準備に時間がかかるため 2
自分じゃあ、休憩所ってのは悪くねえ案だと思うんだけどな。
多分、中学までの文化祭とは違うだろうけど、祭りってつくくらいだし、騒がしくて、やかましくて、混雑してって感じだろ。
階段とか図書室、食堂だって、外来の訪問者まで含めたら、生徒の家族ってことになると結構な数になるだろうし。
それが、人混みの熱気とかにあてられてなんか疲れたとか感じたときにふらっと立ち寄れるような場所があってもいいと思うんだけどな。
「詩信くんの言っていることも一理あると思いますが、私たち、一年一組の教室は校舎の四階ですよ。休憩所に向かうために疲れるというのは、本末転倒な気もします」
「そりゃそうかもしれねえけど、べつに自分たちクラスを使用しなきゃならねえって決まってるわけじゃねえだろ? だったら、一階の空き教室を使わせてもらうとかってこともできるかもしれねえじゃねえか」
こんだけ言っといてあれだけど、べつに、俺も絶対に休憩所が良いって思ってるとかってわけじゃねえからな……コスパは最強だろうが。
光莉は少し考え込んでから。
「……去年までの知識は私たち一年生にはありませんが、彩希さんは星海高校の卒業生でいらっしゃるんですよね。それに、最後もほんの二年前程度と言ったところですし。もちろん、その場合、今の三年生には覚えていらっしゃる方もいるのではないかとは思いますが、参考にはなるのではないでしょうか」
なるほど。そりゃ楽でいいな……なんて言ったら、また光莉になんか言われるか。
けど、実際、その当時でも人気だった出し物をやるってのは悪くないと思う。なんせ、文化祭の売り上げは生徒に還元されるらしいからな。やる気のねえ生徒にもやる気を出させるための策ではあるとは思うけど。
そもそも、場所とか光熱費とかなんかの代金が学校側の負担ってだけで、たとえば飲食になった場合、紙コップなんかの備品から、食材まで生徒側の負担だし、当然といえば当然かもしれねえ。
もちろん、それで黒字が出るってのは相当なことだとは思うけど、所詮は思い出作り……なんていうと、さすがに冷めすぎてるか?
「じゃあ、姉貴に聞いてみるか」
光莉と同じ意見を出すとまたなにやら騒がれそうだが、いまさら気にすることでもねえな。それに、アンケートは匿名可だったし、俺と光莉だけが匿名だった場合には意味ねえけど、おそらく、過半数くらいは匿名で出すんじゃねえかと思ってる。
とはいえ、所詮は事前アンケート。本決まりなわけでもねえし、オーディションの参考になる程度のことだろう。
その夜の、姉貴がバイトから帰ってきてからの食事の席で。
「私のとき? 自分がなにをやったのかっていうのは、正直、あんまり覚えてないわね。でも、たしか、巨大なジェンガを作ってたクラスがあったり、ボール掬いとか射的とか輪投げなんかを組み合わせて祭りの屋台みたいな出し物をしてるところもあったし、あとは、まあ、お化け屋敷だとか、クレープだとか、宝探しとかかしらね」
六クラスが三学年だから、計十八個。部活でも、サッカー部はフットサルの大会を開いたり、手芸部が物販、美術部が展示したりと、出し物を催すこともあるみたいだけど、基本的には部活系ってのはクラスの出し物系とは被らねえもんだし。
その流れになれば、当然、俺がなんと言ったのかも光莉の口から伝わるわけで。
「詩信。そんなことしてるくらい暇なんだったら、警備担当を代わってあげたら? たしか、風紀委員とかがやるんでしょう?」
姉はすぐに肩をすくめて、冗談よ、とのたまった。
べつに、警邏するくらい、かまわねえんだけど。
「さすがにそれじゃあ、光莉が可哀そうでしょ。あんたと違って、文化祭に興味ないわけじゃないみたいだし」
