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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

異世界(恋愛)短編・掌編作品集

不遇の第一王女は、引き渡された帝国の皇太子より、溢れんばかりの愛をえる

作者: 礼(ゆき)

じめじめとした牢獄に囚われたジェシカは、格子で仕切られた窓辺から月夜を眺めていた。

指先で鉄製の格子に触れると、ひんやりと冷たい。その冷たさは、ジェシカの心とシンクロする。


(私なんか捕まえても、なんの意味もないというのに……)


バカらしいとばかりに視線を斜めに落としたジェシカは、片方の口角をあげて自嘲する。


(隣国の姫とは名ばかりの私を捕まえても、なんの牽制にもならないわ。私の処刑が取引材料になると考えているなんて、なんて愚かなことでしょう)


高らかと笑い出しそうになるのを必死にこらえると、喉の奥がくつくつと鳴った。

堪えきれず、両手で口を覆う。身を屈め、肩を震わせ、おかしみを体の底から逃し続ける。


敵国に捕らえられたジェシカは、明日の明朝、執行される処刑を待つ身であった。







ほんの三日前。

国境沿いの要塞にそびえる尖塔から、ジェシカは城下を眺めていた。


背後には人々が住まう街が広がるものの、眼前には底の見えない渓谷がある。

渓谷より彼方には長く広い道があり、橋より向こうは敵国の領土だ。

渓谷にかかる橋は高い壁で囲われており、敵が攻めてきても、応戦できるような造りとなっていた。

長年対立する隣国に対する備えは万全である……、はずだった。


尖塔の窓辺に立っていたジェシカの頬を火矢がかすめた。


それはただのあいさつ代わり。


続いて、尖塔を飛び越える火の玉が城下の街に降りそそぎ始めた。


いったい、どこから飛んでくるのか。

見極めようと、窓から身を乗り出そうとしたところで、駆け上ってきた兵にジェシカは羽交い絞めにされ、搭の最上部から引きずり降ろされる。

階段を駆け下りようとしたところで、尖塔に火の玉が当たり、爆音とともに破壊された。


頭上から落ちてくる石の塊から頭部をかばいながらジェシカは叫んだ。


「これは隣国が保有する武器ではないわ。これは帝国の武器よ。帝国が隣国に手を貸したのだわ。

辺境伯の元へ急ぎましょう」


階段を駆け下り、廊下を走り、ジェシカは辺境伯だけでなく、軍を統括する尉官も待機している部屋に飛び込んだ。


「辺境伯、この兵器は帝国のものです。帝国が隣国に武器供与を行った可能性が高いかと思われます」

「帝国の!」

「なぜ帝国が我々の小競り合いに介入するのだ!」


辺境伯と尉官が同時に声を荒げる。


「分かりません。ですが、帝国の武器は私たちが保有する武器の数段上を行きます。このままでは、この砦だけでなく、城下街にも被害が及ぶでしょう」


そこに兵が飛び込んできた。


「報告します。敵陣より放たれた火の玉により、民家が破壊され火の手が上がっております」

「ならん、敵が攻めてきている以上、街へ割ける人員は」

「辺境伯!」


ない、と辺境伯が叫ぶ前に、ジェシカが言葉を叩き切った。


「私が敵国に赴きます。

これでも、我が国の第一王女です。交渉材料にはなりましょう。

私の身柄を引き渡すことで、この場をなんとしても納めるのです」





笑いをこらえ終えたジェシカは、尖塔から最後に眺めた星空に思いを馳せながら、再び美しい月を見上げる。


(自ら人質になると言ったってねえ……)


うまくいくかどうかはわからなかった。

王家の血を引く娘よりも、砦を制圧する方が利益があると判断されれば、おそらくあのまま砦は陥落し、城下は火の海となり、焼け出された人々がどんな目に合うかもわからなかっただろう。


(本当に応じてくれてよかったわ)


明日、散る命と言えど、最期の最期で、善なる選択をできたことだけは誇らしかった。


(星空もこれで見納めか……)


