第13話 パッヘルベルのカノン(第三章最終話)
あれから1週間が経った。打楽部族から次々と見学者が訪れた。その結果、慣れ親しんだ土地をどうしても離れたくない老人数人を除いて、打楽部族の移住が決定された。特に若者たちが強く希望したのだ。
老人は変化、新しい土地に住むことを嫌がる。身体が老いると、精神も老いる人が多い、それは仕方がないことだ。村に残る老人たちも転移陣を使えば、すぐにアルタイルの森に来ることができるし、逆も可能だ。牧場の牛などの世話に毎日人が行き来するから、村に残る老人たちが、孤独になるわけではない。
屋敷商会は再び大忙しである。2地点間転移陣の設置、住居についての希望の聞き取り、建設用資材と人員の手配、やるべきことが山積みだ。打楽部族の人たちも打楽器、ピアノ教室の先生や『星の輝く赤いバラとコラールの里』の警備隊員を希望する者は、研修を受けている。こちらも大変である。
*
トン トン トン トン
トルリとラムの部屋から小太鼓を叩く音がする。
「ラム、上手にできたね。次は強弱をつけてみようか。強く・弱く・少し強く・弱くの順で小太鼓を叩いてみて」
「うん、やってみるね、お姉ちゃん」
トン トン トン トン
「上手にできたわ。それを3回繰り返して」
「うん、わかった」
トン トン トン トン トン トン トン トン トン トン トン トン
その頃、赤いバラの屋敷の転移陣に30才前後と思われる男女が現れた。2人とも冒険者風の服装で、腰に2本の剣を帯びている。男は青髪青目、女は銀髪黒目である。男が門の警備兵に話しかける。
「こちらは赤いバラの屋敷でしょうか?」
「はい、そうですが、何か御用でしょうか?」
男は女の方を見て、頷いてから再び口を開く。
「こちらのアイーダ様に、私たちの娘たちがお世話になっていると聞いたのです。娘たちの名前はトルリとラムです。娘たちに会わせてもらいたいのですが」
「少々お待ちください。問い合わせてきます」
そう言うと、警備兵は屋敷内に走っていった。冒険者風の服装の男は驚いた。こんな立派なお屋敷にいきなり来て、面会の申し込みをしても普通はすぐに面会できない。
次の訪問日を指定され、その日に次の訪問日を指定されて、やっと面会できるのだ。自分たちの訪問を予想して、警備兵は特別な指示を受けていたのだろうか、と驚いたのだ。
警備兵が帰って来て告げる。
「アイーダ様がお会いになるそうです。どうぞお入りください」
警備兵に案内されて、両側にバラの植えてある道を屋敷の玄関へ向かう。玄関に近づくと、メイドらしき2人と小さい人影が2つ見えてきた。更に近づくと2つの小さい人影がこちらに向かって走り出した。叫びながら走っている。
「お父さ~ん、お母さ~ん」
トルリが男に、ラムが女に抱きつく。男と女も子どもを抱き上げる。久しぶりの親子の再会である。それを配慮したのか、しばらくしてから、メイドたちがやって来た。
「アイーダ様がお待ちです。どうぞこちらに」
案内されて4人で応接室に入ると、とても美しい女性が待っていた。アイーダ フォン ステラ、その女性が名乗った。男はタイ、女はライアと名乗った。ライアはトルリと同じ銀髪黒目だ。男が口を開く。
「娘たちを預かって頂き、ありがとうございます」
タイとライアは同時に頭をさげる。息がピッタリだ。
「とんでもないです。トルリには働いてもらって大助かりしています」
トルリが胸を張って話す。
「そうだよ、私、打楽器やピアノを教えているの。給金をたくさんもらってね」
ライアが思わず訪ねる。
「それは本当なの?」
「本当だよ。もう少しするとピーコックの森の人たちもここで働くの」
トルリがピーコックの森を知っていることにタイとライアは驚く。今までピーコックの森のことは話していなかったからだ。アイーダがライアに尋ねる。
「2人は、ひばりの森でずっと魔獣討伐されていたのですか?」
「そうです。ひばり型魔獣がなかなか討伐できなくて、帰してもらえなかったのです。手紙を書くことも許されませんでした。娘たちには本当に申し訳ないことをしました。でも何故それをご存じなのでしょうか?」
