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第6話 公爵令嬢①

「私、この国でただ1人の公爵令嬢様にお会いできるなんて、本当に幸せです」


目をキラキラさせて、ヴェーヌの両手をしっかり握るのはレア。レアは今日赤いバラの屋敷に引っ越してきた。ヴェーヌが公爵令嬢であることは母親から知らされており、応接室で会った時にもヴェーヌだけを見ていて、かなり興奮していたが、それでも抑えていたようだ。


アースとヴェーヌを前にしてガチガチに緊張していたレアの両親が帰ると、ヴェーヌの手を引いてレアの部屋に連れて行き、本棚を埋め尽くす「公爵令嬢物語」を見せって、口から出た最初の言葉がこれである。


「様は止めて、様は。ヴェーヌでいいわよ」

「いいえ、私は護衛ですし」

「ダメよ。ヴェーヌと呼んで、いいわね」


「はい、仕方ありません。でも、私は『公爵令嬢物語』の大ファンなのです」

「いったい何冊持っているの」


「50冊までは数えましたが、それ以上は数えていません。いいですよね~、『今この場でお前との婚約を解消する』から始まる物語。婚約解消された公爵令嬢が強力な魔法や錬金術、優れた知性や知識、頼りになる仲間の協力で、もっと大きな幸福を掴むまでの胸がスカッとする物語。


ああ、公爵令嬢は私のヒロインなのです。我が国でたった1人の公爵令嬢様の護衛に私がなれるなんて」

「あのね、私は物語の令嬢とは違うわよ」


ヴェーヌは、レアが物語と現実の違いが分からない、残念な子と思って説得しようと思ったが、レアの返事は以外なものだった。


「誘拐された私を星魔法のさそり座で助けてくれたではないですか。目隠しで視界は奪われていましたけど、声だけは聞こえていたのですよ」


この言葉に、ヴェーヌが驚いた。その時、プレヤたちが部屋に入ってきた。


「やあ、レア。引っ越しの整理も終わったみたいだね」

「はい、荷物の大部分は本ですから。こんな広い部屋に置く物はないですわ」

「そうか、ところでレアも僕たちの冒険者パーティ『星とバラの妖精』に入らないか」


「はい、喜んで。私はヴェーヌさんの護衛ですから、加入するのは当然ですわ」


どうやら、様を付けるのは止めてくれたようだ。


「よし、じゃあ、いろいろな物を買いに行こう。お金は執事のサタールさんからもらっているから大丈夫だよ」

「えっ、いいのですか」


「うん、必要経費ってものらしいよ。僕たちも買ってもらったし、気にしなくていい。さあ、早く買い物に行こう」


こうして、レアは髪色と同じオレンジ色のスカーフや防具、赤い魔法靴、剣などを買ってもらった。買った店で着替えていたら、プレヤが提案した。


「レアの歓迎ケーキお茶会をしよう」



王都のケーキ喫茶店のテーブルに、イチゴのショートケーキ、モンブラン、チョコレートケーキ、フルーツタルト、ガトーショコラ、ミルクレープが並んでいる。


「このチョコレートケーキは美味しいわ。あっ、モンブランを私にも頂戴。」

「あー、僕のガトーショコラを取らないでくれ」

「やっぱりイチゴのショートケーキはケーキの女王様よね」

「うん、モンブランにはこのお茶が合いますね」


美味しそうなケーキを食べながら、おしゃべりの花が咲いている中、プレヤが何かを思いついたようだ。


「ねえ、みんな、レアの『星とバラの妖精』加入記念に、明日はオープンキャンパスに行こうよ」


オープンキャンパスという聞きなれない単語に、セルクが質問する。


「オープンキャンパスとは何でしょうか」

「僕の通っている魔法学園の行事の1つだよ。入学を希望する人たちに魔法学園を紹介する催し物さ。ほんの少しの学園の説明とクラブ活動の紹介だけだから、ミニ学園祭みたいな感じだけど、お客さんもたくさん来るよ」


