第2節 逢魔が時と丑三つ時④
PM 8:00 如月邸
それから少し時間が空き、みんなで風呂に入る。髪をラスティアに洗われ、髪を纏められ浴槽に浸かる。
だが、目の前で投身自殺を目の当たりにした為、良い気分とは言えない。
ただでさえ、人とは違う私は、その光景には来るものがあるからだ。
「姉さん。大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だよ」
心配そうに私は見るラスティア。それもそうだ。帰ってからの私と明日香の様子がおかしいのもあるからだ。
「明日香さんも、珍しくご飯を残すから、心配になって」
「ごめんね。本当にそんな気分じゃなかったんだ」
「一体、何を見たの?」
「飛び降りる人が、死ぬところさ。あれは、自発的に自殺したなんて思えない」
「そうだね。あの霊に、操られて自殺したと思う」
私と明日香は、あの光景を見て一つの疑問点を感じる。それは、何故人は自殺をするのかについてだ。
何故、前日まで平常だった人間が今になって自殺したのか? 何故、自殺をしなければいけないのか?
その回答が、今もつかめていない。その回答は、人それぞれではあるのが、余計タチが悪い。
それとも、何か別の経緯があるのではないのか? それが、この事件の重要なピースになる可能性もありうるのであれば、それらが一気に埋まるかもしれない。
だが、今の私には、それを知る術がないのだ。
「そうなんだ……。そういえば、あの人が来てたよ」
「誰?」
「『残りは2回。止めることはできないが、その後からが攻め時よ』って言って帰って行ったよ」
「『仮面の魔女』め。何を言っているんだが」
「でも、あの人なら、信用しちゃうんでしょ?」
「そうだね。彼女の言うことは、どこかあってるからね」
「私からすれば、癪でしかないんだけど」
明日香は、気に入らないと言わんばかりに皮肉る。彼女が『仮面の魔女』を嫌っているには致し方ないが、これ以上は問い詰めることはない。
少し精神的に落ち着いた私は、浴槽から上がる。それについていくように、2人も上がっていく。
寝床に戻り、寝巻きに着替えると、ラスティアが私の髪を乾かす。
ドライヤーの熱風が、どこか気持ちが良い。ラスティアは、どこかうっとりした顔をしていた。
「どうしたの?」
「いや、姉さんの髪、すごく綺麗な髪してるなって」
「あんまり、見ないでほしい。見せ物じゃないでしょ?」
私がそういうが、ラスティアはそれでも私の髪を触る。正直、やめてほしいものだ。
「綺麗な銀色の髪なら、誰でも憧れるよ?」
「昔、アルビノと間違えられてアルビノ狩りにあったんだ。それ以来、あまりこの髪には良い印象がないんだ」
「でも、そいつらを返り討ちにしたんでしょ? まぁ、半分殺しかけたのだけどね」
「その説はごめんよ。君とセシリアにも迷惑かけたよ」
ラスティアは、それを聞き笑う。そして、ドライヤーの電源を切る。そして、ベッドに眠る。そして、眠りにつくのだった。
翌日 PM 4:50 『仮面の魔女』の工房
今日も事務所の仕事を早めに終わらせ、『仮面の魔女』の工房に入る。カウンターには、『仮面の魔女』が集めた資料が並べられていた。
「この資料は?」
「あれから調べ尽くしたものよ。色々と出てきたのよ」
「色々と出てきた? 何があったの?」
「厄介なことに、あの霊は、魔力を持っていた。おそらくは、ラフィラの亡霊の中に、魔術師の霊が混同してしまった結果、霊力と魔力が混じり合ったものになった。
知っての通り、あれはただの亡霊じゃないわ。肉体を持たない『咎人』と言って差し支えないでしょうね」
「咎人……っか。でも、本体はどうなる?」
『仮面の魔女』は、私の問いに、話し出す。
「今突き止めている最中よ。もし、私の考察が正しいのなら、事態は深刻になるわ。本体が咎人となり、本体は意思のない殺戮兵器になるわ」
「でも、それを食い止める為には、ラフィラの亡霊をどうにかしないといけないって訳か。
だが何故、彼女はそうなったんだ?」
「幽体離脱でしょうね。彼女が昏睡状態になって幽体となった時、亡霊が接触して融合してしまったんでしょうね。
そして、無関係な女の子たちを自殺させたのでしょう」
「なるほどな。でも、それには何かを見たい訳だったのではないのか?」
『仮面の魔女』は、私の疑問に気づく。
「彼女は、『俯瞰』を見たかったのではないのか? 例えば、何かの拍子で盲目になって、この世に絶望した。
そして、『俯瞰』に憧れを持って幽体離脱した。だけど、自分に境遇が似た亡霊に触れてしまい、今に至るっと言うわけか?」
「『俯瞰』っねぇ。それは盲点だったわ。それなら、合点が着くわね」
「そうだね。だけど、亡霊が溜めてた怨念が暴発してしまい、その思念が何も関係のない少女たちについてしまい、自殺をさせてしまった。
彼女の意思すら関係なく、そうさせてしまったがために、元の肉体は徐々に咎人になっている。当人はそれを知ることすらなく、徐々に」
「それが、深夜2時と夕方6時を中心に起きてる。彼女は、仲間集めのために自殺した少女たちの霊をこの世に留めてるのかしら?
自らの『俯瞰』を見るために?」
「どうかな? もう『俯瞰』すら興味ないのかもしれない。ただ気にいらないだけかもしれないね。『実家』が、勝手に壊されるのを。
その腹いせと言わんばかりに、10代の女性達を自殺させている。それなら、合点がつくだろう?」
「それの対価で、元の女性の肉体は、『魔素』が汚されて、いつ咎人となってもおかしくないと言うわけね」
『仮面の魔女』の返答に、私は頷く。私は、さらに、話を続ける。
「止める手立てはないのか?」
「自殺者を止める手段はないわ。奴の念力は、私たちでは止められない。でも、その後がチャンスと言えるわ」
「なるほどね。あれから解き放つ時を待てと言うわけか」
「でも、その時間で、この事件を終わらせることだって可能よ。それだけでも、久代されるのなら、本望じゃないのかしら?」
「そうだな。それしかないのなら、そうする他ないか」
私の答えに、『仮面の魔女』は頷く。しかし、それでも癪に感じているのでは、私も相当のお人好しらしい。
こうして、私は、『仮面の魔女』の工房を去っていったのだった。