石壁に両手をあてて、格子から見える夜空に魅せられる。

煌めく星空と比べると、ジェシカの人生は陰りばかりでなんの美しさもない。


(恵まれない人生だったわね)


正妃であった母から産まれた第一王女であったものの、母が早世するなり環境が一変した。

数人の妾を要する王は、母を失ったジェシカを軽視し始めた。

妖艶な妾とその妾から産まれた姫や王子ばかり侍らすようになり、凡庸な容姿のジェシカは隅に追いやられたのだ。冴えないという理由で、捨てられたようなものだった。


さらに、十代の数年は帝国に人質に出されてもいた。

不遇な環境に慣れていたゆえに、軟禁生活もそれなりに適応できた。

帝国周辺から集められた人質がいる間は、停戦協定が敷かれ、小競り合いもなく平和な時代が続いたそうだ。


人質として囲われていたであろう子どもと一緒に遊んだ記憶もあり、今思い返せば、ジェシカにとってあの時期はまだましであった。ましどころではない、むしろ楽しかったと言える。


(戻ってからがねえ……)


第一王女のジェシカは、当然のように近隣の国に嫁がされた。

それが王や王太子なら良かったものの、王を辞した太上王たいじょうおうというからには、さすがに笑うに笑えなかった。

結局、太上王たいじょうおうは腹上死し、他国の王家からも忌避されたジェシカは祖国に戻される。

戻っても王都は居づらいだけ。逃げるように母と血縁関係にあった辺境伯を頼り、身を潜め暮らし始めた。

修道に入り、世俗と断ち切るまでの決断期間を静かに暮らすつもりであり、来年にはその期間も終え、名実ともに修道女となる予定であった。


(余生ぐらい、ゆっくりと生きられると思ったのになあ……)


自虐的な思考に陥りそうになり、頭を振る。

すぐに現実へと引き戻されると、ふと疑問が浮かんだ。


「なんで、帝国が隣国の援助を……」


ジェシカは小首をかしぐ。


(帝国の皇太子には異母妹が嫁ぐ予定のはず。ううん、すでに旅立っているはず。王自慢の見目麗しい姫を送り出しているはずなのに……。

どうして、帝国は隣国に加担し、武器供与をしてまで、砦を攻めてきたのかしら)


考えても分からなかった。


背後でカタンと音が鳴った。

扉を開錠する音だと気づいたのは、続いてコツコツと歩みを進める複数の足音が響いてきたからだ。


くるりと体の向きを変えたジェシカは背をピタリと石壁に貼り付け、牢の格子を凝視する。

数人がジェシカの牢に近づいてくる。


(いったい、こんな夜半になにを……)


身震いする腕をさすり、ジェシカは牢の格子を睨む。

人影が通路にうっすっらと浮かび上がり、格子越しに立ち止まる。


「ジェシカ姫、最後の夜をいかがお過ごしかな」


敵国の王太子が横にフードを目深にかぶった背の高い従者と背の低い従者を連れてやってきた。

三人の背後には兵も数人立っている。

震える身体を抑えこみ、ジェシカは余裕あるふりを見せる笑みを浮かべた。


「ご機嫌麗しゅう殿下。月夜を眺め、涼んでおりましたわ」

「憂いていたの、間違いではないかな」


 無駄な挨拶を交わしていると、フードを被った背の高い従者が敵国の王太子をせっついた。


「おい」

「分かっている」


そんな囁き声が耳に届く。

敵国の王太子は咳ばらいをした。


「結論から告げる。ジェシカ姫、あなたはこれより帝国へ移動してもらう。これは取引だ」

「取引?」

「ああ。帝国が我が国に軍事協力をする代わりに、貴女を砦より奪還し、帝国へ引き渡す取引だよ」

「えっ……」


ジェシカは絶句する。

隣国の王太子は気にせず、隣に佇む背の低い従者に目配せした。

軽く俯いた小柄な者は、細い指でフードを掴む。


(女性?)


