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第7話 マナーレッスン

 満開の桜が散り始める頃の4月。『星の輝く赤いバラとコラールの里』のアルタイルホールでは、旅の一座『銀色の星』のバレエ音楽を中心とする公演が行われていて、連日満員御礼の盛況である。


ファッションショー用の建物の建設も始まっている。最初は仮設の建物の予定であったのだが、ちゃんとした建物の建設である。屋敷商会の会頭が、自分の商会のデザイナーの服の宣伝になる催し物用の建物ならば、との名目で費用の全額をポンと出したのだ。


そんな中、赤いバラの屋敷のヴェーヌの部屋では特訓が行われている。特訓を受けているのはフェネのすぐ下の妹アレリ、黒髪、ルビーレッドの目の10才の美少女である。


先生は『星とバラの妖精』。元侯爵令嬢のレジェラにお願いしたかったのだが、アルタイルホールの6月以降の公演依頼で忙しい、とのことで無理だったのである。ヴァーヌとプレヤ、セルク、レアも生粋の貴族令嬢であるが、年齢が近いのが難点である。歩き方のチェックをして、ヴェーヌが言う。


「背筋をピンと伸ばして歩けているのはいいけど、もっと歩幅を短くして、ゆっくり歩いて」

「えっ、ファッションショーの歩き方を習った時は、これくらいの速さだったけど?」

「それはワンピースを着ている時の歩き方でしょう? ドレスを着ている時はゆっくりと優雅に歩くのよ。もう1回歩いてみて」


アレリはファッションショーの子ども服のモデルの練習もしているのだが、ワンピースの時とドレスの時の歩き方の違いまでは、理解していなかったようである。アレリがもう1回歩くと、今度は良かったようだ。プレヤが誉める。


「そうだよ、アリル。いい歩き方だ。それを忘れないように。次はカーテシーをしてごらん」


アレリが両手で服の裾を摘まみ、右足を左斜め後ろに引いてつま先を立てる。そして、左膝を曲げて腰をゆっくりと沈めて頭を下げる。背筋は伸ばしたままだ。毎日森の中で、木に登ったり走り回ったりしているだけあって、足腰が強い。グラグラせずに安定した姿勢を保っている。ヴェーヌが誉める。


「よくできたわ。立派よアレリ。今回はこちらの家格が格上だから、腰を沈めるのも浅くて良いし、頭も軽く下げるくらいでいいわ。じゃあ、テーブルに座ってちょうだい」


アレリが、ヴェーヌとプレヤの座るテーブルのイスにドカッと座ると、プレヤがダメ出しをする。


「う~ん、アレリ、もう1回立って。イスの横に立って、イスを引いてもらうまで待つ。そして、座る時はゆっくりと。いいね、さあ、もう1回」


困った顔をして、アレリが言われた通りにイスに座ると、パシファがお茶とイチゴのショートケーキをテーブルに置く。すぐにアレリがイチゴのショートケーキを食べようとスプーンに手を伸ばすと、ヴェーニが口を開く。


「ダメよ。お茶やお菓子はホストが口をつけて、どうぞと勧められてからよ。毒が入っていないことを示してもらうの。だから、先に手を出してははしたないことよ」


すると、アレリは涙目になり身体をプルプル震わせて訴える。


「もうイヤよ。貴族令嬢のマナーなんていらないわ。好きな物は好きな時に自由に食べたいわ」


すると、ヴェーヌもプレヤもコクコクする。


「そうだよね。堅苦しいよ、邪魔だよ」

「そうね、面倒よね。でも必要な時だけマナーを守ればいいのよ」


やはり、ヴェーヌモプレヤを先生に選んだのは失敗だったようだ。そこに部屋の隅で見守っていたフェネが言葉をかける。


「アレリ、今度のお茶会が終わったらイチゴのショートケーキを3個あげるから頑張ってみて」


それを聞いてアレリは一瞬目を輝かせるが、首を横に振る。


「ダメよ、3個じゃ足りないわ。10個くらい欲しいわ」

「えっ、アレリはそんなに食べられるの?」


フェネが半ば呆れて聞くと、再びアレリが首を横に振る。


「まさか、頑張っても食べられるのは5個までよ。お家で私がイチゴのショートケーキを食べていると、弟や妹たちが集まって来て欲しそうにするの。だから、その分も含めて10個くらいなの」