「なんで、俺が警邏担当になると光莉が可哀そうって発想になるんだよ」
そりゃあ、クラスの人員が一人減るわけで、その分負担も増えて、自由時間がなくなるって意味ならそのとおりだけど。
姉貴は残念そうなものを見る目つきで俺を睨み。
「はあ。文化祭には、チケット制とはいえ、外からの来校者も来るのよ。ついこの間まで、学内ですらあの騒ぎだったんだから、学外の、そうね、たとえば同じ中学だったけど、違う高校に行った友人なんかを呼んだりする生徒がいた場合、ナンパだって発生するかもしれないのよ。そのとき、詩信が傍にいれば安心じゃない」
まあ、腕に腕章でも巻いて、男と一緒に明らかに警戒してますみたいな顔して歩いてたらナンパも寄ってこねえとは思うけど。
「ちなみに、私のお勧めはメイド喫茶」
姉貴は光莉にウィンクしてみせる。
創作ではよく見るけど、現実だとほとんど起こらねえやつだな。
「猫耳と尻尾もつけて、お客に猫じゃらしを持たせたり、写真を一緒に撮れる特典を付けるとなお良し。値段もぼったくれるし、絶対黒字ね」
それは女子の負担が大きすぎるだろ。
「えー。そんなことないわよ。詩信とか健太郎とかの猫耳なんて見たくもないけど」
おい。いや、俺だってそんな格好したくはねえが。
「猫耳と尻尾をつけてエプロン巻いた格好の光莉とか、香澄とかなら、絶対流行ると思うわよ。私の趣味とかって話だけじゃなくて。準備するのだって、そこのデパートで売ってるから簡単に揃うし、カチューシャと尻尾だけならそんなに値も張らないしね。それによる集客率のアップを考えたらむしろプラスだわ」
そうかあ? まあ、文化祭って、刹那的な楽しみって感じの行事だし、その場のテンションでなら、猫耳だとかを装備するのが楽しそうだと騒ぐ学生は少なくねえと思うけど。
つうか、姉貴が見たいだけじゃねえのか?
「物は試しよ。今度の休みに一緒に買いに行きましょうか。遊園地で被るキャラクターものの帽子みたいなのもあるし、べつに平気よね」
「ちょっと待て。いったい、なにが平気で、なにを買いに行くつもりなんだ?」
直前の台詞から、俺への被害はないと思われるが、光莉を玩具にして遊ぼうってつもりじゃねえだろうな?
「あの、彩希さん。さすがにそれは恥ずかしいので、できれば遠慮したいのですけれど」
光莉も困ったような表情を浮かべている。
「光莉。もっとはっきり、ふざけんな、なに考えてんだこの馬鹿って言ってやっていいんだぞ」
「まったく、いつから詩信はこんなに反抗的になっちゃったのかしら。昔は可愛かったのに」
知らねえよ。
反抗的っつうか、俺のほうが常識人寄りの考えだと思うんだが。
「そうね。さすがに、屋根から屋根へ飛び移りながら移動して警察にまで事情聴取された人が言うと、説得力も違うわね」
そりゃあ、あれは常識がなかったけども。
「うるさい詩信も黙ったことだし、光莉が暇なら私の買い物に付き合ってくれない? もちろん、お礼はするから」
「はい。わかりました、彩希さん」
俺が黙っている間に、さっさと光莉は姉貴の提案に頷いてしまっていた。
「そしたら、写真撮影して、香澄ちゃんに送って、クラスにそれが回れば、万事うまくいくわね。なによ。べつに、そんな顔しなくても、ちゃんと詩信にもあげるわよ」
そんなことを気にしてるわけじゃねえんだが。
「詩信くん……」
光莉が俺のほうを向くので。
「いや、べつに、俺が欲しいって言ってるわけじゃねえってのはわかってるだろうが」
「そうですよね。詩信くんは私の写真なんていらないですよね……」
なんだ、今のトーンは。
姉貴の反応を見れば、やれやれみたいな感じだし、もしかして、なんか間違ったか?
そうはいっても、クラスメイトの女子の写真を欲しがるとか、変態みたいだろうが。