その説明に森育ちのフェネが、興味津々な様子で賛成する。


「わあ、学園のお祭りですか~、面白そう~、私行ってみた~い」


他の者も魔法学園のお祭りに興味があるようで、満場一致で明日オープンキャンパスに行くことが決定した。



魔法学園の校門は、派手な飾り付けでキラキラ光っている。魔導具を使っているのだろう。校門を入ると、1つの教室に案内された。教室の入口で学校案内のパンフレットを受け取り席に座っていると、先生らしき人が入室して、魔法学園の説明が始まる。


入学試験のこと、成績のつけ方、卒業するために必要な条件、卒業後の就職先のこと、学習の方法について。この学園は自分の好きな講座の授業だけ受講できる制度であること、講座の種類とその内容については詳しい説明が行われた。


すでにこの学園の生徒であるプレヤはアクビをしていたが、フェネは熱心にメモをしていた。設立予定の音楽学園の参考にするためだろう。


「クラブ活動については、この後自由に見学してください」


その一言を最後に学園についての説明は終わった。


「やっと終わったね。さあ、クラブ活動の見学に行こう。どこから行こうか。」

「私は演劇部の劇を観に行きたいです。さっきチラッと見た看板に、公爵令嬢物語の文字が見えたので。是非行きましょう」


レアの提案にヴェーヌ以外が賛成したので、多数決により観劇が決定した。場内はかなりの観客で混雑していて、座席が足りず、立ち見の客もたくさんいた。客の大部分は女性客である。劇はテンプレ、定番のセリフ「今この場でお前との婚約を解消する」で始まった。


「公爵令嬢物語っていいわ~。今回の公爵令嬢は修道院に入れられてから、困難な修行を乗り越えて、強力な聖女の力を得て幸せになるパターンが新しくて良かったわ~。


でも、山奥にある修道院なのに、海軍の将校と恋に落ちるのは、無理があるわ。港近くの海辺に立つ修道院に設定するべきよ」


演劇部の部屋を出てからのレアの第一声に、ヴェーヌ以外がコクコクするがヴェーヌはボソリと呟いた。


「私は修道院になんて入りたくないわ。それに第一、私に婚約者はいないわ」


次はフェネの希望で、合唱部が主催する「素人のど自慢大会」の会場を訪れた。プレヤたち『星とバラの精霊』は、新加入のレアがまだレッスンしていないので、参加はしなかった。1時間ほどで会場から出てきてプレアが感想を述べた。


