第1節 不審な殺人①
第1節 不審な殺人
PM 2:00 探偵事務所 如月
北海道札幌市。自然と都市部が入り混じる世界でも珍しいこの街に、『魔女』と呼ばれた魔術師が探偵として住み着いている。
都市再開発が進むこの街で、ひっそりと探偵業を営んでる魔術師とは一体誰か。
私である。昼食を終え、今は食後のコーヒータイムを嗜んでいる最中だ。マグカップに注がれたコーヒーを飲みながら、私は客人と会話をしていた。
「それで? 何しに来たんだ?」
私は、黒服の客人ことセシリアに、事の真意を聞く。セシリアは、ラスティアが用意したケーキを食べながら話す。
「まぁ、要は頼み事よ。あなたなら、引き受けてもらえるだろうと思った次第よ」
「頼み事ね。それで? 今回はどんな依頼だい?」
セシリアがコーヒーを飲み干すと、鞄からタブレットを出してきた。私はそれを受け取り、画面をスライドする。
「これは?」
「今世界中で起きてる連続惨殺事件よ。それも、マフィアを狙ったものばかりだわ。厄介なのは、犯人は魔術に近い『何か』を使ってるわけ」
「魔術に近い『何か』? それはまた厄介なものだね。犯人は何? 魔術師?」
セシリアは困った顔をしながら私に話す。彼女のその感じなら、どうやら中身は厄介なものになりそうだ。
「魔術師とは言い難いものね。もしかしたら、この世の人物ではない人物が暴れ散らかしてるだけかも」
「となると、犯人は『転生者』か。それも、集団で動く事に徹してる連中か」
「さすがはアルね。それだけで、犯人の特徴を捉えるなんてね。でも、彼らには、興味深いものがあったのよ」
セシリアが、もう一台のタブレットを用意する。すると、身に覚えの無い国旗のようなものが現れた。
「随分と古い国章だね。いつの時代の国家だろう?」
「彼らは、『コノートの戦士』を自称しているわ。全く、何処の馬の骨が指揮しているのやら」
「『コナハトの戦士』? ケルト神話に出る女王メイヴの国じゃないか?」
セシリアは私の言葉に、驚く。それを聞いたセシリアは、何か心のあたりがあったようだ。
「メイヴ? それって、ケルト神話の人物じゃない?」
「そう。だが、なぜ今になって、『コナハトの戦士』と名乗る連中が出てきたのだろう?」
「国家と名ばかりのテロ組織かしら? にしては、魔術に精通してるのは謎ね」
「それを調べて排除するのが、君ら執行者だろう? だけど、それにしては謎だな」
私は、少し疑問に感じる。原点であるケルト神話にあやかると、アイルランドに潜伏してるはずだが、なぜ世界中を転々としているのか。
「そういえば、こう言うのは美生が適任でしょう? 彼女は今、どこにいる?」
私の問いに、セシリアは首を傾げていた。また何かやらかしたのだろうと思ったが、そうでは無いらしい。
「彼女は休暇よ? 理由は知らないけどね」
「理由は知らない? どう言うことだい? それは?」
セシリアは腕を組みながら、美生について話す。どうやら、彼女の休暇については、セシリアでも知らないらしい。
本人が休みのなら、上司にその理由を伝えるのが礼儀だが、それを言わずに行ってしまったようだ。
「何かあったんでしょう。それを追求する権利は、私にはないわ」
「相変わらず、その辺はフランクだね。それに、美生が休暇とはね。
まさかとは思うけど、また厄介ごと押し付けまくったのでしょう?」
「いつもならね。あの子は、私の大事な部下よ。家族と言っても差し違えないわ。
でも、あの時は違ってた。まるで、昔の同胞が目覚めた事への憤りみたいものを感じたように見えたわ」
セシリアは、煙草に火をつける。それを横目に、私はセシリアからもらった資料とタブレットを見る。
不審な部分が多々あるが、それは後ほど解析するとしよう
「同胞が目覚めた? 公安のことか?」
「いや、違うわね。正確には、英雄のほうよ。黒い方のほうは、いやいや付き合わされた感じがするわ」
「やれやれ、休暇を申し出たのは、英雄のほうか」
私は、資料を見ながらそう言う。二重人格者と言うものは、人一倍人間関係には気を使うものらしい。
しかし、そうなると何故美生が休暇を取るようになったのも少し疑問に感じる。元の人格の彼女なら、そういうことはないはずだ。
だが、そんな彼女がそれをしなかったのかが謎でしかない。一体、何があったのだろうか。
私がそう考えてると、セシリアが立ち上がる。
「そろそろ行くわ」
「もう行くの? もう少しゆっくりすればいいのに?」
「議長が着いたそうよ。面倒だけど、これから会議よ」
「そう、それは出なきゃね。リリィによろしく伝えといて」
「そう伝えておくわ。では、またね」
そう言い、セシリアは去っていった。溜息をしながら、私は資料を読み始める。
気になることが山積みだが、まずはこの資料を読み切らないといけない。
そう思い、私はタブレットと資料を持ち、自分の工房に入るのだった。
――――――
明日香視点 PM 4:00 すすきの
ソファーに横になりながら、ピザを食べる。デスクには、何やら考え事をしているリリムの姿があった。
「呑気にピザを食えるものだな。『魔女』の所でも食えるだろうに」
「いいでしょう? 別に、減るものでもないし。それより、例の連中について、分かった?」
私の問いに、リリムは溜息をする。どうやら、何かを知った上で考えがまとまらないらしい。
「どうにもこうにも、厄介な連中だと言うくらいにしか分からん。我々の常識を度外視していること以外は、何もだ」
「なるほど。それじゃ、あそこが黙って動かないわけには行かないっか」
「お前、自分が奴らに知られるわけには行かんだろう?」
リリムは呆れながら言うが、それについては心配はない。だって、その辺のことは、あいつが何とかするからだ。
「別に、あいつがうまいこと誤魔化すから問題ないよ」
「『魔女』め、そこまで用意周到とはな。まぁ、少なからず魔術院と縁がある奴なら、容易いことだろう」
リリムは、そう言いながら魔具を弄る。そして、その魔具は持ち主のいない魔具になった。
「とにかく、こちらから何かあれば、自分で来いと伝えてくれ」
「はいはい。じゃ、また来るよリリム。それと、ピザごちそうさま」
私は、扉を開けてリリムの事務所を後にする。
落書きだらけの階段を上がり、私はあいつのいる邸に帰るのだった。




