閑話 錬金術師 アルケ
「アルケ、金鉱石の品質評価の仕事を頼みたいのだが、受けてくれるか?」
「え~と、部長、今ミスリル合金の新製法開発で忙しいのですが」
「そうか、残念だ。他の者に頼むとするか。ステラ家のお嬢様から依頼された仕事だから、ひょっとすると仕事の後、お嬢様の刺繍入りのハンカチがもらえるかもしれなかったのだがな」
「あっ、部長、私がやります。いや、やらせてください。お願いします」
部長がニヤニヤしながら、言った。
「明日までに結果報告を頼む」
俺の名前はアルケ。星魔法軍団の魔法研究所所属の錬金術師だ。えっ、ポーションを作るのが仕事かだって? まあポーションは作れるが、専門ではない。錬金術師は2種類いる。生物系錬金術師と非生物系錬金術師だ。
ポーションを作るのは生物系錬金術師の仕事だ。錬金術の目的は『賢者の石』を作ることだ。この『賢者の石』、生物系錬金術にとっては不老不死の霊薬である。エリクサーと呼ばれることもあるが、不老不死その一歩手前、あらゆる病気やケガを治す薬をエリクサーと呼ぶこともあるらしい。
らしいというのは俺の専門外だから、詳しくは知らないからだ。他にもいろいろな説があるのだが、不老不死は実現していないのは事実だ。良く知らないので、この辺りにしておこう。
一方、非生物系錬金術にとって、『賢者の石』はただの岩や石を金に変えるための触媒だ。触媒とは、化学反応が簡単に起こるように手助けする物質。もちろん、この働きを持つ賢者の石の合成も実現していない。だから、金を手に入れる方法は自然に存在している金を採取するしかない。
川から砂金を集めるのが1つの方法、残りは石から金だけを取り出す方法だ。これを精錬という。石といってもどんな石でも良い訳ではない。金だけを取り出す費用が、それを売って得られるお金よりも少ない石を鉱石といい、この鉱石から金だけを取り出す方法が精錬だ。
おっと、そろそろ仕事を始めるとしよう。ステラ家のお嬢様から、白っぽい石が金の鉱石かどうかを調べるように、依頼されたのだ。石1kgから金がどれほど取れるかを調べるのが今回の仕事だ。この量が、鉱石かただの石か、大きな利益を生み出す良質な鉱石か否かを決める基準になる。
錬金術魔法を使って、石から金だけを直接取り出すためには、膨大な魔力を必要とするから、少ない魔力で金を取り出せるように下準備をする。俺は詠唱する。
「星魔法 てんびん座」
大きな天秤が現れる。俺は錬金術魔法だけでなく、星魔法も使えるのだ、星魔法一族の一人だから。天秤の片方に石を乗せて、もう片方に分銅を乗せて、石の重さを正確に測る。
そして、魔導具を使って、石を粉々に粉砕する。この段階で目に入った金の粒をピンセットで取り分ける。集中力を要する作業でもあり、かなり疲れる。これを数回繰り返して、預かった石を完全に粉末にする。
錬金術を使わない人であれば、作業はここで完了だ。石から採れる金の量はこれだけという事になる。俺は錬金術を使うので、ここからが本番だ。粉末をフタ付き反応器具に入れてフタをする。
カラーン カラーン カラーン
昼休みを知らせる鐘がなった。作業が一段落した所だ、ちょうどいい。昼食を食べに食堂に行くとするか。ここの食堂は美味しいメニューが揃っている。特にカレーライス。カツカレー、ハンバーグカレー、エビフィライカレー、種類もたくさんある。
これはいいのだが、困ることもある。それは、食事の時の話題である。人が集まって話が始まると、赤いバラ派とコラール派の論争が煩いことだ。ダンスもある赤いバラの方がいいとか、清純なコラールの方がいいみたいな言い合いが白熱して、大騒ぎになる事もしばしばあるのだ。
以前は、赤いバラ派一色だった。デビュー曲の曲名に「おとめ座」が入っていた事から、注意を引き、横笛演奏の素晴らしさ、歌の上手さ、ダンスの見事さで圧倒的な人気を獲得したのだ。
