第8話 パクセル伯爵家とセキパ伯爵家
箱馬車が東の丘のなだらかな斜面を登って行くと、だんだん視界が広がった。
「あっちの大きい川がポオラ川、この国で一番長い川よ。そして、こっちの小さい川がラオド川よ」
トルリがいろいろと説明してくれる。やがて箱馬車は丘の上にある料理店ヒルの前に到着した。料理店ヒルは2階建てのオシャレな雰囲気の建物のレストランで、中に入ると給仕が迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」
「10人だけど、見晴らしの良い席はあるかしら?」
時刻は昼食時を少し過ぎた頃で、店内のお客の数はあまり多くなさそうだったので、アイーダは思い切って聞いてみた。
「2階のテラス席でよろしければご案内できますが?」
「では、そこでお願いね。6才の子どもが1人いるから、子ども用のイスも用意してくれるかしら?」
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
案内されたのは、とても見晴らしの良い席だった。幸い天気も良く、シャルワの風景が一望できる席だ。子ども用のイスもすぐに用意された。
「こちらがメニューでございます。後ほどご注文をお伺いします」
メニューを10枚置いて給仕は下がった。
「この店のロールキャベツが美味しいらしわよ。あとは好きなものを選んでね」
アイーダがそう言うと、女の子たちは早速メニューを見てワイワイガヤガヤしだした。
「僕は肉が食べたい。牛肉を使った料理はあるかな?」
「あら、ペインス公国でたくさん食べたじゃない。もっと野菜を食べなさい。ニンジンとかニンジンとかニンジンとか」
プレヤがヴェーヌに叱られている。こちらでは、パシファとセルクが楽しそうだ。
「薬草入りサラダって、どんな薬草が入っているのかしら?」
「苦くないでしょうか? ドレッシングは何を使っているのでしょう?」
トルリとラムは少し困っている。
「お姉ちゃん、これ何て書いてあるの? 私、文字はまだ習ってないの」
「え~と、イチゴのなんとかね。とにかくイチゴが使ってあるみたいよ。これとアイーダ様の言われたロールキャベツを食べようか?」
「うん、お姉ちゃん。でも、私、文字を読めるようになりたい、文字を習いたい」
「そうね、私も一緒に習うわ。今まで文字の読み書きができなくても、生きていけると思っていたけど、メニューが読めないと困るし悲しいわ。アイーダ様にお願いしてみるわ」
しばらくして、なんだかんだで注文が決まり、注文した食事が運ばれてきた。ソーミュスタ王国のロールキャベツの中には、主にひき肉や刻んだ玉ねぎが入っている。ポラン王国のロールキャベツには、ひき肉、玉ねぎに加えてお米が入っている。かなり美味しいロールキャベツだ。その結果、トルリとラムの姉妹は主食とデザートのイチゴのショートケーキを食べることになり大満足であった。
美味しい料理に満足して、テラスからの眺望を楽しんでいると、争う声が聞こえてきた。そちらを見ると、転移陣近くのストリートピアノで声をかけて来た若い男女を挟んで、騎士たちが睨み合っていた。
これはマズイと思ったアイーダは、急いで料金を支払い店の外へ出た。
「フェネ、アニマ、私について来て。フェネはアニマのヴァイオリンを出して。残りのみんなは箱馬車の中に入って頂戴。ヴェーヌ、プレヤ、後はお願いね」
アイーダとフェネは横笛を持って、アニマはヴァイオリンを持って、争っている集団の方に向かう。
「こうなったら実力で勝負だ。皆の者、剣を抜け」
「望むところだ。全員戦闘準備」
両方の集団のリーダーらしき、貴族風服装の壮年の男たちが指示を出した。アイーダはフェネとアニマに指示する。
「『ロミオとジュリエット』を演奏するわよ」
3人が演奏を始めると、不協和音が響き、不安な気持ちにさせる音楽が奏でられる。この曲に合わせて3人は、両陣営の間をゆっくりと歩いて若い男女に近づいた。両陣営の騎士たちは、不気味な音楽に思わず道を開ける。アイーダは若い2人に話しかける。
「転移陣近くのストリートピアノの置いてある場所でお会いしましたね。これは何の騒ぎでしょうか?」
最初、2人はポカーンとしていたが、青髪緑目の若い男がハッとして、答えてくれる。
「私はパクセル伯爵家3男のミロオ、彼女はセキパ伯爵家3女のユリエットです。2人は婚約しているのですが、以前は良好な関係だった両家の仲が最近悪くて、婚約を解消してもう会わないように迫られているのです」
赤髪青目の若い女性ユリエットが、悲しそうに続ける。