指先から男性ではないとジェシカも察した。

ゆっくりとフードをはぎ取り、現れたのは、見目麗しい少女であった。


その顔を見た瞬間、かちっと記憶が繋がる。

彼女はジェシカの異母妹であった。なかでもひときわ愛らしい容姿をした異母妹(いもうと)であった。


「お久しぶりです、お異母姉(ねえ)様」

「なぜ、貴女がここに……」

「実は私、父により帝国に嫁がされたのよ。でもね、皇太子殿下にお異母姉(ねえ)様と違うと咎められてしまったの。それから、両国間でジェシカ姫を出す出さないで、不毛なやり取りがあったのだけど、ご存知ないかしら」


ジェシカは声も出せなかった。

そんなことはまったく伝わってきていない。

王の手によって、詳細が伝わらないように、情報は握りつぶされていたのだろう。


「この姫と入れ替わり貴女は帝国へ行く。本来、望まれていたのは貴女だからね、ジェシカ姫」

「待ってください。私が行くとしたら、この子はどうなるのですか」


ジェシカは慎重に問う。

明日、処刑される予定の者がいなくなるとしたら、そこに代わりが必要になるだろう。

そうなれば、このままでは異母妹が処刑されるのではないかと疑念を抱いたのだ。




晴れやかに笑う異母妹がさっぱりと答える。


「私はここに残ります。がっ、処刑はされません。処刑は中止されますから」

「それは、どういうこと」

「我が国が取引に応じるからです、お異母姉(ねえ)様。

お異母姉様はご存知ないでしょうけど、内部はすでに破綻していたのですわ。

見目の良しあしで人を判断する父です。結果、能力が高い忠臣を退けてしまい、中枢の人材が枯渇していたのです。対応力のない彼らは、砦が襲われた時点で烏合の衆と化したことでしょう。

ああいう輩は逃げ足だけははようございます。

ですので、お異母姉(ねえ)様は何の心配もせずに、帝国にお移りくださいませ」

「でも……」


心配そうに眉を潜めるジェシカの目の前で、敵国の王太子が、異母妹の腰に手を回した。

引き寄せられた異母妹は視線を横に流し、恥じるように頬を赤らめる。


「こっちの心配は無用だ。貴女は、貴女のことだけを考えればいい」


二人の様子から関係性を理解したジェシカは声も出ない。間抜けな顔でぱくぱくと口を動かすだけとなる。


そんなジェシカの顔色を面白げに見つめる敵国の王太子が空いた手をかざすと、背後に控えていた兵が前に出て、牢の扉を開いた。

開け放たれた扉を見つめるジェシカは、出ていいものかどうか判断できずにまごつく。


兵が下がると、フードを被った長身の者が手を差し伸べてきた。

格子に肘をかけて、被っていたフードを剥ぐ。


あらわれたのは、柔らかな金髪を肩程まで伸ばす若い男性だった。

冷たい印象を与える端整な面立ちに柔らかな空色の瞳が輝く。


その空色の瞳にはどこか見覚えがある気がしたものの、すぐに思い出せなかった。魚の小骨が喉に刺さったかのように胸苦しくなる。


(私、この方と面識があったかしら)


記憶を辿っても、近年、接した顔ぶれのなかに該当者はいない。年齢も若く、ジェシカとは五歳は違うだろう。


(十年前に会っていれば……、この男性は、もしかして、子ども?)


