第11話 アンカアの森
アンカアの森へ転移陣を運ぶ打ち合わせの翌日、夜明け前の赤いバラの屋敷の転移陣。小型の転移陣を積んだ荷馬車に乗ったアース、アイーダ、フェネ、セルク、アニマ、ピエトーラと転移陣の技術者が乗っていた。
「用意はいいな。じゃあ、出発するぞ」
俺が声をかけると、荷馬車と7人の姿が消える。そして、その姿はコチェ王国トーイス領の領都プリフの転移陣に現れた。
「到着したようだな。ピエトーラ、道案内を頼む」
「はい。右の方へ馬車を進めてください。20分ほどで草原に出るはずです」
街の中は所々に街灯があるためか、かすかに明るい。セルクとピエトーラが御者台に座り、荷馬車は進み街の門に来た。立っていた警備の兵士が、声をかけて来る。
「止まれ。まだ夜も明けない朝早くから何処へ行く?」
ピエトーラが答える。
「おはようございます。私たちはアンカア村の森の者です。王都へヴァイオリンを売りに行った帰りです。早く森に帰りたいので、朝早く王都を出発して来ました」
「お前はピエトーラか。荷馬車の積み荷は何だ。ずいぶん大きな物が積んであるようだが」
「はい、あれは小型の転移陣です。ヴァイオリンを売ったお金で買ってきました。設置するための技術者の方も、同乗されています」
「そうか、アンカアの森も行き来が楽になるな。よし、通れ。村までの道中は気をつけるようにな」
「ありがとうございます。では失礼します」
簡単に門を出ることができた。警備の兵士がピエトーラを知っていたからだろう。
門を出ると、外は真っ暗闇だ。しばらくは、目立たないようにランプの光を頼りにゆっくりと進む。門からかなり離れた場所に来たら、アイーダが横笛を取り出して詠唱する。
「音楽魔法 月の光」
アイーダが横笛の演奏を始めると、幻想的で甘い曲が流れ、周囲がやさしい月の光に照らされているように明るくなった。アマルとピエトーラは目を閉じて曲を聴いている。1つでも音楽魔法を習得しようとしているのだろう。
その光の中を荷馬車が進む。門の外には麦畑や野菜の畑が広がっていて、人の姿は無い。荷馬車が20分ほど進み、空がほのかに明るくなった頃、草原が広がっているのが見えてきた。
「わぁ、広い草原ね。狩りはできるのかしら」
セルクの問いにピエトーラが答える。
「ウサギなどの小動物だけね。魔獣はいないわ。あとは薬草ね」
「初級の冒険者にはいい所ね。特に薬草がたくさんありそうだから、今度ゆっくりと来てみたいわ」
「そうね、セルク。その時は私も誘って。さて、この辺りでいいかな。もうすぐ夜明けだし、馬車止めましょう」
荷馬車が止まると、セルクを残して全員が荷馬車を降りる。セルクは荷馬車を赤いバラの屋敷に戻すために残るのだ。暴れるかもしれない馬2頭を、アースの白鳥に乗せるのは難しいから。夜明けと同時に、俺とアイーダ、フェネ、アニマ、ピエトーラと転移陣と技術者を乗せた星魔法の白鳥を飛び立たせる。
10分ほど飛ぶと湖が見えてきた。
「速~い。馬車で2時間かかる所を10分で飛ぶなんて。アース様、あの湖に着水してください」
アニマが大声で叫んでいる。湖の近くを眺めると、家が30軒ほど見える。あれがアニマとピエトーラの村だろう。周囲にはメイプルやスプルースの林が見える。高度を落として、ゆっくりと村の周りを10回ほど飛んでいると、気づいた村人が集まり、騒ぎだした。
彼らにアニマとピエトーラが手を振り、お~い、帰ってきたよ~と大声で呼びかける。すると、村人たちも手を振ってきた。攻撃される恐れがない、と判断した俺は、白鳥を湖に着水させ、湖岸に向けて泳がせた。
桟橋へ全員が移り、アニマとピエトーラを先頭に湖岸へ向かう。出迎えの村人の中から中年の男女1人ずつが歩み出てきた。それを見たアニマが女性の方へ走り出して抱きついた。
「お母ちゃん、ただいま~」
ピエトーラは黒髪青目の男性の方へ向かい、正面に立つと挨拶をする。
「お父様、ただいま帰りました」
「お帰りピエトーラ。元気だったか?」
「はい、とてもいい旅でした。それより、お客様をお連れしました」
「ほう、そうか。紹介してくれるか」
「はい、みなさん、こちらへ」
アイーダとフェネを先頭に行かせた。音楽魔法一族同士の方がスムーズにいくだろうと思ったからだ。一同が立ち止まるとピエトーラが紹介した。
「お父様、こちらはアルタイルの森の音楽魔法一族本家の巫女様、アイーダさんとフェネさんです。あちらでは大変お世話になりました」
「はあぁぁぁ? もう一度言ってくれ」
「はい、アルタイルの森の音楽魔法一族本家の巫女様、アイーダさんとフェネさんです」
「それは本当なのか?」
それを聞いたフェネとアイーダが自己紹介をする。
「初めまして。フェネ フォン ムジカです。そして、こちらが姉です。」
「初めまして。アイーダ フォン ステラです。今はムジカ家からステラ家に嫁いでいます」
「おお、ムジカ家。言い伝え通りの本家の家名ですな。私はペザン、弦楽部族の部族長です」
ペザンが深く礼をすると、他の村人も深く礼をする。部族長が頭を上げてから、アイーダがアースを紹介する。
「こちらは私の夫です」
