第2話 旅の一座
闘牛場まで箱馬車で10分ほどだった。中に入ると3万人の観衆で満員。闘牛が行われるのは、半径50メートルほどの円形のグランドだが、そこには人も牛もいない。どうやら、闘牛が行われる直前に着いたようだ。運がいい。
突然、音楽の演奏が聴こえてきた。テンポの速い曲で、走り出したくなる気分にさせる曲だ。テンポが落ち着くと、観衆が大合唱を始める。すごい音量だ。曲が終わってから、アイーダに尋ねる。
「今の曲は何だったんだ? 凄い大合唱だったな」
「曲全体は『カルメン前奏曲』よ。観衆が歌ったのは、『闘牛士の歌』の一部分ね。闘牛見物の気分が盛り上がるわ」
確かに、闘牛場は大いに盛り上がり、熱気に満ちている。観衆はエールやビールを片手に叫んでいる。突然、一斉に大歓声が上がった。大きな拍手が鳴り響く。闘牛士の登場である。キラキラした衣装を着ているが、それに隠された肉体は、軍人と同じで、鍛えられた筋肉だ。
手に持つのは赤い布のムレータとエストック、剣だ。牛が場内に放たれて、闘牛士に向かって突進する。闘牛士は優雅な動きで、それをヒラリヒラリとかわす。見事な動きだ。闘牛士が牛の突進をかわすと、オーレーと観衆が叫ぶ。闘牛士がエストックを使って、戦いは終わった。
闘牛が終わって、闘牛場を出てから、アイーダに頼んでみた。
「なあ、今度俺が魔物や魔獣と戦う時に、あの『闘牛士の歌』を演奏してくれないか。あの歌を聴くと、いつもより大きな力が出そうな気がする」
「いいわ。練習しておきますね。それで、お昼は何処で食べましょうか?」
それを聞いたフェネが、希望を口にした。
「私は、フラメンコの踊りを見ながら、海鮮料理を食べたいです」
どうやら、昨日食べた魚や貝が気に入ったようだ。セルクが続く。
「私もフラメンコの踊りが観たいです。あの足の動きを覚えたいです」
『星とバラの妖精』のダンスの参考にするのだろう。最近、ダンスを頑張っているセルクらしい。アニマも同意する。
「私もフラメンコの踊りが観たいわ。踊りよりも、フラメンコで使うギターに興味があるの」
さすが弦楽部族である。普通はギターの演奏より踊りに目が行くのだ。結局、全員が賛成したので、箱馬車の御者が勧める店に行く。
フラメンコショーが始まっても、ひたすら食べているのが、プレヤとレアの星魔法組、食べながら観ているのが、俺とアイーダとヴェーヌとパシファ、観ながら食べているのが、フェネとピエトーラとアニマとセルク。
どちらに興味があるのか、様々である。フラメンコショーが終わって、ピエトーラが言った。
「フラメンコギターは普通のギターよりも小さいわ。音色も少し違うし、弦が硬いのかしら、強く張ってあるのかしら? 使っている木材、板が違うのかしら? フラメンコギターを1本買って調べてみようかな」
「賛成だよ、お姉ちゃん。あの激しいリズムを演奏するのは、フラメンコギターの方がいいと思うわ」
そんな会話があり、楽器店でフラメンコギターを買った後、お土産を買いに行った。俺は、赤い布のムレータを自分用に、執事のサタールさんや庭師のイアペトさんなど男性幹部従業員の数人用に、魚や貝の干物を大量に買った。
そうすれば、他の従業員に配ってくれるだろうからだ。男性用だけなのは、女性用のお土産は女子たちが買うと思ったからだ。それに、俺には女性に喜ばれるお土産が何かさえ分からない、いやこれが一番の理由だ。
お土産を買うのに、予想以上に時間がかかったようで、時刻が5時近くになっていた。急いで旅の一座の公演がある公園に戻ってみると、ちょうど始まったところで、前座の曲芸をやっている。なかなか上手な玉乗りや組体操には多くの拍手が送られた。
次はダンスか劇かと思っていたら、ミュージカルが始まった。内容は、若い男女の悲恋の物語で、観客の涙を誘っていた。旅の一座としては、珍しい出し物だ。レアがウンウンと頷きながら呟いた。
「ストーリーが良くできているわ。歌も演技も上手。旅の一座の公演の出し物じゃもったいないわ」
「そうね、大きな劇場でもお客がたくさん入るわね」
アイーダもコクコクして同意する。俺には恋の物語の良し悪しはわからないが、女性陣には好評のようだ。少し考えていたレアが、アイーダにお願いをした。
「アイーダ様、『星の輝く赤いバラとコラールの里』の劇場でミュージカルをやりましょう。脚本は私が書きます。タイトルは『歌姫公爵令嬢の物語』です。主役は」
そこでレアが話を切り、ヴェーヌの方を見るが、ヴェーヌは両手で×印を作る。レアは再びアイーダの方を向いて続ける。
「主役はアイーダ様とバービレ様のダブルキャストにします。長期公演を考えるとダブルキャストの方がメリットがあります。悪役の男爵令嬢は、お色気を出すことができて、男性の庇護欲をくすぐる少女を演じる事ができる人を探します」
「その役を演じる人には心当たりがあるわ」
「えっ、誰でしょうか?」
「美少女隊のリリーさんよ」
「あー、確かに。ハマリ役ですね。ビキニの水着とか着てくれると、男性客が増えそうです。美少女隊の他の方々には、リリーさんの取り巻き役をやってもらいましょう。それでストーリーですけど、王太子に婚約破棄された公爵令嬢は隣の大国に行きます。