アイーダは、ペインス公国でのトルリとの出会いから、打楽部族がアルタイルの森に移住することになるまでの出来事を説明する。それが終わるとトルリが提案する。
「私たちもアルタイルの森に住もうよ。そして、お父さんもお母さんも『星の輝く赤いバラとコラールの里』で働かせてもらおうよ。そうすれば家族4人で一緒に暮らせるよ」
隣で妹のラムもコクコクしている。タイとライアは顔を見合わせていたが、ライアが辛そうに言う。
「私たちもそうしたいけど、お父様が一緒だと難しいわ」
「おじちゃんは、自分が悪かったって反省しているよ」
「そう、じゃあ一度お父様と会ってみましょうか。どう、あなた?」
タイは不安そうに自分を見ている2人の娘を見rる。自分とライアの結婚に反対して、自分たちを駆け落ちに追い込んだライアの父親の顔は見たくない。しかし、娘たち2人の願いは叶えてやりたい。さんざん考えた結果、娘たちの言うことに同意するしかなかった。
「そうだな、そうしてみるか」
「わーい、ラム良かったよ~」
トルリとラムは抱き合って喜ぶ。それを見て、話が一段落したと見たアイーダが次の話題を口にする。
「トルリ、あなたのバチを両親に見せてあげなさい」
トルリが2本のバチを取り出すと、それが銀色に輝いているのを見て、タイとライアは目を大きく見開く。ライアが尋ねる。
「トルリ、その銀色のバチはどうしたの?」
「お母さんからもらったバチよ。聖なる響きの館で、打楽部族の巫女として認められたら銀色になったの」
その後をアイーダが続ける。
「トルリが銀色のバチなら、母であるライアさんは金色のバチを持つ打楽部族の巫女長だと思います。聖なる響きの館へ行ってみませんか? そこであなたが打楽部族の巫女長であることが、わかりますから」
こうして、アイーダとトルリの家族4人は聖なる響きの館に向かった。
*
聖なる響きの館の館に入ると、統制補助の大納言が話しかけてくる。
「いらっしゃいませ、巫女様。本日はどのような御用でしょうか?」
「この女性、ライアは打楽部族の巫女だと思うの。判定してくれるかしら?」
「承知しました。楽器をお持ちでないようですが?」
アイーダがライアにピアノでいいか、と問うとライアは無言でコクコクと頷く。初めて入る聖なる響きの館に圧倒されているのだろう。
「ピアノを出してもらえるかしら?」
アイーダが頼むと、館の中央に鍵盤数が88鍵のピアノが現れ、ライアはピアノの前に座り、演奏を始める。『ノックターン 第2番』だ。成熟した大人の女性が奏でる妙なる調べが室内を満たす。
演奏が終わると、ライアの身体が淡い金色の光に包まれる。光が消えると統制補助の大納言の声がする。
「ようこそいらっしゃいました。打楽部族の巫女様」
それを聞いたトルリとラムがライアに駆け寄る。そして、トルリがライアに頼む。
「お母さん、バチを見せて」
ライアが袋からバチを取り出すと、バチは金色に輝いている。ライアとラムは目を丸くしているが、トルリは目をキラキラさせている。一方、それまで母親に甘えたいの我慢していたラムが、耐えきれなくなってライアにお願いする。
「お母さん、私と一緒にピアノを弾いて。いつも弾いていた曲よ」
「いいわよ。じゃあ、私の横に座って」
ラムとライアが2人並んでピアノを弾き出した。『パッヘルベルのカノン』だ。
母親の両手が低音部を演奏し、娘の小さな両手が高音部の鍵盤を弾く。穏やかな調べで始まった曲は、しばらくすると軽快なメロディの曲になる。
まるで母親と再会できて、ピアノの連弾ができていることを、無邪気に喜んでいる子どもの気持ちを表現しているようである。母娘の演奏するピアノから紡ぎ出される曲が聖なる響きの館を満たしていった。
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参考
「ノクターン 第2番」 作曲 ショパン
「パッヘルベルのカノン」 作曲 ヨハン・パッヘルベル




