第9話 本家と分家②
アニマは銀色のヴァイオリンを見て、口をパクパクさせていたが、やがて満面の笑みを浮かべた。そして
「すっごーい。銀色のヴァイオリンだよ、銀色。お姉ちゃん」
そう言ってピエトーラの所に駆け寄った。その時、上から声がした。
「弦楽部族の巫女様であることが確認されました。もう1人の方もヴァイオリンの演奏をお願いします」
それを聞いたピエトーラが、困った様子なのを見たアイーダが笑顔で言った。
「持っているヴァイオリンを使ってちょうだい。それはあなたのヴァイオリンよ」
それを聞いて、ピエトーラは悩んでいた様子だが、やがて意を決しようだ。
「ありがとうございます。使わせていただきます」
そう言うとピエトーラは少し前に進んだ後、立ち止まり、ヴァイオリンをケースから出して準備すると演奏を始めた。すると、すぐに上からピアノ伴奏が流れてくる。『G線上のアリア』だ。
美しい曲だ。いや、それだけではない。穢れの全くない神聖な場所で奏でられる曲だ。演奏もアニマよりもはるかに上手だ。演奏が終わると、ピエトーラの身体と周囲が金色に輝いた。
やがて輝きが消えるとのピエトーラ持つヴァイオリンが金色に輝いていた。ピエトーラは金色のヴァイオリンを見て、口をパクパクさせていたが、やがて満面の笑みを浮かべた。アニマと同じ仕草だ。2人は姉妹だと良くわかる仕草である。
「この方も弦楽部族の巫女様であることが確認されました。転移魔法が失われた理由は、転移のための音楽魔法の曲が伝えられていないと推測されます」
上からの声を聞いたアイーダは、ピエトーラとアニマを見たが2人とも首を横にブンブン振った。アイーダは問う。
「たしかに、2人とも知らないようだわ。大納言、その曲を聴くにはどうしたらいいの?」
「弦楽部族の子神殿に保存してあるはずです」
ピエトーラが悲しそうに呟く。
「私たちの村の神殿には誰も入れないの」
上からの声が、ピエトーラに答える。
「おそらく長い期間、音楽魔法一族本家による奉納演奏が行われなかったために、警備の兵衛佐も休眠状態に入ったものと思われます。子神殿は非常用魔力の保存量が少ないですから。その時、兵衛佐が入口をロックしたのでしょう。
そのロックは、現在子神殿との間では連絡不可能ですから、私には解除できません。兵衛佐が覚醒すれば、連絡してロックを解除することも可能です」
「じゃあ、どうすればいいの」
ピエトーラが悲嘆して叫ぶ。それに上からの声が答える。
「ロックを解除するためのキーワードが子神殿のどこかに表示されているはずです。そのキーワードを扉の前で唱えれば扉は開きます。内部に入り、本家の巫女様が奉納演奏をしてください。
そうすれば兵衛佐が覚醒するでしょう。次に兵衛佐の指示に従い、弦楽部族の巫女様が奉納演奏をされれば、子神殿の統制補助の小納言が覚醒するはずです」
アニマが、あっと呟き、口を開く。
「お姉ちゃん。あのクイズの答えがキーワードなのよ」
「そうね、今まで誰も正解が分からなかったクイズね。どうしよう」
それを聞いたアイーダが自信ありげに割り込んだ。
「大丈夫よ。アース様に解けないクイズはないわ」
フェネも負けられないとばかりに続く。
「お姉様、ヴェーヌだってそうです。どんなクイズでも解けます」
「そうね、いずれにしても弦楽部族の村に行くしかないわ。え~と、村の名前は聞いたかしら? 教えてもらえるかな?」
「ごめんなさい。村の名前はアンカアの森の村といいます」
ピエトーラが申し訳なさそうに答えた。
「気にしなくていいわ。アンカアの森の村に行くとして、まずはお父様の家に行きましょう」
「お父様って、どんな方でしょうか?」
「音楽魔法一族の族長よ」
「「え、えっ~~~」」
*
聖なる響きの館を出た4人が、通りを族長の家へと進む。整備された石畳の道や花壇とそこに咲いているきれいな花々に、感嘆の声を上げていたピエトーラとアニマだったが、途中で1つの建物に子どもたちが入るのを見てアニマがフェネに尋ねた。
「あの建物は何かしら?」
「子ども館よ。たくさんの楽器があって、それを演奏できる防音部屋があるし、魔音盤もたくさんあって、それを聴ける魔導道具の置いてある防音部屋もあるの。全部無料で利用できるわ」
「わぁぁぁ、いいなあ。私も入ってみたい」
「あとで案内するわ。お父様の所に行くのが先よ」
「えっ、お父様って。まさかフェネも族長の娘なの」
「そうよ、お姉様ほど優秀じゃないけどね。巫女の1人よ」
そう言って、フェネは苦笑いした。そんなおしゃべりをしていると、大きな屋敷が見えてきた。それを指さしてフェネがアニマに言う。
「あれがお父様の家よ。大きいでしょう」
それを聞いたアニマは固まった。アンカアの森の一番大きな家の5倍の大きさだったからだ。フェネがアニマの手を引き、屋敷の門を入ってすぐ、3人の子どもたちが駆け寄ってきた。
「お帰りなさい。アイーダお姉様、フェネお姉様」
「ただいま、ヨハン、ゼバスティアン、バッハ。いい子にしていた?」
アイーダが返事をすると3人はコクコクした。
「ヨハン、弦楽器のパートリーダーさんを呼んできてくれるかな?」
うん、と返事をすると一番大きな男の子は走って行った。