そこで、音楽コンクールに出場して優勝する。そして、コンクール会場にいた、その国の王太子が一目ぼれして、溺愛する。こんな感じですが、どうでしょうか?」
「いいわね。ストーリーをもっと詳細に詰めてくれる?」
「はい、公爵令嬢が不幸になるほど、観客には受けますから、父上の公爵が馬車の事故でお亡くなりになったり、公爵令嬢が料理やお菓子作りが上手なのもテンプレですし、もっといろいろ考えてみます」
「出来上がったら見せてくれる? 私が曲を作るから」
「はい、出来るだけ速く書き上げます」
そんな会話を聞いていたら、旅の一座の方から少女が歩いて来るのが見えた。その少女はトルリで、途中から急ぎ足で近づいて来た。一礼してお詫びを言う。
「お待たせしました。公演が終わるのが、遅くなってしまいまして」
フェネが手を横に振りながら答える。
「いいのよ。とってもいいミュージカルで、余韻に浸っていたの」
「ありがとう。一座のことを誉められると嬉しいわ。それで、お仕事の詳しい事を聞きたいのですけど」
「音楽の仕事をして欲しいの。そうね、最初は歌や楽器の演奏を教える仕事からお願いしたいわ。楽器は何が得意かな?」
「わぁ~、私、音楽が大好きで音楽の仕事をしたかったの。えーと、得意な楽器は打楽器で、バチを使う楽器なら大丈夫です。太鼓でもテッキンでも。あっ、あと白い鍵盤と黒い鍵盤の数が合計88のピアノなら弾けます」
「凄いわ。是非私の所で働いてよ。それで働く条件だけど」
そこでフェネはアイーダの方を見る。すると、アイーダが答えた。
「お給金は月に金貨5枚。週7日のうち2日が休み。1日の仕事は、朝9時から12時までと午後1時から午後5時まで、残業は無いわよ。住む部屋は無料で用意するわ。食事は1日3食無料。これくらいかな、何か質問はあるかしら?」
それを聞いたトルリは口を開けて、ポカーンとしていた。貴族家に努める文官が月に金貨2枚をもらうのだ。驚くのも当たり前である。しばらくして立ち直ったトルリは質問した。
「お給金は月に金貨5枚ではなくて、銀貨5枚の間違いではないですか? 私のような子どもだったら、月に銀貨5枚でも十分ですよ」
「いいえ、金貨5枚よ」
そこで、セルクが言った。
「私も月に金貨5枚をもらっています。他の条件にも嘘はないです」
「わかりました、信用します。よろしくお願いします」
トルリが笑顔で言うと、フェネはトルリに抱きついた。そして、言う。
「わあ、ありがとう。私の名前はフェネ。これからよろしくね。今日から私たちと同じ宿に泊まろう」
「うん、荷物は全部持ってきたから、このまま行けるわ」
他の者とも挨拶をして、宿に帰ろうとした時、
「お~い、トルリ。大丈夫か。まだ一座に居ていいんだぞ~」
トルリを呼ぶ声がして、黒髪赤目で優しそうな40代くらいの男がやって来た。
「あっ、座長。大丈夫です。今夜はこちらの方々の宿にお世話になります」
「そうか。大丈夫か」
そう言って、我々の方を見る。女の子の数が多いことに少し安心したのか、心配そうだった表情が少しやわらぐ。ここでアイーダが一歩前に出て挨拶をする。
「初めまして。私はアイーダです。ソーミュスタ王国の者です。今日の一座のミュージカルは素晴らしかったですわ。トルリさんは責任を持ってお預かりします。安心してください」
「我々のような旅の一座の者に、ご丁寧にありがとうございます。私は旅の一座『流れ星』の座長のトラバルです。トルリにはいろいろと事情がありまして、一座で今日まで預かっていたのです。でも我々が経営的に苦しいことをトルリもわかっていまして……」
そこまで言うと、座長さんは下を向いてしまった。アイーダは続ける
「私たちは劇場を持っています。良かったら、劇場で先ほどのミュージカルを公演してもらえませんか? 期間はとりあえず1ヵ月、出演料は金貨50枚で宿と3回の食事は無料で提供させてもらいます。ここからの移動費用も支払います」
それを聞いて座長さんは、目を大きく見開き固まってしまった。これは旅の一座にとっては、超破格の好条件だからだ。アイーダとしても、あのミュージカルであれば、かなりの集客が見込める、との計算の上での提案であった。少しの時間の後、復活した座長さんが感謝していう。
「ありがとうございます。その申し入れ、ありがたくお受けします。公演の契約が2件残っていますから、その後移動します。一座の者の数は50名で、この国の一番東の転移陣からソーミュスタ王国の一番西の転移陣まで3日かかります。
移動の費用は金貨1枚もあれば十分です。1ヵ月後には到着できると思います」
「私たちの家の転移陣のアドレスは『赤いバラの屋敷』です。では移動費用と出演料の半分、金貨26枚を前金でお渡ししますね」
そう言うと、アイーダは金貨26枚を座長のトラバルさんに渡した。トラバルさんは驚いた様子だったが、感謝して返事した。
「ありがとうございます。1ヵ月後に必ず、お伺いします」
そうして、深く一礼するのだった。ホッとした雰囲気が流れたその時、大きな怒声が響いた。
「お前ら、誰の許可をもらって、ここで公演してやがる」
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参考
「カルメン前奏曲」(第1幕前奏曲) 作曲 ビゼー
「闘牛士の歌」 歌劇カルメン中の歌 作曲 ビゼー