一方、コラールは童謡や民謡、神殿で歌われる曲を歌っていたグループだった。それが、初めてのオリジナル曲『神秘なる宇宙のスキャット』の曲名に宇宙が含まれている事で話題となった。
そして、以前から定評のあった歌唱力も後押しになり、あっという間にファンの数を増やして、赤いバラ派と並ぶ勢力になったのだ。
「アルケ、隣は空いているか?」
ケミスが話しかけてきた。生物系錬金術部門で働く友人だ。
「ああ、空いているぞ。最近会わなかったが、忙しいのか?」
「ポーション作りが忙しくてな。ひょっとすると、戦争が起きるのかもしれん」
「そうか、どこかの国が攻めて来るのか?」
「さあな、俺たち下の者には何も知らされていない。単に医療用ポーションを大量に作るようにと、言われているだけだ。そんなことより、赤いバラの噂を知っているか」
「いや知らない。何の噂だ」
「赤いバラの新曲『あなたとバラと』が、新婚の夫人の歌らしくてな、赤いバラの誰かが結婚したのかもしれないというものだ」
うん、どうでもいい。独身だろうが既婚だろうが、いい音楽を聴かせてくれるならそれでいいのだ。
「そうか。他には面白そうな噂があるか?」
「最近一番盛り上がっている噂話は、今度魔音板デビューするグループのメンバーの中に、星魔法一族の女の子がいるというものだ」
ここの職員のほとんどは星魔法一族だから当然だ。もちろん俺も興味がある。
「魔音盤デビューできるほど、音楽が得意な星魔法一族の女の子なんているのか?」
「ダンスなら大丈夫だろう。星魔法のこと座が使える女の子なら歌も結構いけると思うぞ」
「なるほど。それは魔音盤発売の日が楽しみだ」
*
さて、仕事を再開しよう。石を粉末にしたものを、反応用のガラス容器に入れる。その1つに薄い塩酸を加えると気体が発生する。この気体は毒では無いが、爆発する可能性があるから、送風の魔道具で外に排出しながら操作を行う。
これで金や銀、銅以外の金属は溶けて無くなったはずだ。次に銀と銅を除去するために硝酸を加える。赤褐色の気体が発生する。これは有毒なので細心の注意を払って排出する。排出した気体はいったん水の中を通してから外へ排出する。
これで残る金属は金だけだ。金は王水にだけ溶ける。王水の成分は錬金術の秘密事項だ。王水を注ぐと橙黄色の液体が生じる。ろ過して橙黄色の液体だけを集める。これでやっと錬金術魔法の出番だ。この状態からであれば、金を取り出すための必要魔力量が少なくて済むからだ。
橙黄色の液体に手を向けて詠唱する。
「錬金術魔法 金析出」
雪が降るように、金が容器の底に沈殿する。この光景はいつ見ても美しい。金の沈殿を集めて、粉末から拾い集めた金の粒と一緒にする。ここでもう一度詠唱する。
「錬金術魔法 金融合」
金が1つの塊、金塊というほど大きくはないが、美しい光沢の塊になった。金は美しい、しかも錆びることはない。金以外の金属は錆びる。例えば、銀も錆びる。火山地帯に行くと、銀の指輪が黒ずんだりする。これも銀が錆びる現象の1つだ。その時は銀を酸味の弱い液体を使って、手入れをすれば元に戻る。
おっと、また話が逸れた。本題に戻そう。再び、天秤を使って金の塊の重さを量る。なかなかの重さだ。石1kg当たりの量に計算すると、これだけの量の金が含まれていれば十分だ。深い所の石には、もっと多くの金が含まれているだろう。つまり、鉱山を開発すれば、莫大な利益を手にすることができる。
ステラ家のお嬢様の笑顔を思いながら、詳しい分析結果と良質な金の鉱石であるとの結論を書いた調査の報告書を送った。
2週間後、お嬢様から丁寧な礼状と刺繍入りのハンカチが送られてきた。これは使わないで、額縁に入れて家宝にしよう。
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