閑話 錬金術師 ミマ
特製シャボン玉の入ったビーカーとストローを返却してお礼を述べた後、5人の女の子たちは帰っていった。
「ふぅ、子どもの肌はピチピチプニプニしていていいわね」
少し羨ましくて、思わず独り言を呟いてしまう。私も20代中頃、そろそろお肌の様子がとても気になる年齢なのだ。まあ、これは人に平等に訪れることなのだが。さて、実験の続きをするとしましょう。
ビーカーの中で2層に分かれているバラの果実から絞り出した液体。上の部分がローズオイルで下の部分は水。液体の分類の方法はいろいろあるが、水を基準にして水と混ざるか混ざらないかも1つの方法でよく使われる。
上の部分がローズオイルと下の部分の水を分離しよう。魔法を使ってもいいのだが、魔力が必要だ。魔法を使わなくてもいい簡単な方法があれば、それを使う。
まず、ビーカー中の液体を分液ロートと呼ばれる卵に似た形のガラス器具に移す。分液ロートの上部の栓と下部のコックを閉じて、よく振る。静置して、2層に分かれるたら、下部のコックを開けて下の層の水を流し出す。残ったローズオイルをガラス瓶に入れて栓をする。これで一応純粋なローズオイルが得られた。
これは錬金術師として何回も何回もやってきた操作だ。私は母親1人、娘1人の家庭で育った。父親は、私が生まれた時には無くなっていたらしい。小さい頃はピンクのかわいい花を咲かせる、おしろい花の黒い実を潰して得られる白い粉を集めていた。母親がお化粧に使っていたから。
少し大きくなったら、おもちゃなど買う余裕がなかったので、家にたくさんあった、父親が残した本や図鑑を読んでいた。商家の娘であった母親が文字の読み書きや簡単な計算を教えてくれたのだ。
本を読んで面白そうと思った錬金術師になりたかった私は、必死で勉強して、王立錬金術学校の生物系錬金術コースに入学した。もちろん、学費免除で奨学金をもらえる特待生として。そして、授業や書物で学び、数多くの実験をやってきたのだ。
自分で言うのもどうかと思うが、優秀な成績で卒業した。卒業後の進路の候補は王宮や貴族家のお抱え錬金術師、これは安定性と高給が魅力。街中の錬金術師の店に弟子入りして、将来は独立して店を開業。これは独立後に高収入が魅力。この2つが人気の就職先だったが、たまたま学校の求人掲示板に張り出されていた「赤いバラの屋敷」の求人票を見て目を丸くしてしまった。
王宮より高額な給金。残業なしでたくさんの休日、これは街中の錬金術師店では望めない。弟子の間は馬車馬のように酷使され休日はないのだ。しかも、仕事の内容は、治療用や美容用、清掃用の各種ポーションの製造、即効性の植物用液体肥料の製造などで、私にチャチャとできる仕事。余った時間は自分の研究に使ってよくて、そのための薬品や原料、魔導具、実験器具もある程度は予算をつけてくれるという。
多くの生物系錬金術師と同じく、不老不死の秘薬、エリクサーを作る夢を持つ私にとっては夢のような職場だった。そして、多くのライバルとの競争を勝ち抜き、「赤いバラの屋敷」に就職できた。それから数年、一般工房の責任者は錬金術師が務めるのが慣例なので、今では一般工房の責任者になっている。
さて、次の実験だと思ったらドアがノックされた。返事をしたらお付メイドのアナンだ。完璧なお掃除をする優秀なメイドである。
「あの~、今よろしいでしょうか?」
「いいわよ。何かしら?」
「ハンドクリームが欲しいのですけど。冬のこの時期、料理や洗濯、掃除など水を使う仕事をするメイドにハンドクリームは必需品なのに、うっかり切らしてしまって」
「それは大変。すぐ作るから少し待っていて」
冬に水仕事をする人は、手がガサガサになって、水ぶくれやあかぎれになったりする。空気の乾燥によって、皮膚から水分が失われやすくなるからだ。ハンドクリームはリップクリームと同じで、皮膚を守る結界のような働きをする。だから、ハンドクリームがないととても困る。
さて、急いで作ろう。まず蜜蝋を50g測り取る。これを大きなビーカーに入れて、不純物を取り除いて、無色無臭にする。急ぎなので魔法を使う。
「錬金魔法 精製」
これで純粋な蜜蝋が得られる。後は植物油とさきほど作ったローズオイルを原料にチャチャと作り、容器に入れて完成。
「さあ、どうぞ。これだけあれば、しばらくは大丈夫よね」
「ありがとうございます。でも不思議です。人の身体から水が出ていくなんて」
「あら、お風呂に長く浸かっていると指先がしわしわになるでしょう? あれは水が指先に入るからよ。動物やコケ以外の植物の身体の表面からほんの少しだけど水が出入りするの。冬は乾燥するから、その量が増えるのよ」
「へぇ~、しわしわと言えば、年を取ると皺が増えるのも同じですか?」
「少し違うけど、皮膚の表面近くの働きが弱くなって水を保てなくなるからよ」
「ふ~ん、なるほど。ところで、あの北部方面軍の兵士さんからデートに誘われましたか?」
北部方面軍の兵士さんというのは、このお屋敷の警備のために派遣されている兵士の中の1人のことだ。私は昼食を従業員用食堂で食べるけど、いつからか特定の兵士さんが近くに座って話しかけられるようになった。
実験オタクで性格も容姿も地味な私に話しかけるのは何故だろう? 金髪碧眼で整った顔立ち、身長が高く女性に人気がありそうな男性なのに。男性同士の遊びの罰ゲームかな? って思っていた。
「いいえ、そんなことはありえないわ」
「いやいや、現在独身でかなり本気って噂ですよ。お付き合いしている女性もいなくて、真面目で誠実な人らしいです。お薦めの人ですね」
噂は信じられない。結婚しないで一生錬金術の研究に打ち込もうと思っている私だけど、もし兵士さんからデートに誘われたら、何故私なのかを尋ねてみて、その返答次第で後のことを考えるのもいいかもしれない。そう考えてアナンに返事をした。
「情報ありがとう。おかげでデートに誘われた時の心構えができたわ」
アナンが帰った後、私は考えた。年を取ると皺が増えるのは、水を保つ働きをする物質が少なくなるから。では、なぜその物質が少なくなるのだろう。いろいろと仮説は考えられるけど、その物質が作られる速さがだんだん遅くなるから、というのも1つの仮説だ。
例えば髪の毛。若い時はどんどん伸びるけど、年を取るとあまり伸びなくなる。そして、髪の毛の量が少なくなり、男性では髪の毛が全くなくなったりする。
だから、年をとっても水を保つ働きをする物質が、若い時のように作られるようなポーションやお薬を作ることができれば、皺はできなくなるだろう。そして、人間の身体の他の部分でも同じことができるようになれば、不老不死とまでは無理としても、若さを長く保てるようになるかもしれない。
そこまで考えて、とりあえず目の前の仕事をすることにして呟いた。
「さて、リップクリームに香りを付ける実験を続けよう」
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