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アンケートを届けに行っただけなのに 4

 とりあえず、光莉と間宮にこの状況を見せたりするわけにはいかねえ。

 

「光莉、間宮連れて警察行ってくれ。女二人で男に襲われたって言やあ来てくれんだろ」


 さっきは離れるなとか言ったけど、やっぱここに残られると正直邪魔だ。

 今は伸びてるこいつの態度からしても、訪ねてきた子供を刃物で脅すのを是としてるようなやつだ。

 少なくともこいつが畠山って教師じゃねえんなら、なんにせよ、危険な状況だろうからな。


「待って。それだと榛名くんが危ないんじゃないの?」


 私も一緒に、なんて言い出す間宮に。


「俺のこと心配してくれるんなら、さっさとここから離れててくれ。おまえらがいると自由に動けねえから」


 たとえば、中に複数いた場合、女子供を人質にとるようなくそ野郎がいねえとも限らねえ。

 おまえはわかってるよな? と光莉に視線で訴えかける。できれば忘れてほしいとも思うけど、光莉の記憶力が良いのは知ってるし、家出したときのことは覚えてんだろ?


「……行きましょう、間宮さん。ここにいても、私たちにできることはありません。私たちの仕事は、警察にこのことを伝えて介入してもらうようお願いすることです。詩信くんのことなら、心配はいりません」


「う、うん……」


 光莉も今は警察は信じていないなんて言ってるような状況じゃねえと判断してくれたらしい。

 俺は走っていく二人の足音が完全に聞こえなくなるまで、ドアまでの道を塞ぐように立ち。


「あー、しまった。どれが畠山って先生なのか確認しとけばよかっった」


 まあ、でも関係ねえか。

 俺にできるのは、こいつらに光莉たちの後を追わせねえよう足止めすることだ。たとえ、それが誰であってもな。

 でも、一応、確認はしとくか。


「俺たち、星海高校の者ですけど」


 それに反応したのは、ほとんど全員だった。

 もちろん、わずかに身体を硬直させただけとか、身じろぎしただけみてえなやつもいたけど、何人かの視線は一人のほうへ向けられた。

 なるほど、あいつが畠山本人か。


「文化祭の事前アンケートまとめたんで届けに来たんですけど、これがどういうことなのか、説明してもらえるんですよね?」


 まさか、学校に出てこなかった理由がこれなんてふざけたことは言わねえよな? と、半ば確信しながら問いかける。

 もちろん、この状況で俺が倒れるわけにいかねえから、全神経は尖らせたままだ。

 

「おい」


 後ろから肩に手を掛けられ、反射的に、即座に俺は屈みこみ、そのまま地を這わせるような回し蹴りで足払いを仕掛けると、急所に一撃――はさすがに避けて、腹を上から踏みつけ。

 うめき声を漏らし、のたうつ男の手から、スプレー缶みてえなやつを取り上げて。


「なあ。てめえの職務怠慢のツケでわざわざこんなところまで来させた生徒相手に複数で囲んで、スプレーで目潰しまで狙ってくるってのは、なに考えてんだ?」


 馬鹿みてえにぽかんと口開けてる相手に、この催涙スプレーって書いてあるやつを吹き付けてやろうかと思ったけど、それよりは使えねえようにしたほうが良いだろうと思い、ノズルみてえなやつを取り外して、取り付け口を破壊した。


「なんだ、おまえ……」


 部屋の中から感じる気配は、残り五つ。全員、俺の視界範囲内にいる。目の前で剥かれて床に転がされてる女は気を失ってる様子で気配はねえ。


「星海高校一年一組、榛名詩信だ。なあ、畠山先生。教師ってのは、生徒に教えるのが仕事なんだろ? だったら、この状況を説明してくれ」


 開き直ってくるのか、それともだんまりを決め込むのか。

 さすがに、この光景を写真に収める気にはならねえ。気の毒っつうか、デリカシーがなさ過ぎる。


「格好いいねえ。正義の味方のつもりか?」


 仲間? のやつらが囃し立ててくる。

 

「けど、こいつは俺たちに巻き込まれたってだけだぜ」


 それは、脅されてこんなことしてるってことか?