「そうなの、偉いわ、アレリ。すっかりお姉さんになったのね」

「だって、アイーダお姉ちゃんやフェネお姉ちゃんが森にあまり来ないんだもの。私が一番お姉ちゃんだから」


フェネは思わずアレリの頭を撫でてしまう。


「ゴメンね、アレリ。今度のお茶会が終わったら一杯お菓子を持って家に行くから。弟や妹たちが食べきれないくらいね」


そこにヴェーヌが冷静に一言。


「頑張っているアレリには言いにくいけど、お姉ちゃんじゃなくて、お姉様よ。ねえ、アレリ、お芝居とかミュージカルの役者のように演技をしていると考えたらどうかしら?」


それを聞いたアレリはキョトンとしていたが、すぐに笑顔で答える。


「そうか、貴族令嬢の役を演じていると考えればいいのね。それならできそうだわ。1日だけの貴族令嬢の役ね」


うんうんと頷くアレリにレアがア言う。


「今回のお茶会は単なる顔合わせですけど、ちょうどいい機会です。私自身は男の子とお付き合いしたことは無いのですが、恋愛小説はたくさん読んでいますから、男の子を落とす、コホン、男の子に好意を持ってもらうテクニックを紹介します」


それを聞いたアレリが首を傾げて尋ねる。


「えっ、意味がわからないわ。ちゃんと説明して」

「男の子からの好感は与えられるものではなく、勝ち取るものなのです。それでテクニックの話ですが、女の子によって違います。女の子には美人系、可愛い系、癒し系、元気一杯系、普通系などいろいろです。まず普通系ですが、これはとても少ないのです」


「ちょっと待って。普通系って何?」

「うん、たしかに普通系はとても少ないわ。魔法学院の成績でも全科目トップを取るより全科目平均点をとる方が難しいからね」


レアが説明を始めると、再びアレリがストップをかけ、プレヤが同意する。レアはそれを受けて説明を続ける。


「アレリは可愛い系、それもトップクラスの可愛い系だから、お薦めのテクニックがあります。まず、最初に会った時に目を大きく開いて顔を赤くします。次に誰かの後ろに隠れてください。そして、少し間を取ってから、そっと顔だけを出して相手の目を見ます。この時重要なのは上目使いをすることですよ」


それを聞いたアレリは首をブンブン横に振り言う。


「イヤよ、絶対にイヤ。そんなテクニックは使いたくないわ。それにそんなテクニックで落ちる男の子なんて最低、絶対イヤよ」


それにレアがフウーとため息をつく。


「それもそうですね。テクニックを使い続けるのも疲れますから。ありのままの自分を受け入れてくれる男の子とお付き合いする方が幸せになれますもの」


それからのレッスンは、スピーディに進むのだった。



先日、白鳥の騎士の甲冑を手に入れたフロン辺境伯は、音楽魔法一族との友好を深めようと考えた。そして、できるならその血を一族に取り込もうとも考えた。最初はフェネと辺境伯家傘下の伯爵家の長男との婚約の可能性が頭に浮かんだが、フェネはすでに婚約していると知り断念した。


次にフェネの妹の誰かと考えたが、ムジカ家が公爵相当の貴族家と知り、侯爵家に婿入りしている弟の長男、次期侯爵との婚約をムジカ家に打診した。


それを受けてムジカ家は、他国の貴族家であるが、辺境伯家の先祖に音楽魔法一族の者がいることを考慮した。その結果、とりあえずアレリと侯爵家長男を合わせてから、アレリの意見を聞いてみることにしたのだ。その顔合わせのためのアレリの特訓が行われ、いよいよ顔合わせ、お茶会が行われる日を今日迎えたのだ。


ムジカ家から参加するのは、アレリとアイーダとメイド2人。アレリの母親の第3夫人は貴族のマナーに自信がないので、長女のアイーダが母親代わりに出席する。お付メイドはアナンとカルメ。それに会場である辺境伯家までの道案内として『星とバラの妖精』、護衛の名目でアースの13人である。


辺境伯家前の転移陣を出ると、警備の兵士が頭を下げて言う。


「ムジカ家の方々ですね。屋敷の玄関まで案内します。こちらへどうぞ」


兵士に導かれて門を通ると、使用人たちがズラリと並び頭を下げている。それは屋敷の玄関まで続いている。『星とバラの妖精』を先頭に玄関に到着すると、ナターシャが出迎える。


「いらっしゃいませ。お茶会に参加される方々は、こちらの侍女が案内します。それ以外の方々は、私が案内します」


ナターシャはそう言うと『星とバラの妖精』とアースを案内して屋敷に向かう。アイーダたちは侍女に案内されて庭園に向かう。庭園の四阿には2人の貴族夫人と10才くらいの男の子が待っていた。


お読みいただきありがとうございます。

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