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いつまでもうじうじと惚れた相手に迷惑かけてんじゃねえ 9

 ◇ ◇ ◇



 家族として扱われることを受け入れているとはいえ、光莉が家で感情を露にすることはほとんどねえ。それは、家でなくとも同じだが。

 

「あんた、光莉になにしたの?」


 夕食の席で姉貴に尋ねられる。

 例によって父さんは仕事で、ここにいるのは女三人と俺が一人。味方はいねえ。


「いや、光莉にはなんにもしてねえって」


 本当に、光莉にはなにもしてねえ。そして、なにも知らせずに済ませようとしていたから、こうしてへそを曲げられているわけだが。


「ふーん。だからか」


 姉貴は独り言のように呟いた。多分、俺たちの事情なんてすぐに察せられたことだろう。


「黙ってやるのは良いけど、ばれないようにやらなきゃ意味ないわよ」


 良いのかよ。


「つうか、ばれないようにやらなかったんじゃなくて、健太郎のやつが光莉にばらしたんだって」


 そもそも、やろうとしたっつうか、絡んできたのはあっちからで、俺にはやらないとかって選択肢は採れなかったわけだが。

 俺たちが道場に行く道すがらで待ち伏せしてたんだぜ。あれを無視していくってのはねえだろ。

 結果的にだが、解決できたわけだし。


「それに、光莉だってあいつと顔を合わせたいってわけじゃねえだろ?」


「べつに、そんなことはありません。とくに顔を合わせたいと思っているわけでもありませんが、それだけです」


 それだけとは言いつつ、不機嫌そうだが。

 まあ、連休を潰されたようなもんだしな。それだけじゃなく、最初の絡みから鬱陶しかったってのは、なんとなく察せられる。


「そもそも、事前に相談するように言ったのは詩信くんのほうですよね。それなのに、自分は私になんの相談もせずにというのは、筋が通っていないと思います」


 それはそのとおりではあるんだが。


「なんつうか、その場の流れで決まっちまったから、連絡する隙がなくてな」


「詩信くんは藤原くんと一緒にいましたよね? 藤原くんからは連絡ができるのに詩信くんからは連絡ができないというのは、どういうことですか?」


 これから一戦交えようってのに、直前に女に連絡する馬鹿がどこにいんだよ。

 いや、女に連絡っつうか、普通、目の前の一戦に集中しようとするだろうが。もちろん、当人を無視して処遇を勝手に決めようってのが人道にもとるってのはわかってるけど。


「詩信くんが強いということは十分にわかっているつもりですが、後から聞かされるほうが余程心配するということはわかっていてください」


「悪かったよ」


 本当は、後からもなにも、なにもなかったように報告とかもするつもりはなかったんだけどな。

 知らなければなにもなかったのと同じことだし、そもそも、道場に修業へ行ったわけで、多少は怪我とかしててもそれで済ませられたし。口止めとかはべつにしなくても、健太郎が喋るわけねえと思ってたし。

 もちろん、それをわざわざ口にしたりはしねえが。


「私のほうこそすみませんでした。私の問題に巻き込んでしまって」


「それは気にすんなって言ったろ。だいたい、そんなこと言うならな――」


 やっべえ。つい、喋りすぎるところだった。

 

「なんでもねえ」


 きょとんとした様子で小首を傾げる光莉に、そうとだけ返しておく。

 本人に面と向かって、おまえは美人だからとか、容姿が目を引くからとか、それが問題だとか言えるわけがねえ。

 たとえ、本人が自覚してるっぽくてもな。

 俺はまだそこまで……そこまで、なんだ? まあ、なんでもいいか。見た目での差別的とも取れる発言なんてするもんじゃねえし、たとえ、こっちは誉め言葉のつもりで言ってても、本人は気にしてることかもしれねえからな。

 自覚してるってのと、気にしてねえってのは、イコールじゃねえ。

 

「でも、ありがとうございます。詩信くんたちがいてくれるおかげで、本当に助かりましたから」


「そうか」


 家族なんだから気にすんなって言っても、繰り返しになるだけだろう。

 