「ゼバスティアン、誰かにお茶とお菓子を用意するように伝えてくれる?」
わかった、と返事をすると2番目に大きい男の子は屋敷の奥へ入って行った。
「バッハ、お父様とお母様を応接室に呼んできて」
は~い、と返事すると女の子は屋敷の奥へ向かった。
「あの3人は兄妹かしら?」
ピエトーラが小さな声で呟くと、アニマが首を傾げた。
「お姉ちゃん、どうしてそう思うの?」
「3人の名前を続けて読んでごらん」
アニマはヨハン、ゼバスティアン、バッハと何回か繰り返した後、ハッと何かに気が付いた顔をした。
「あの大昔の偉大な音楽家の名前だわ。そうだよね」
「そうよ、きっと親はバッハが大好きな人なのね」
アイーダたちが応接室でくつろいでいると、ノックの音がしてアイーダの両親が部屋に入って来た。
「アイーダ、お客さんを連れてきたと聞いたが」
「はい、お父様。この2人です」
ピエトーラとアニマが立ち上がり自己紹介をする。アイーダの父親も
「アイーダとフェネの父だ」
と自己紹介をしたが、アイーダにダメ出しされてやり直した。
「音楽魔法一族の族長、ヴェル フォン ムジカだ」
それに満足したアイーダが言う。
「この2人は弦楽部族の巫女です」
「弦楽部族だと。何だ、それは。初めて聞く言葉だ」
「私もさきほど聖なる響きの館で、初めて聞きました。大納言が教えてくれたのですけど、音楽魔法一族には本家である私たち管楽部族と、分家の弦楽部族と打楽部族があるそうです。
倭国からの移動の途中で、弦楽部族と打楽部族は別の土地に住むことになったようです。そして、私たちがここに居なかった300年の間に音信不通になったみたいです」
「なるほど。しかし、その2人が弦楽部族の者なのは確かなのか」
「はい、ピエトーラのヴァイオリンを見てください」
アイーダがピエトーラを見ると、ピエトーラは、金色のヴァイオリンをケースから出してテーブルに置いた。それを見たヴェルが目を大きく見開いた時、声がした。
「アイーダ様、お呼びでしょうか」
弦楽器のパートリーダーだった。そのパートリーダーは、テーブルの上に置かれた金色のヴァイオリンを見ると、驚いた顔をして大声を出した。
「金色のヴァイオリン!」
「落ち着け、アマティ。まず座れ」
族長に注意されて、アマティはソファに座ると、金色のヴァイオリンを見ながら、すぐに話し出した。
「素晴らしいヴァイオリンは数少ないのです。その最大の理由は材料となる木材が滅多に手に入らないからです。安定した気候で長い時間育った木を切り倒し、長期間適切な温度と湿度の中で保存された木材、これは貴重なのです」
それを聞いたアイーダは、なるほどと思いながら本題を切り出した。
「アマティさん、弦楽部族のことをご存じですか」
「弦楽部族? それは知りません」
そこでアイーダは聖なる響きの館で聞いた事を話した。するとアマティが
「そういうことでしたか。私と打楽器のパートリーダーは、時折話し合っていたのです。何故、音楽魔法一族に弦楽器と打楽器の得意な者が少ないのだろうと。やっと、その理由がわかりました。転移の音楽魔法は私も知りません、残念ながら。
それで、弦楽部族の方はこの森に移住されるのですか。そうならば嬉しいのですが」
「ウム、そうなれば良いのだが。家などはこちらで用意するが、どうだろうか」
「お父様、まずはここと簡単に移動できるように、アンカアの森の村に転移陣を
屋敷商会に設置してもらいましょう。ここをよく見てもらってから、移住するかどうかを決めてもらえばいいと思います」
それにピエトーラが頷いた。
「私たちの村は、街から遠いのに転移陣がなくて不便なのです。だから、転移陣を設置してもらえると嬉しいです」
「そうか、ではすぐに屋敷商会に連絡しよう。それで2人はいつまでここに滞在できるのかな」
その問いにピエトーラが答えた。
「ソーミュスタ王国の王都には来た事が無かったので、1週間くらいかけて、観光しようと思っていました。転移陣のためなら、10日くらいは大丈夫です」
「だったら私が王都を案内してあげるから、うちのお屋敷に泊まりませんか?」
フェネの提案に答えたにはアニマだ。
「やった~。宿代に使うお金も買い物に使えるわ。よろしくね、フェネ」
それにピエトーラが続いた。
「お世話になります、アイーダさん。それとこの金色のヴァイオリンですが」
「さんはいらない、アイーダでいいわ。それから、金色のヴァイオリンはあなたの物よ。金色にしたのはピエトーラだし、ピエトーラは巫女だから」
「ありがとうアイーダ。村に帰ったら別の物を用意するわ。それで、巫女ってどうして分かるの?」
「それは、聖なる響きの館で演奏した、あなたのヴァイオリンが金色になったからよ。それが、巫女であることの証明よ」
こうしてアニマとピエトーラは赤いバラの屋敷に滞在することになった。
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参考
G線上のアリア 作曲 J.S.バッハ 編曲 アウグスト・ウィルヘルミ
警備の兵衛佐 警備の兵衛督の部下
統制補助小納言 統制補助大納言の部下




