第1話 ペインス公国
「私、アルハンバレ宮殿を見に行きたいわ。赤い色のきれいな宮殿らしいの」
朝のティールームでアイーダが言った。アルハンバレ宮殿は、この国の西隣のペインス公国のアルハンブラ地方にある観光名所だ。考えてみれば、結婚式の後、いろいろと忙しくてゆっくり旅行する事がなかった。幸いなことに今は忙しくない。いい機会だから一緒に行こうと思い提案してみる。
「アイーダ、一緒に行こうか? 俺もペインス公国で見物したいものがある」
「本当? アース様は何を見物したいの?」
「俺は闘牛の見物だ。戦う闘牛士の勇敢な姿を見たい」
「そうですか。それは面白そうですね。私はアルハンバレ宮殿を見たいわ。きれいな宮殿を表現した、とても有名なギターの曲があるのです」
「へぇ~、知らなかった。それは何て曲?」
「『アルハンブラの思い出』です。トレモロ奏法という、指をとても速く動かして演奏する奏法を使う曲です。」
「ギターの曲か。そうなると、弦楽部族のピエトーラやアニマも弾けるのかな?」
「ええ、でも実際にアルハンバレ宮殿を見たら、もっといい演奏ができるはずよ。できれば、あの2人も一緒に連れて行きたいわ」
「そうだな、じゃあ、2人にも一緒に行こうと誘ってみてくれ」
この時は4人でペインス公国に行く予定だった。
*
ヴェーヌの部屋
プレヤたち6人が、カードゲームでワイワイ遊んでいる。
「やった~、プレヤがババを引いてくれた~」
「レア、そんな事いうと、僕がババを持っているのが分かるじゃないか」
「ごめん、嬉しくて、つい声に出しちゃった」
そこにアニマがニコニコ顔でやって来た。
「みんな~、私とピエトーラ姉さんとアース様、アイーダ様の4人で、ペインス公国に行くことになったよ~」
「「「「「「えっ、えーーー」」」」」」
驚く6人、その中でヴェーヌが一番先に立ち直った。
「どうして、アニマだけなのでしょう。納得がいきません」
「そうだよ、僕たちも一緒に行きたい、行きたい、行きたい」
「アニマだけなんて、ずる~い」
プレヤが駄々をこね、レアが不満を口にする。フェネも同調する。
「みんなでアース様の所へ行って、ペインス公国に一緒に連れて行ってもらうようにお願いしましょう」
こうして、『星とバラの妖精』の7人でアースの所に行き、お願いすることになった。全員が上目使いである。アースの弱点、年下の子どもにかわいく頼まれた断れないことは、熟知されているのである。ヴェーヌが口火を切った。
「お兄様、妹の私を何故ペインス公国へ連れて行かないのですか?」
「アース様、僕たちの事が嫌いですか?」
「お義兄様、私は泣きそうなくらい悲しいです」
続くプレヤとフェネの波状攻撃に、連れ行くことに同意せざるをえないアースであった。アイーダに不満があるはずはないからだ。
「わかった、わかったから。お前たちも一緒にペインス公国へ行こう」
「「「「「「「やった~」」」」」」」
全員で抱き合って喜ぶ『星とバラの妖精』。こうして、ペインス公国に10人で出かける事になったのである。
*
ペインス公国はソーミュスタ王国の西隣に位置する。中立国宣言をしている国で、ソーミュスタ王国の友好国でも敵対国でもない。転移陣による移動は友好国の間だけで行われるので、ペインス公国への移動に転移陣は使えない。
アルハンブラ地方はペインス公国の南端、海に面している。だから、タイリア伯爵領から船で行くのが普通の方法だが、アースたちは船ではなく、星魔法の白鳥で行く事にした。船より白鳥の方がずっと速いからだ。
ただ、直接アルハンバレ宮殿のある城塞都市ナダグラに直接、白鳥で行くのは目立つので、手前の街ドウパで一泊する事にした。お昼頃タイリア伯爵領から、飛び立った白鳥は、夕方ドウパ近くの森の中を流れる川に着水した。
アースとアイーダ一行がドウパの街に入ると、広場の方から合唱の歌声が聴こえて来た。
♪ぶなーのもりーのはがーくれにー
『流浪の民』だ。歌声のする公園に行ってみると、旅の一座が仮設舞台の上で合唱をしている。本好きで知識が豊富なレアが解説してくれる。
「旅の一座が公演の最後に歌う曲です。ここで曲芸や劇などを披露していたのでしょう」
♪めぐーしおとーめまいーいでつー
きれいな歌声のソプラノのソロが聞こえて来る。歌っているのは、銀髪黒目の12才くらいの少女だ。それを聴いたフェネが言う。
「上手だわ。『星とバラの妖精』にスカウトしたいくらい上手よ」
アイーダもコクコクして頷くが、空を見上げて言った。
「もうすぐ日が暮れるわ。宿に急ぎましょう」
幸いにも宿の部屋は空いており、アースとアイーダで1部屋、少女たちで3部屋に宿泊する事ができた。宿の夕食は、アルハンブラ地方の郷土料理の具材がたっぷり入ったオムレツや肉の煮込み料理、海産物の煮込み料理で大好評だった。
「オムレツにピーマンやニンジンが、入っていないのがいいわ」
アニマが感想を言うと、ピエトーラが注意をする。