背にしている石壁をジェシカはきゅっとつかんだ。


「覚えていらっしゃらないですか。まあ、お忘れなのも無理はない。私が貴女と会ったのは子どもの頃ですからね。身長も声も今とは違いすぎる」


ジェシカの脳裏に、金髪の見目麗しい少年の顔がよぎる。


スカイブルーの瞳を輝かせて、「本を読んで」と希求する、幼い男児。

それは、帝国に人質として暮していた時に出会った少年だ。


「まさか……」


背にしていた石壁からばんと身を離し、ジェシカは駆け寄る。ぶつかるように牢の格子を掴むと、手を差し伸べてくる男性を凝視した。


下から覗き込むように男性がジェシカを見つめる。

面立ちのなかに、あの時の子どもの面影を求めるジェシカに向け、ふわりと男性がほほ笑みかける。


ジェシカの頭のなかで、満面の笑みを浮かべる少年が重なって見えた。


記憶が押し寄せてくる。


囚われた小ぶりの屋敷。

出かけることもままならず、本ばかり読んで暮らしていた。

そんな庭先に、時々少年がやってくる。

春の妖精を思わせる、満面の笑みを湛えて。


『本を読んでよ』

『ボール遊びをしよう』

『お菓子を食べよう』

『絵を描こう』


暇を持て余していた十代のジェシカは喜んで子どもの遊び相手になった。


「まさか……、庭先によく遊びに来ていた……」

「はい、それは私です」

「アルトビアス……」

「お久しぶりです。ジェシカ、お姉ちゃん」


ジェシカの瞳が潤む。

少年と遊んだあの時期は母を失って以降、最も幸せなひと時であった。

人質であるにもかかわらず、安心して暮らしていたとはおかしなことだが、それほどまでに、ジェシカにとって、自国の城は針の筵だったのだ。


「大きくなったね」


それしか、言葉は出なかった。

急に自国に帰ることになり、さよならも言えずに去ったのが、ずっと心残りであった。

心に刺さりこんでいたしこりが氷解する。


「本当に、大きくなって……」


姉のような、母のような。ただ無性に少年の成長が嬉しい。そんな慈愛の心境が湧き出てきた。


じわっと溢れた涙が、今にも零れそうなほど盛り上がり、ジェシカの視界は湖面のように揺らいだ。


「身長も伸びたし、声も変わっただろう。大きくなったよ。大きくなったから、約束を果たしに来た」

「約束?」

「覚えていないよね。分かっているよ。あの時、貴女は子どもの戯言として、笑いながら、答えていた。それぐらい、私だって分かっていたんだ」


 何のことだろうとジェシカは小首をかしぐ。


「お菓子を食べながら、私は一度あなたに求婚していたんだよ。『大人になったら、結婚してください』とね。貴女は笑って答えたよね。『ええ、良いわよ。大人になったらね』と。

今なら、子どもの他愛無い台詞に付き合っただけという雰囲気だと分かるけど、当時の私は心から嬉しかったんだ」

「あっ……」


昼下がりのティータイム。

ケーキを頬張る少年の口元を拭ってあげた時だった。

確かに少年は言った。

カトラリーを皿にのせ、ジェシカを見上げて、真っ直ぐに告げたのだ。


『大人になったら、結婚してください』


プロポーズには不向きな状況でも、真っ直ぐな空色の瞳の輝きは、永遠に色あせない。


あんなに美しい瞳で求婚されることなんて一生ない。

そう確信を持てる程に、美しい色をしていた。


アルトビアスが手を伸ばし、ジェシカの腕を掴んだ。


「私は約束を果たします。だから、あなたも、あの戯言の返答を、本当にしてください」


そういうなり、アルトビアスはジェシカを牢獄から引っ張り出した。







帝国入りしたジェシカにアルトビアスは背景を説明した。


異母妹はジェシカと入れ替わりで帝国の人質となり、その際に敵国の王太子と出会っていた。そんな二人と、アルトビアスは接触していたのだ。


つまり、同年代の三人はいわゆる幼馴染のような関係だったということだ。

もちろん、アルトビアスは異母妹と敵国の王太子の気持ちも理解していた。


長年婚約を拒んできたアルトビアスだが、出戻ってきたジェシカのことを知ると、すぐにでも婚約を申し込みたいと動き出した。しかし、出戻ってすぐの女性に求婚をするのはどうかと近臣から阻まれ、数年を要したそうだ。

やっと両親の理解を得て、申し込んだというのに、送られてきたのは異母妹。


怒ったアルトビアスは、敵国の王太子と手を組むこととし、ジェシカの祖国を乗っ取る算段を整え、両親を説得したのだった。


帝国の協力も。

砦への進軍も。

すべては目的達成のために行われた表向きの茶番だったということだ。


帝国で落ち着いた暮らしを手に入れたジェシカに、アルトビアスは状況の変化を逐一伝えた。


砦を襲われたことで、要人たちが我先にと逃げ、異母妹が予見した通り、祖国の中枢は空っぽとなる。そのどさくさにまぎれ、一人の王子が王位を簒奪し、王を処刑するに至った。