「初めまして。アース フォン ステラです。突然の訪問ですが、今日はムジカ家の依頼で転移陣を設置しに来ました。よろしいでしょうか」
「初めまして。弦楽部族の部族長のペザンです。転移陣を設置はとても有難いのですが、この村には代金を支払えるだけの余裕はありません」
「大丈夫です。費用は本家から支払われます」
「なんと、ではこのお礼は本家にするということですな」
「はい、おそらく本家は受け取らないと思いますが。それで、転移陣を設置する場所はどこにしますか?」
「本家はそれでいいのでしょうか?」
「ええ、それは本家の方と話して頂くとして、それより転移陣の場所はどこにしますか?」
「そうですね。では、こちらにどうぞ」
部族長は馬や羊の牧場近くの広場へと案内してくれた。そこで転移陣の技術者は、折り畳み式の転移陣を地面に展開して説明をする。
「アドレスなどの設定や仮設の建屋を作るために、2時間ほどかかります」
「そうですか。では、よろしくお願いします」
技術者はすぐに作業に取り掛かる。慣れた様子で、仮設の建屋が出来上がっていく。熟練の技術者のようだ。感心して見ていると、部族長のペザンさんから話しかけられた。
「アースさん、時間まで我が家でゆっくりしませんか?」
部族長の誘いで、彼の家に行く事になった。アニマがたくさんの子どもたちに一緒に来るように声をかけたので、大集団での移動である。家に着くなり、アニマはフェネに預けていた物を出してもらって、区分けしている。そして、アニマが子どもたちたちを集めて呼びかける。
「みんな、お土産の魔音盤をあげるわ。『コラール』のファンの子はお姉ちゃんの方に、『赤いバラ』のファンの子は私の方に集まって」
わーい、やった~、と騒ぎながら子どもたちが魔音盤を受け取っている。『コラール』の魔音盤を受け取った子どもが、不思議そうに言った。
「ピエトーラお姉ちゃん、この模様はなあに?」
「ああ、説明しないと分からないわね。それは『コラール』のバービレさんのサインというか、印よ。直接もらったから本物よ」
「ホントー、すっごぉぉぉい」
一方、『赤いバラ』の魔音盤をもらった子どもたちも、アイーダのサインに気がついたようだ。期待のこもった目でアニマに尋ねる。
「アニマお姉ちゃん、このサインはひょっとして」
「そうよ、『赤いバラ』のセンターの人のサインよ」
こちらの子どもたちも大喜び、大興奮である。本人が来ているのだが、それを言うと大変な事になるので、黙っているようだ。
家の大広間では、フェネが携帯魔法で運んできた他のお土産、子ども用の服や赤いバラ印の大量のハム、お酒、ジュースなどが並べられつつある。それを見たピエトーラが呼びかける。
「みんな、家に帰ってお母さんたちを呼んで来てくれるかな。お土産を配るから大広間に集合だよって」
は~いといい返事をして子どもたちは一目散に駆けだした。
「ピエトーラ、こんなにお土産を買って、お金は大丈夫だったの?」
母親のカルマさんの問いに答えたのはアニマだ。
「フェネの家に泊めてもらったから、宿代が浮いたの。それに音楽魔法一族割引でタダ同然の値段で売ってもらったのよ」
「音楽魔法一族割引って何かしら?」
「ソーミュスタ王国の王都の屋敷商会の店で買い物をすると、音楽魔法一族の者は5割引きの値段で買えるの。凄いでしょ」
「まあ、転移陣ができたら、そちらで買い物をしなくちゃ」
「それから、村で作った楽器もワルワル楽器店に売るよりも、屋敷商会の店に売った方が何十倍も高く売れるわ」
母親のカルマさんは目を白黒させてしまう。しばらくして、立ち直って言う。
「まあ、それは良かったわね。それで、泊めてもらったお礼は何を用意しましょうか?」
「前に私が助けてもらったお礼の分も含めて、最上級のヴァイオリンしかないわ。理由は後で話すけど、前に持っていったヴァイオリンは、受け取ってもらえなかったの」
「そうなの。じゃあ、速く製造に取り掛かりましょう」
その頃、俺とアイーダ、フェネは応接間で部族長のペザンさんと話をしていた。
「それでは、村の神殿は本家の神殿と昔は繋がっていたのですか?」
「はい。今は魔力切れで繋がっていないようです。本家の巫女である私かフェネが中に入って奉納演奏をすれば、魔力補充ができて、警備の兵衛佐が復活するようです。
次にピエトーラとアニマが奉納演奏をすれば、統制補助の小納言も復活して、子神殿は完全復活する事になります」
「是非、子神殿を完全復活させたいので、奉納演奏をお願いしたいものです。しかし、これまで誰にも、神殿の扉を開けることはできませんでした。どうしたらいいのでしょうか」
「とりあえず、我々を子神殿に案内してもらえませんか。ひょっとすると、子神殿の扉を開けることができるかもしれません」
「そうですな、ピエトーラとアニマも連れていきましょう」
こうして、6人は弦楽部族の神殿へ向かった。
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参考
「月の光」 ベルガマスク組曲 第3曲 作曲 ドビュッシー




