース様、父のフロン辺境伯を呼びましょうか?」
「いや、それには及ばない。今日はお忍びで森に狩りに来たからだ。それで壁に貼ってあるのは、この領の地図のようだな。狩りのできる森について説明してもらえるか?」
アースが壁の地図の横に立ち尋ねると、ナターシャも地図に近寄り指差しながら説明する。
「ここが今いるフロン辺境伯屋敷です。狩りのできる森はここから東へ1キロほどの森です。森は北の山々から南の海まで10キロほどの幅で続いています。森の中にいるのは、クマやシカ、キツネなどの動物がいます。
魔獣はリス型魔獣やキツネ型魔獣など弱い魔獣しかいませんでしたが、最近はコウモリ型魔獣が増えています。コウモリ型魔獣は空を飛びますし、的としては小さいのでやっかいです」
すると、アースは腰に下げている皮袋から小さな魔道具を取り出して言う。
「これはコウモリ型魔獣用の魔導具だ。ここのボタンを押すとコウモリ型魔獣は飛べなくなり地に落ちる。全部で10個ほどあるが必要か? 世話になるお礼に差し上げたいのだが」
アースの言葉にナターシャは一瞬目をパチパチさせるが、すぐに満面の笑みを浮かべる。
「よろしいのですか? それを頂けるのであれば大変嬉しいことです」
それにアースは頷くと、革袋から10個取り出すとナターシャに差し出す。ナターシャはそれを受け取ると、大事そうに自分の革袋に入れる。それを見てアースが口を開く。
「それで森の向こう、騎馬民族の国まではどうなっている?」
「森の東側、30キロほど先に幅が2メートルくらいの川、いや水路があります。それが国境になっています。森から国境までは草原が続いています」
ナターシャの説明に礼を言い、顎に手を当てて何やら考え始めた。それを見て
ナターシャは部屋の隅にいる『星とバラの妖精』に加わるとおしゃべりを始める。
「ねえねえ、教えて。アース様って婚約者はいるの?」
「もう3人の夫人がいるわ。婚約者も2人いるから夫人枠はもう満員よ。
ヴェーヌが言って、プレヤと顔を見合わせて、いたずらっぽく微笑んでから言うと、ナターシャはガックリと肩を落とした。そんなことしているうちにお茶会が終わったようで、屋敷のメイドが知らせに来た。
応接室を出て門に向かい、アイーダたちと合流する。門の外の転移陣でアイーダとアレリ、お付メイド2人はアルタイルの森に帰り、アースと『星とバラの妖精』、ナターシャとその護衛2人は森へ狩りに向かった。
*
森の中には、紫色や黄色のクロッカスや白いベルの形のスノードロップ、赤いケシの花が咲いていて、春を感じさせる。しばらく歩くと、先頭を行くアニマが右手を上げた、そして無言で右前方の木の上を指さす。そこには太ったハトがいた。フェネが弓で矢を射ると見事に命中してハトはドサリと地面に落ちる。それをヴェーヌが携帯魔法で収納すると、ナターシャが言う。
「何なの、それ。ハトが突然消えたわよね」
「神殿の地下でも見たでしょう? 携帯魔法よ。時間停止も付いているから新鮮なまま保存できるし、運ぶのにも重さを感じないから便利よ」
ヴェーヌがウフフと微笑みながら説明すると、ナターシャが羨ましそうな顔で尋ねる。
「それは私にも使える魔法なのかしら?」
「星魔法か音楽魔法が使えないと無理ね」
それを聞いたナターシャがガックリと肩を落とした。再び歩き出すとシカ2頭が現れると、剣を抜いたプレヤとナターシャが猛スピードで走り出す。
「トオー」「オリャァー」
掛け声を発してプレヤが剣を振り抜き、ナターシャがケリを入れるとシカ2頭は同時に倒れた。
「フフフ、引き分けだね」
「残念ですわ。次こそ負けませんわ」
その後アースが大熊を簡単に狩ったことにナターシャが目を丸くしたりして、森の中を進むと池があり、畔で1人の少女と2人の女性が薬草を摘んでいた。少女は金髪緑目の美少女だ。プレヤを見つけると美少女があっと叫んで駆け寄ってくる。
「プレヤ様、お会いできて嬉しいです。私のこと覚えていますか?」
「ああ、覚えているよ。冒険者パーティー『百合の花』のリーダー、リリアちゃんだよね?」
