アンケートを届けに行っただけなのに
◇ ◇ ◇
体育祭が迫ってくると、応援団やら、組体操やらの練習が本格化してくるので、俺たちの練習するスペースもほとんどなくなり、学校に残る意義も薄れてくる。
二人三脚は、応援団や組体操に比べれば、とるスペースは少なくて済むからな。
だから、まあ、俺たちにそこまでの時間は必要なかったし、今日のところは、まあこれから先はってことになるんだろうが、スペース譲ってから、帰ろうとしたところで。
「光莉、それから榛名くんも今帰り?」
各クラスから選ぶ文化祭実行委員は男女それぞれ一名づつだが、その女子のほう、広がるのを肩で揃えるくらいに揃えた髪型の、名前は確か――。
「はい。体育祭の二人三脚の練習を。間宮さんは部活ですか?」
俺は覚えていなかったが、どうやら、間宮ってのが名前らしい。
間宮は、わずかに腕を上げ。
「菜月でいいよ。私も光莉って呼んでるし。私はこれを頼まれちゃって」
これ、というのは、今間宮が持っているファイルに入れられたプリント類のことだろう。
「それは?」
「文化祭のアンケート結果をまとめたやつとか、今週分の議事録とか。本当は届ける必要ないんだけど、今週は、ほら、畠山先生お休みだから」
ほら、と言われても、畠山という教師は俺たちが受けている授業の科目を受け持っておらず、部活にも、委員会にも所属してねえ俺たちとは縁がねえ相手だ。
ピンときてねえ様子の俺たちに間宮が説明してくれたところによれば、どうやら、文化祭実行委員の担当教師らしい。ちなみに、担当教科は日本史だということだ。
星海高校では、一年時の社会科目は全員世界史で、二年時では政治経済、文系選択者が社会科目の二科目目として、世界史と日本史で分かれるって感じだ。
「あの、もしよければ、お手伝いさせていただけませんか?」
そのプリントは、できないってことはねえだろうが、一人で持ち運ぶには量が多そうだ。光莉がそう言い出すのも無理もねえ。
普通、こういうのは分担っつうか、もう一人くらいは付き添って持ってくもんじゃねえのか? そもそも、文化祭実行委員は男女ペアだったはずだし。
「本当? 今の時期ほら、三年生は最後の追い込みで忙しくて、他の皆も部活とかあって。私は部活はやってないから引き受けたんだけど、ちょっと大変かなって思ってたから、助けてくれるんならありがたいかな」
いや、それは押し付けられてるだけじゃねえのか? とは思ったが、口にしたりはしねえ。そんなことをここで言ったって、誰の得にもならねえからな。
「詩信くん。あの」
「わかった。袋だな」
現状、プリントはそのままの形で、かなりかさばっている。それも、一人じゃあ運びにくいことの原因だろう。
光莉の言いたいことはそれだけですぐにわかったので。
「光莉。俺の荷物頼む。それで、俺はひとっ走り、家から紙袋かなんか取ってくるから、先に駅向かっててくれ」
幸いっつうか、着替える前だったから、まだ俺も光莉も体育着のままだ。
荷物を預けた光莉が着替えてる間に走って帰って、袋持って自転車で駅に向かえば、追いつくくらいはできるかもしれねえ。
その場合、俺は体育着――はさすがにあれだから、ジャージのままで電車に乗ることになるだろうが、まあ、そのくらいは良いだろう。校則でも、制服またはジャージでの登下校は認められてるしな。滅多にジャージで登下校するやつがいねえってだけで。
俺と光莉がさっさと話しをまとめてしまいそうになっているところで、間宮が慌てて。
「え? そこまでしてもらわなくても大丈夫だよ。私はたまたま帰る方向も同じ――途中下車すればいいくらいだけど、二人は違うんでしょう?」
「そう言われても、こうして見てしまって以上、放ってはおけませんから。ぜひ、私にも手伝わせてください」
