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アンケートを届けに行っただけなのに 3

 電車に乗り込む前に、一応、姉貴と母さんにはプリントを届けに行くために遅くなる旨をメッセージで送っておいた。

 時間にしたって、往復で一時間はかからねえだろうが、普段より時間がかかるのは間違いねえし。

 それで、電車に乗り込めば……なるほどな。

 帰宅ラッシュの時間帯ってわけじゃあなさそうだったが、席は空いてなかったので、俺たちはドアのすぐ近くに立っているわけだが。


「どうかしましたか、菜月さん」


 そわそわと落ち着かない様子で周囲を見回す間宮は。


「どうかしたって、光莉……榛名くん、いつもこうなの?」


「いや、俺も光莉と電車に乗るのは初めてだから」


 そりゃあ、光莉が人目を集めるやつだってことは十分わかってたつもりだが、こんな光景、現実で目にするとは思わなかった。

 正確には、光景っつうか、気配だが、対象じゃねえ、一緒にいるってだけの俺たちでもわかるくらいのな。

 あからさまな視線はすぐになくなったけど、それでも、ちらちらとした視線は感じる。

 なるほど、これは光莉が気にしねえのも無理はねえ。こんあのいちいち気にしてたら、電車なんて乗れはしねえからな。物心ついたころからすでにこうだったってんなら。

 直接興味を持たれてる対象じゃねえ俺たちですらこうなんだから、光莉本人のことなんて想像もできねえ。

 それほどまでに、神岡光莉ってやつは、存在感を放っていた。普段からいろいろすげえやつだとは思ってたけど、ここまでとはな。


「気にしないことです」


 救いと言えるのかどうか、本人はまったく気にしてねえ様子だってのは、助かるところだが。

 まあ、こんなのいちいち気にしてたら、マジで生活がままならねえからな。そりゃあ、電車通学諦めて、うちで居候するって話にもなるわけだ。距離もそうだろうが、本音のところはこっちだな。


「偶然が重なった結果だったみたいですが、沙織さんには感謝しているんです。きっと、そういうところは詩信くんの沙織さんに似ている部分なんでしょうね」


「あのさ、これって私が聞いてても良いことだったのかな?」


 俺と光莉の雰囲気を察したのか、間宮が遠慮がちに聞いてくるけど、べつに、決定的なことを口にしてるわけじゃねえしな。


「さあ。けど、光莉が口にしたってのは、その程度なら聞かれても問題ねえって判断したからだろ」


 実際、沙織ってのが誰の名前なのかもわかってねえだろうし。この状況とか、話の内容から、俺の関係者だろうってのはわかるだろうけど。

 