「僕たちのほうがずーと上手だと思うけど、どうかな?」

「コンクールじゃなくて、タイトルに素人ってあるから、上手か下手は関係ないわよ。楽しく歌えればそれでいいと私は思うわ」


フェネが正論を述べると、そうだね、とプレヤも同意する。


「でも、半分が赤いバラの曲を歌って、それに近い数がコラールの曲を歌っていました。すごいですね」


セルクの言葉をレアが引き継ぐ。


「あの2つのグループは大人気ですから。そう言えば、赤いバラの新曲がなかなか出ませんね。私、そろそろ待ちくたびれそうです」


それに答えたのはパシファ。


「もうすぐ新曲の『あなたとバラと』が発売予定です。新婚ホヤホヤの夫人の気持ちを歌った曲です。名曲ですよ」

「そうなのね、それは楽しみだわ。って、どうしてそれをフェネが知っているの、聴いたことがあるの?」


「お屋敷のダンスホールで、赤いバラが練習しているのを聴いたからです」

「えっ、それって本当なの。私も見学した~い。あれっ、何故お屋敷のダンスホールで赤いバラが練習しているの?」

「それは、全員がお屋敷に住んでいるからです。センターのお姉様は私と同じ部屋ですよ」

「え、え~~~」


フェネの言葉に絶句してしまったレアに、ここがタイミングだと思ったフェネがレアに尋ねる。


「レアは歌やダンスはどうなの、自信はあるかしら」

「歌うのは普通かな。ダンスは少し自信があるかも」

「そう、私たちの新曲『恋のキューピットの矢』のダンスはかなり激しいの。もし、良かったら、アナンさんに指導してもらえるように頼もうか」


「アナンさんって、赤いバラのダンスソロを踊る人よね。うわ~、いいの~、是非お願いします」


飛び上がりそうに喜ぶレア。それを生暖かい目で見ながらプレヤが提案する。


「ねえ、そろそろお昼だし、何か食べに行かない」


「「「「「賛成~~~。」」」」」


全員の賛成でお昼ご飯にすることにして、プレヤの案内で目的地に向かう。


野外ステージで演奏されている、器楽部の生徒のハープ演奏を聴きながら歩いていると、食欲をそそるいい匂いが漂ってきた。


「さあ、料理研究部の出している屋台通りに行くよ。毎年美味しいと評判らしいよ」


プレヤの一言で、屋台が並んでいる場所へ向かう。ブタ串美味しいよ~、とか絶品の焼き魚だよ~、と叫ぶ呼び込みの声が大混雑の中に響き渡っている。6人はそれぞれ好きな食べ物を買ってきた。


芝生の敷き詰められた空地に置かれたベンチに座って、ヴェーヌは牛の串焼き、フェネは豚の串焼きを、プレヤはホットドッグを、パシファはフランクフルトを、セルクは焼きそばを、レアはハンバーガーを食べている。それも口を大きく開けてパクパクと食べている。それでいいのか、貴族令嬢たち。


お茶はフェネの携帯魔法で持ってきたお茶セットを使い、パシファが入れた。全員が、それを美味しそうにゴクゴク飲んでいる。それでも貴族、いや何も言うまい、今は冒険者の服装だから、誰も貴族令嬢とは思わないだろうから。


昼食を食べ終えて、ゆっくりしていると屋台の方が騒がしくなってきた。「どけどけー」の怒声が聞こえた次の瞬間、「キャー」、「ウワーン」という子どもの悲鳴と泣き声が聞こえてきた。


子どもの叫び声と鳴き声に『星とバラの妖精』の6人全員がすぐに立ち上がり、声のした方へ急いだ。到着したのはハンバーグの屋台の前で、心配そうな顔をした女の人の横に女の子が倒れている。


5,6才くらいだろう、大声で泣いている。見ると膝小僧から出血している。セルクが駆け寄り詠唱する。


「回復の光」


出血していた所から血が消えて、皮膚も傷1つ残っていない。それでも女の子は泣き止まない。フェネが慰める。


「痛いの、痛いの、飛んでいけ~。痛いの、痛いの、飛んでいけ~」


すると女の子は泣き止み、キョトンとして言う。


「本当だ~。痛くないよ~。お姉ちゃんたちありがとう」


ペコリと頭を下げて、母親と思われる人と少し下がった。プレヤは加害者とおぼしき6人、いかにも貴族令嬢といった服装の6人、と向き合っている。その中のリーダーと思しき女の子が口を開いた。


「あなたたち、何者ですか。いきなり飛び込んできて、無礼な」

「そんな事はどうでもいい。お前たち、あの女の子に何をした」


「その平民の子どもは、ホットドッグを買おうとした私たちの邪魔だったから、貴族である私、マル ユルスの邪魔だったから、排除しただけですわ」

「なに~、先に並んでいた子どもを突き飛ばしたのか。許さん」


「平民は貴族に順番を譲るのが当然ですわ。異論があるのでしたら、私たちと勝負しなさい。あなたたちが勝ったら、あなたの言い分を認めますわ。あなたたちが勝つことは絶対無いでしょうけど」


「ようし、その言葉忘れるな。それで勝負の方法は?」

「ちょうどお互い6人だから、1対1の戦いを6回行うわ」

「わかった。それで勝負の場所は?」

「これからそこへ行きますわ。さあ、こちらよ」


そう言うと、マル ユルスはスタスタと歩き出した。


お読みいただきありがとうございます。

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