「でも私たちは別れたくありません。別れるくらいなら、2人で駆け落ちしようと話し合っていたのです」
それを聞いた片方の陣営の赤髪黄目の壮年男性が大声を出す。
「両家の仲が悪くなったのは、パクセル伯爵が原因だ。ラオド川の水を、上流のパクセル伯爵領のため池に約束以上に引いているのだ。だからラオド川下流の我が領のため池には水が来ないのだ」
それに対して緑髪緑目の壮年男性が怒って叫ぶ。
「何を言う。セキパ伯爵の言いがかりだ。私はそんなことはしていない。約束以上に、ラオド川の水をセキパ伯爵のため池に引こうとして、そんなことを言っているのだ」
一旦は収まったマズイ雰囲気が、また険悪なものになった。水は人にとって、植物や動物にとって、絶対に必要ある。だから、どちらも譲れないのだろう。しかし、それと両家の若い男女の婚約を一緒に考えるのは止めるべきだろう。そう考えたアイーダは、アイーダは、若い2人に尋ねる。
「2つの領地のため池に十分な水があれば、この問題は解決するのですね」
「「はい」」
2人の声が揃った。息がピッタリ揃っている、お似合いのカップルである。
「2人の住む伯爵領はどの辺りでしょうか?」
ミロオが指で示しながら、教えてくれる。
「セキパ伯爵がここからあちらまでの土地で、パクセル伯爵領がここからあちらまでの土地です」
「わかりました。では、その辺りに1週間の間、雨を降り続けさせましょう」
「えっ、そんなことができるのですか? 信じられません」
2人の伯爵も呆れて言う。
「出来るわけがなかろう。何を口から出任せを言っておるのだ」
「そうだ。そんなこと水魔法を使ってもできないぞ」
2人の伯爵には構わず、アイーダはフェネとアニマに指示する。
「『雨だれ』を使うわよ」
「「はい」」
3人は詠唱する。
「「「音楽魔法 雨だれ」」」
そして、横笛とヴァイオリンの合奏を始める。ピアノの音色で静かな曲が奏でられると、2つの伯爵領の上空に黒い雲が現れてしとしと雨が降り出す。それまで争っていた者たちは、口をアングリと開けて立ちつくしている。
「この雨は1週間降り続けます。2つの領地のため池の水も十分溜まるでしょう」
アイーダが告げると、ポカーンとしていたユリエットがお礼を言った。
「ありがとうございます。これで父たちの争いも終わるでしょう」
「感謝します。これで私たちも結婚できそうです」
ミロオも続き、2人揃って頭を下げる。騒ぎが収まったとみて、ヴェーヌたちもやって来た。その中からトルリがアイーダに近寄り目を輝かせて言う。
「やっぱり音楽魔法って凄いです。こんな魔法が私にも使えるようになりたいです。使えるようになれるでしょうか?」
「きっと使えるようになるわ。今のトレーニングをちゃんと続けてね」
アイーダがトルリを励ましていると、騎士の1人がトルリに尋ねた。
「そこの少女よ。あなたは2本の剣を腰に下げているが、ピーコックの森の者か?」
「いいえ、私はこの街で生まれ育ちました。ピーコックの森の名前を聞くのは初めてです。88流剣術は両親に教えてもらいました」
尋ねた騎士は目を大きく開く。
「なんと、流派の名を知っているとは。あなたの両親は、ピーコックの森に関係ある者に違いない」
「それはわかりません。今、両親はいません。騎士様も2本の剣を腰に下げていらっしゃいますが、ピーコックの森の方でしょうか?」
トルリは、両親が自分にピーコックの森のことを、話さなかったのには理由があるのだろうと思い、警戒して話題を変える。
「そうだ、私はピーコックの森の出身だ。ピーコックの森に興味があるなら行ってみるが良い。ただし、森に入る道には番人がいて、その番人の許可をもらえなければ森に入れないがな」
騎士がそこまで話した時、驚きのあまり固まっていた2人の伯爵が、やっと再起動する。セキパ伯爵とパクセル伯爵が謝意を述べる。
「これは驚いた、本当に雨が降るとは。感謝する」
「音楽魔法か、初めて目にした。これで争うことも無くなった。感謝する。是非ともお名前を教えて頂きたい」
アイーダは言った。
「名乗るほど者ではありません。ただの旅の者です。では失礼します」
そして、全員箱馬車に乗りソーミュスタ王国へと帰還するのであった。
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毎週火・金の午後6時に投稿予定です。
参考
「ロミオとジュリエット」 第2組曲 モンタギュー家とキュピレット家
作曲 プロコフィエフ
「雨だれ」28の前奏曲集 第15番 作曲 ショパン