どうやらこれも、アルトビアスが根回ししていたらしい。


続いて、敵国との間でもっとも大きな対立要因であった水の分配についても協定が結ばれた。敵国との関係も丸く収まり、友好の証として、異母妹(いもうと)は敵国の王太子に嫁ぐことになったそうだ。


こうして、砦襲撃からあっという間に、事は丸く収まったのだった。





帝国にて、穏やかな暮らしを手に入れたジェシカは、城内のテラスから庭を眺めて寛いでいた。


(接点がそんなにあったわけではないけど、異母妹が幸せになってくれて嬉しいわ)


事の成り行きを見守ってきたジェシカは、もたらされた慶事に素直に喜んだ。


(誰かの幸せを心から喜べるのも、きっと今が幸せだからね)


口もとをほころばせ、お茶を口に運ぶ。


「ジェシカ」


透き通るような美声に名を呼ばれ、ジェシカはカップをテーブルに戻し、顔をあげた。


テラスに通じる通路を闊歩し、柔らかい金髪をなびかせ、アルトビアスがやってくる。白地に金糸の刺繍を施した衣装が良く似合う。


「アルトビアス」


名を呟き、ジェシカも椅子から立ち上がった。数歩歩むと、大股のアルトビアスが目の前に迫る。


「ジェシカ」


嬉し気な一声をあげるとともに、アルトビアスはジェシカに抱き着いた。


「会いたかったよ、ジェシカ」

「なにを言っているの。昨日も、その前も、毎日会っているでしょう」

「長年会えなかったんだ。やっと会えたというのに、忙しさのあまり、一日数時間しか会えないなんて、苦しすぎるよ」


肩口にぐりぐりと額を押し当て、甘えるアルトビアスの背にジェシカはそっと手を伸ばす。


「そんなに頻繁に会っていたら、すぐに飽きちゃうわよ」

「それはない!」


ジェシカの肩を押し返し、アルトビアスが駄々っ子のような表情を浮かべる。

そんな顔をされては、仕方ない人と、ジェシカは苦笑するしかない。


「私はジェシカがずっと好きで、恋焦がれていたんだ。愛していると、何度囁いても、足りないぐらいにね」

「困った人ね」

「激務の私を癒せるのはジェシカだけだよ」


ジェシカの前髪を払ったアルトビアスが額に口付ける。


「貴女がどれだけ苦労してきたかも知っている。なにがあったかも、どう扱われたかも」

「アルトビアス」

「そんな過去を打ち消すぐらい、貴女を幸せにするんだ。子どもの頃に誓ったことを、大人になった今も実現できるなんて、それだけで私は十二分に貴女によって幸せにしてもらっているよ」

「なにを言っているの。貴方に幸せにしてもらっているのは私の方よ」

「本当?」


アルトビアスが華やいだ声音で問う。

あまりの嬉しそうな従順な顔にジェシカは苦笑しながら、その頭をなでなでする。


「囚われていた私を救ってくれたのは貴方でしょう。

貴方は牢屋から私を引っ張り出してくれたんじゃない。

私が自分ではもうどうしようもないと思っていた呪縛から、解き放って、こんな日の当たる世界に導いてくれじゃない」

「ジェシカ……」


アルトビアスが今にもうれし泣きしそうに顔を歪める。

そんな彼の首筋に、ジェシカは腕を伸ばした。


「愛しているわ。私が貴方の誠意に捧げられるのは、それだけだもの」


ぎゅっと抱き着いたジェシカはつま先立ちし、アルトビアスの唇を啄んだ。

少し顔を離し、はにかむ。


口元を引き結んだアルトビアスが、のしかかるように抱きつく。

ジェシカは大きくなった少年を精一杯抱きとめる。


額を押し当てた二人は微笑みを交わし合い、吸い寄せられるように再び互いの唇を重ねていた。




最後までお読みいただき心よりありがとうございます。


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