「そういや、前にストーカーに遭ってたとかって言ってたけど、そっちは解決してるんだよな?」


 中学のときの話だってことだから、そもそも、地元が違うわけだし、問題ねえんだとは思うけど。

 聞いていい話なのかわからねえけど、もし、そっちの脅威がまだ可能性のあることだってんなら、警戒は緩められねえからな。

 しかし光莉は、気にしてねえような、落ち着いた調子で。


「ストーカーに遭っていたというか、つけられたりしたことがあったということです。特定個人につけ狙われていたということではないはずです」


 光莉が通ってた、というより、中学までは学区域制だからな。電車とかで通わなくちゃならねえような距離ではなかったはず。そんくらい遠いなら、もっと近い別の学校があっただろう。

 そんときは、他に相談できるような相手がいなかったってことなのか? そりゃあ、教師とかになら相談もできたんだろうが、今回のことを考えても、あんまり自分から相談するようなタイプじゃねえだろうってことは明らかだ。

 今なら、踏み込んでも良いんだろうか? いや、違えな。


「そうか。帰ってくるまでも誰かにつけられてるってことはなかったし、今日は安心していいと思うけど、気になるんなら言えよ」


「ふふっ。言ったら一緒に寝てくれるんですか?」


 光莉は悪戯気に目元を綻ばせる。


「いや。ちょっと近所を見て回ってくる。ああ、もちろん、地面を足でな」


 夜中にどたばたやるのは迷惑だからな。それは日中でも同じことだけど。


「夜の散歩って楽しいですよね。なんだか世界に自分だけみたいで。もちろん、コンビニの光もありますし、車やバイクも走っていますし電車の音も聞こえますから、そんなことはないとわかるんですけど」


 それは、光莉が言って大丈夫なことなのか?

 光莉は年齢を偽ってるわけじゃねえ。なら俺と同学年、いや、ここで一緒に暮らすようになってから夜中まで帰ってこなかったのはあの神社の一件だけだから、それ以前、つまり、中学時代以前にそういったことをしていたことになる。


「条例とかあんだろ。それこそ、警察案件じゃねえか」


「えっ、あ」


 光莉は慌てたように口を手で覆うが、なんかわざとっぽいな。

 隠した下で舌でも出してんじゃねえのか?


「でも、もう高校生ですし、大丈夫ですよね」


「いや、なんも大丈夫じゃねえし、出かける前には一言言ってけ」


 それなら、俺も最初から付き合えるだろ。

 まあ、高校生が二人になったところで、警察への説明にはならねえんだけど。


「まあ、夜に出かけるのが楽しいってのはわかるけどな。あー、なんだ、夏になればあの神社で夏祭りとかもあるから、そんときは出かけられるんじゃねえの」


 祭りってことで、静寂とは真逆になると思うけどな。

 

「夏祭り、ですか」


「いや、そこ疑問に思うところか? べつに、特別なことはねえ、ただの地元の祭りってだけだよ」


 神輿担ぐとか、街道を練り歩くとか、そんなことはねえ。

 俺だって毎年行ってるわけじゃねえから、今はどうか知らねえけど、小学校のときはわたあめとか射的とか、そんな感じの出店が出るやつだったな。

 一応、盆踊りみてえな音楽が流れんのと、櫓の上で太鼓叩いてるってのはあるけど。


「夏休みの始まりっつうか、七月末だな。気になるなら行ってみるか?」


 俺はとくに興味ねえけど。


「はい。一緒に行きましょうね、詩信くん」


 案外、祭りとかってのが楽しみなタイプだったのか?

 まあ、沈んでるよりは楽しそうにしてるほうがいいか。


「では、課題は早めに終わらせないといけませんね」


 気が早すぎるだろ。

 つうか、七月中に夏休みの課題を全部片づけるって、高校の課題がどんなもんか知らねえけど、さすがに無理じゃねえか?

 今の光莉に水差すつもりはねえから言わねえけど。それから、長期休暇ってんなら、一つ、やっておきてえ、やらなくちゃならねえこともあるしな。

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