「覚えていただけて嬉しいですわ。でもリリアちゃんではなくて、リリアとお呼びください」
プレヤは一瞬怯むが、すぐに笑顔を取り繕い答える。
「わかった。じゃあ、僕のこともプレヤと呼んでくれ」
「キャー、嬉しいですわ。これからもよろしくね、プレヤ。そうそう今日はいい薬草が摘めましたわ。お腹が痛くなった時に飲むお薬用のパラパラ草や虫に刺された時の痒みを和らげるお薬用のカユカユ草ですわ」
そう言ってリリアがいくつかの薬草を手に乗せると、セルクがそれを覗き込んで言う。
「まあ、これはソーミュスタ王国では見たことのない薬草ですね。どこに生えているのですか?」
リリアが指さして場所を教えると、セルクとフェネはそちらへ走って行く。パシファはあちこちの草に顔を近づけて、クンクンと匂いを嗅いでいる。ハーブを探しているのだろう。
しばらく時間が経った頃、森からチョウチョウみたいな小さいものが飛んで来た。それが近くに来ると、とても小さな人の背中にチョウチョウのような大きな白色の2枚の羽があるのがわかった。それはリリアの肩に止まると喋った。
「姫様、危ないわ。コウモリ型魔獣が来るよ。それから乱暴な人たちが森の中にいる。3人いるわ」
それを聞いたアースがすぐに詠唱する。
「星魔法 うさぎ座 5体」
うさぎが5羽現れ、アースが右手を振るとうさぎは、放射状に森の中へ入って行く。それと入れ替えにコウモリ型魔獣5体が飛んで来る。
「ナターシャ、魔導具のボタンを押して」
プレヤがナターシャに叫ぶと、ナターシャは急いで皮袋からコウモリ型魔獣用の魔導具を取り出してボタンを押す。すると10メートルくらいの距離まで近づいたコウモリ型魔獣は次々と墜落してバタバタ羽を動かすが飛び上がることはない。
それらをプレヤとヴェーヌ、セルクが剣で刺すと、コウモリ型魔獣は煙となり魔石が残った。それを見たナターシャは、リリアの前に片膝をつき頭を下げる。
「あなた様は王女様でしたか。知らぬことといえ失礼しました」
「いいのよ。お忍びだから気にしないで。これまで通りでお願いね。」
ナターシャがほっと息をついて立ち上がる。するとプレヤが近寄り尋ねる。
「ねえねえ、リリアが王女様ってどういうことかしら?」
「あの黄色いチョウチョウのようなものは妖精なの。それと話ができるのは王族だけなのよ。だからリリアは王女様だとわかったのよ」
それを聞いたリリアが不安そうな顔をして言う。
「ねえ、プレヤ、これまで通りにしてくれるかしら」
「もちろんだよ、リリア。町や森の中ではね。公式の場ではそうもいかないけど」
リリアがほっとした様子で、握りしめていた両手の拳を開く。そこに森から5羽のウサギが帰って来る。そのうち4羽は動きを止めると消えたが、残る1羽は全身を3回赤く点滅させてから消えた。それを見たアースが言う。
「相手は3人まとまって移動しているようだな。フェネ、結界を張りなさい。対物理攻撃用のバリヤではなく、対魔法攻撃用の結界だ。不意打ちは魔法攻撃の方が防ぎにくいからな」
「はい。結界ですね」
答えるとフェネは結界を張る。
「結界 オン」
虹色の結界が張られると、アースはヴェーヌとプレヤに」言う。
「3人を捕らえに行くぞ。他の者は敵襲に備えろ」
「お待ちください。森の中の者は我が領土の民かもしれません、私も行きます」
そう言うと、ナターシャは『+』の紋章が刻まれた指輪をはめた人差し指を立てた右手を上に上げて詠唱する。
「プット オン」
すると、ナターシャ光に包まれる。そして、光が消えると甲冑に身を包んだナターシャが立っていた。それを見たアースが驚いているとヴェーヌが説明する。
「お兄様、これは白鳥の騎士の甲冑ですわ。これを身に着けたナターシャはとても強いですわ」
「ふむ、そうか。では、プレヤは残れ。王女様の護衛はお前が適任だろう」
そのようなやりとりの後、アース、ヴェーヌ、ナターシャの3人は、赤く点滅したウサギが出て来た方へと走って行った。
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