「そもそも、本来は知られて困るような話でもありませんから。ただ、面白おかしく騒ぎ立てようとする人たちに対しての鬱陶しさは感じますが、その程度です」


 それからはとくに会話もなく、流れる景色だとか、駅名のアナウンスだとかを聞き流しながら揺られること十数分といったところか。

 駅を出て、間宮が聞いてきたって住所をスマホの地図に入力しつつ、ルートを確認する。

 こんなこと、生徒にやらせんじゃなくて、教員側でなんとかしろよと、あの電車内での様子を知った身からすれば、さらに思う。

 駅からほど近えってこと以外は特筆すべきこともねえアパートだ。二階建て、八部屋ってところか。

 近くにはマジでなんもねえ。閑静な住宅地ってそのまんまの形容がぴったりの場所だ。


「詩信くん。いざとなったときの練習になりそうだなんて思っていませんよね?」


「やらねえよ。前にも言っただろうが」


 二度目は洒落じゃ済まねえと思う。それも、必死な状況だってんならまだしも、今はそうじゃねえし。


「なんの話? 榛名くんってなにかスポーツでもやってるの?」


 一人、話題を知らねえ間宮が首をかしげているが、まあ、スポーツっちゃあスポーツではあるんだが、俺が日常的に嗜んでるわけじゃねえ。


「一応、昔から武術は続けてるな」


「ふぅん。柔道とか、合気道とか、そういうの?」


 そういう、検索すれば出てくるような名前はついてねえな。しいて言うなら、我流とか、不動流とか、そんな感じだろうが、師匠はとくに名乗っちゃいねえ。


「その試合の話かなにか?」


「……まあ、そんなところだ」


 俺は適当に相づちを打った。本当のところを話せるはずもねえからな。


「ここみたいですね」


 住所はもらっていても、アパートの名前まで決まってるわけじゃねえ。

 近くの表札と、郵便受けの名前から、光莉がそう判断して、俺たちもそれに続いて階段を上がってゆく。


「そういえば、畠山先生のほうには、お話しは通っているのですか?」


「私は連絡してないけど、学校側からはいってるんじゃない? 少なくとも、今日がアンケートの締め切りだってことはわかってるはずだし」


 休日のところを、生徒が急に押しかけてきたら迷惑だろうからな。まあ、こっちからは連絡のしようもねえことだし仕方ねえ話なんだが。

 間宮がインターホンを押せば、応答したくぐもった声が聞こえる。


「畠山先生。星海高校一年一組、文化祭実行委員の間宮菜月です。アンケート用紙を届けに来ました」


 それからすぐ、ドアがわずかに開き、間宮の腕を掴む。


「え?」


 驚き、前のめりになる間宮の腕を掴んでいたのは――見たことのねえ野郎だった。

 誰だこいつ? と同時に、最初に浮かんだのは、空き巣か? って疑問だった。

 しかし、それより早く、俺の身体が反応していた、ほとんど、反射に近いものだったかもしれねえ。

 引きずり込まれそうになる間宮の反対の手首を咄嗟に掴む。


「なんだ、おまえ?」


「そりゃ、こっちの台詞だ。おまえこそ、何者だよ」


 少なくとも、間宮の反応からするに、畠山って文化祭担当教師本人じゃあなさそうだが。

 

「まあ、いいや。てめえも――」


 それから、その男は光莉のことを視界に入れて目を見張り。


「こりゃあ、ついてるな。おまえら、声出すんじゃねえぞ」


 男が間宮を掴んでいるほうの反対の手には、カッターナイフが握られていて。

 

「大人しく――痛ってえ!」


 即座にそいつの中指目掛けて俺は拳を叩きこんだ。

 相手のことはまったく知らねえし、間宮のことだって、同じクラスのやつだってこと以外、知ってることはねえ。

 けど、だからって、カッター握った男に掴まれる正当な理由なんてねえはずだ。

 指を腫らした男はカッターナイフを取り落とす。跳ねたら危ねえ、と俺は咄嗟に光莉を庇いつつ、上からカッターナイフを踏みつけた。

 幸い、刃が折れることもなく、どこかに飛んでいったり、傷つけたりすることはなかったが。


「光莉。とりあえず、警察」


「わかりました」


 ただ、この地区の警察がどこにいるのかってのはわからねえ。大抵は、駅近くだとは思うが。

 とりあえず、緊急事態だと踏んで、悪いとは思ったけど、土足のままアパートの部屋の中へと入らせてもらう。間宮の手を掴んできた、今は指を押さえて蹲る男の意識を奪うことも忘れねえ。仲間がいたりして、挟撃の形にされると厄介だからな。

 

「おい、どうし――」


 この状況で出てくるやつが、まともであるはずがねえ。

 部屋ん中で、カッター持ち歩いて、訪ねてきた女子高生を引き摺り込もうとするやつを平気でのさばらせてるやつが、常識的な思考を持ってるわけはねえからな。仮に、身動き取れねえようにされてて、部屋を占拠されてるってんなら、そいつらをぶっ飛ばしても問題はねえだろうし。多分。

 俺は即座に飛び蹴りをかまし。


「詩信くん。その、やってしまったんですか?」


「安心しろ、ただ伸びてるだけだ」


 前歯くらいは折れたかもしれねえけど、気にしてられる状況じゃねえ。

 とにかく、光莉と間宮に俺の傍から離れんじゃねえと言い含め、部屋の奥から漂ってくる、むせかえるような甘ったるい匂いに、舌打ちを漏らす。

 

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