俺たちが鞄を取って戻ってくるまで待っててくれとは伝えたが、どうせだからと、間宮も一緒に教室まで引き返してきた。
階段の上り下りは……まあ、本人が大丈夫だってんならそれでいいんだが。
俺は教室で、二人は揃って女子更衣室まで向かい、着替えを済ませてから、光莉は受け取ったプリントを鞄に詰める。
「これは」
俺と間宮も一緒になって確認してみたが、どうやら、三人で手分けすれば、紙袋なんかを取りに戻る必要もなく、全部、通学用の指定鞄だけで収まりそうだ。
「走って戻る必要はなくなりましたね」
今日の授業で使うノートや教科書がそこまで多くはなかった、あとは、体育祭前で体育の授業が増えてたってのも原因だろう。
体育着は持って帰るけど、鞄には入れねえからな。
「その畠山先生のご自宅の場所は伺っているんですか?」
「うん。ちょっと遠いんだけど、私の家のほうが遠いから」
途中下車するとか言ってたけど、同じ路線ではあるらしい。
「ふたりこそ、本当に大丈夫? 普段徒歩通学ってことは、すぐ近くってことだよね。すっごい偶然だね」
「ええ。偶然、引っ越してくることが決まっていたんです」
光莉は戸惑ったり、引っかかったりすることなく、さらっと答える。もう二か月くらいは過ぎてることになるからな。
それに、偶然だってことは違いねえわけだし。
「ちなみに、どこまで行くんだ? 切符がいるだろ」
なんせ、中学でも、ICカードの類は必要じゃなかったからな。持ってたら便利なんだろうが、そもそも、電車を使うってのが稀だし。
間宮が職員室で聞いてきたって住所から、切符を買う。ちなみに、買ったのは俺だけで、普段電車通学の間宮はもちろん、光莉もしっかり、ICカードを持っていた。
まあ、もともと、こっちに引っ越してきたんだしな。
「こういうのって、学校に請求したら出してくれんのか?」
「それはわからないけど、どうせ、先生のところに行くんだし、聞いてみればいいんじゃない?」
それもそうだな。
間宮に相づちを打ったところで、光莉がなにやら納得のいかねえような顔をしていたので。
「どうかしたのか、光莉」
「……いえ。ただ、御自身がお休みされる日にアンケートの締め切りを設定するのは少々、腑に落ちないと言いますか、非効率的な気がして」
たしかに。
本人が担当者だってんなら、今日が集計される日だってことはわかってたはずだ。そもそも、自分で設定してた可能性が高え。
そんな日に休むってのは、いささか、おかしい気もするが。
しかし、その疑問は間宮がすぐに答えを出す。
「畠山先生は今日はもともと休みの日じゃなかったんだよ。どうしても、外せない用事が入っちゃったとかで、急に休みに決まったんだって」
まあ、そういうこともあんのかもしれねえな。
身内に不幸があったとか――まあ、それなら、文化祭のアンケート結果なんざ気にしてる場合じゃねえだろうが――急な腹痛(風邪じゃなく)だとか、事故に遭って病院行ってたとかな。
「あっ、それなら、お見舞い品とかも持って行ったほうが良いのかな?」
「理由はわからないのですから、必要はないと思います」
それに、風邪だとか、怪我だとかって話なら、休みだって伝えられたときに理由も話してもらえるはずだろうから、なんか、べつの理由なんだろう。
そもそも、俺たち学生で揃えられる、教師への見舞い品ってなんだよって話だし。
果物だとか、菓子折りだとか、無理だろ?
「えっと、それは、千羽鶴とか?」
「今から折るのか? 電車ん中で?」
間宮は、やっぱ無理かー、と誤魔化すように笑い、話題を変える。
「二人とも、二人三脚の調子はどう?」
「他の参加者のことはわかりませんから、現状ではどうとも言えません。個人的な感触で言えば、悪くはないといったところでしょうか」
 