 

「別の場所で、ほかの仲間がこいつの家族を人質に取ってんのよ。そんで、こいつは俺たちに命令されたままに生徒をここに拉致ってきてるってわけ」


 軽薄そうな口調で話す、染めた髪をパーマにしてるやつに、そうか、とだけ返しておく。

 そいつは、はぁ? と眉を顰め左右に目配せをする。

 なに考えてんのか、おおよそのところの想像はつく。

 光莉や香澄は常々、俺のことを鈍感だとかって言うけど、こういうことに関しちゃあ、察しも良くなるのは、俺が道場に通って武術の鍛練をしてるからか。

 俺が同情でもして気を削ぐ、あるいは、気を抜くことでも期待してたんだろう。その隙に、毛布でも持ってきて被せるようにしちまえば、後はやりたい放題だからな。

 けど、俺には関係ねえ。他にどんな奴らがいるとか、理由がどうとか、そんなことはどうでもいい。

 今の俺の第一義は、光莉たちが警察行って帰ってくるまで、こいつらを逃がさず、俺もやられねえってことだからな。他のことはどうでもいい。


「こっち向けよ」


 振り向いた瞬間に、投げつけてきたってより、引っかけるために飛ばしてきたような、アルコールっぽい匂いのする液体から身を躱し、俺は後ろへ飛びずさる。元俺の立っていた場所には、そのアルコールが飛び散って、床に吸収された。

 もったいねえことするやつだな。食べ物とか飲み物とかで遊んでんじゃねえよ。


「向いたらなんだよ」


「あ、いや……はは」


 手にはグラスを持ち、乾いた笑いを浮かべるやつに掌底を叩きこむ。鳩尾に突き入れたから、しばらくは立てねえだろう。


「あと四人」


 先に手を出してきたのはそっちだし、正当防衛ってことでいいだろう。

 

「てめえ! ふざけえんじゃねえぞ!」


 残ったやつらは、床に転がるバットだとか、バールだとかを拾い上げる。

 なんでそんなもん持ち込んでんだってより、年下の学生相手に凶器かよって呆れのほうが強え。仮にも教師の知り合い、仲間だろ? プライドとかはねえのかよ。


「ふざけてんのはてめえらだろ。てめえらの仲間が俺のクラスメイトに手を掛けたことは忘れてねえからな」


 この前警察の世話になったばっかだし、できれば穏便に済ませたかったけど、今からじゃもう手遅れっつうか、そんなこと考えてたら俺がやられる。

 動き方とか、立ち方的には素人だし、そこまで警戒する相手じゃねえとは思うけど、素人であっても他人を害しうる可能性を持ってるのが凶器だからな。こいつらが、たとえばポケットにナイフでも忍ばせてるって可能性は否定できねえし。


「言っとくが、うちの親は市議の――」


「だから、知らねえって言ってんだろ」


 親が市議会議員だろうが、資産家の総帥だろうが、そんなことは知ったこっちゃねえ。

 

「だいたい、てめえら畠山の知り合いなんだろ? いい歳した大人が親の権力かさに着て子供相手に威張り散らすって、恥ずかしくねえのかよ」


 かなりだせえってどころじゃなく、むしろ、憐れみすら感じるんだが。もちろん、情けをかけるようなことはねえけど。

 なんかぶっ飛ばす気力も失せてきたんだが。もしかして、それが作戦か?

 そもそもだな。


「親に言いたきゃ言えよ。複数人で年下の女を強姦してたら、乗り込んできた高校生男子にぶっ飛ばされて悔しいから、親の権力使って復讐させてくれってな」


 言ってて、俺のほうが情けなくなってくるぜ。

 今回のことはあんまりにもひどすぎて、写真やら動画すら準備してねえけど、状況から考えて、学生である、しかも光莉や間宮を含む俺たちの証言と、こいつらの証言、どっちを信じるのかなんて明らかに思えるが。

 そう言ってやると、相手は舌打ちを漏らして口を閉ざす。


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