「アニマ、まだそんな事を言っているの。好き嫌いはダメでしょう」
「ピーマンやニンジンも食べないと、保有魔力量がふえないよ」
プレヤもアニマをたしなめる。すると、アニマが反論する。
「嫌いなだけよ。ちゃんと食べているわよ」
そう言いながら、パクパクとオムレツを食べる顔は笑顔である。そんな微笑ましい雰囲気で夕食も終わり、アルハンブラ地方訪問の1日目は終わった。
*
ドウパの街で箱馬車2台を借りて、アルハンバレ宮殿のある城塞都市ナダグラに向かう。遠くに森が見える平原を2時間ほど進むと、城塞都市ナダグラの門に着いた。ここで入都市税を払うのである。観光地ではよくある税であり、1人あたり小銀貨1枚が相場だ。
まず、宿を確保した後、アルハンバレ宮殿に観光に行った。この大陸では珍しい異国風の建物だ。壁や天井に美しい模様があり、庭園も素晴らしかった。みんな熱心に見学していたが、特にピエトーラとアニマは、その風景を体に染み込ませている様子で見学していた。
アルハンバレ宮殿を出た後、ピエトーラとアニマがギターを演奏したい、と言い出した。箱馬車の御者に頼んで、広い公園に案内してもらい、木陰のベンチにみんなで座る。フェネが詠唱する。
「ギター2本 アウト」
現れたギターで、ピエトーラとアニマが『アルハンブラの思い出』を演奏し始める。少し哀愁を帯びた、赤い色の宮殿の情景が思い浮かぶ曲が演奏される。つい目を閉じて聴き入ってしまう一行。
2人の演奏が終わった時、パチパチパチパチと小さな拍手がして、目を開く。そこにいたのは昨日、ドウパの街で聴いた旅の一座の合唱で、ソロの部分を歌った銀髪黒目の12才くらいの少女だ。その少女が賞賛する。
「とっても素敵な演奏でした。私、うっとりして聴いてしまいました」
それにアニマが照れて答える。
「えへへ、ありがとう。あなたの昨日の合唱中のソロも上手だったわ」
「えっ、聴いていたの? 恥ずかしいわ。でも、今日で私は旅の一座との契約が終わりなの。今夜の公演を是非、見に来て欲しいわ」
それにフェネが、喰い気味に質問する。
「それ本当? 明日からはどうするの? あなたのお名前は?」
「私の名前は、トルリよ。本当に今日で旅の一座とはさよならなの。明日からの事は何も決めてないわ」
「じゃあ、住み込みで私の所で働かない? ここにいる10人がいる所よ」
トルリは10人の様子を見ていたが、少し考えた後に返事をした。10人の服装、や表情、特に自分と同じ年ごろの少女たちが明るい表情をしているのを見て決めたのだろう。
「いいわ。それで詳しい条件は?」
そこで、遠くの方で仮設舞台を作っていた旅の一座から、トルリが呼ばれた。
「おーい、トルリ。宣伝パレードに出発するぞー」
「いっけない、パレードの時間だったわ。詳しい事は、今日の公演が終わってから、そうね、午後7時頃ここで落ち合って話し合うってことでいいかしら?」
トルリが慌ててそう提案する。フェネがコクコクすると、トルリは旅の一座の方へ走って行った。
宣伝パレードは先頭が宣伝のプラカード、これには公演の場所や時間が書いてある。その次に小太鼓を演奏するトルリ。その後にいろいろな楽器が続いて、最後にまた、宣伝のプラカード。全員で20名ほどの編成だ。
演奏はトルリの小太鼓ソロで始まった。曲名は『ラデツキー行進曲』。思わず手拍子をしたくなる有名な行進曲である。パレードが公園から出発した後、フェネが感心して言う。
「凄いわ。トルリの演奏する小太鼓のリズムも強弱も完璧だわ」
アニマもコクコクして言う。
「指の動きも手首の動きも完璧よ。天才かもしれないわよ」
「そうね、是非とも私たちの所に来てもらいましょう。彼女にやって欲しい仕事があるわ」
アイーダも同意して、夜のトルリとの交渉を是非とも成功させたいと、意見が一致した。
「お昼ご飯まではまだ時間があります。アース様、闘牛を見に行きませんか?」
アイーダが提案してくれた。俺はもちろん同意する。
「もちろん、行くよ。他のみんなはどうする?」
最初に答えたのはレア。
「闘牛って、闘牛士と牛が戦う事ですよね」
レアが両手を頭の左右に当て、人差し指を立てて訊く。牛を表現しているらしい。それをプレヤが、手で切る仕草をして答える。
「そうさ。闘牛士は軍人や冒険者と同じくらい勇敢なんだ」
「剣で牛と戦うのですか?」
「剣と赤い布を持って戦うのさ。とてもカッコイイよ」
セルクが、笑顔で同調する。
「それは是非見たいです。行きましょう、闘牛士を見に」
こうして、闘牛観戦に行くことになった。
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参考
「アルハンブラの思い出」 作曲 タレガ エイクシア フランシスコ
「流浪の民」 作曲 シューマン・ロベルト 訳詞 石倉 小三郎
「ラデツキー行進曲」 作曲 ヨハン・シュトラウス1世




