いつまでもうじうじと惚れた相手に迷惑かけてんじゃねえ 8
いくらでもってのは、今この場でって話だけどな。
「それから、認知してるのかどうかは知らねえけど、ファンクラブとかってやつらのことも言い聞かせて、今後光莉に余計なちょっかいをかけさせんじゃねえぞ」
本当は、直接呼出しでもしてちょいと脅してやろうかとでも思ってたけど、はっきり誰ってわかってるわけじゃねえし、それをこっちでやろうとすると面倒だからな。
今は一応、鳴りを潜めているとはいえ、今後がどうかわからねえのなら、本人から言ってもらったほうが良いだろう。香澄が知ってた――それもバスケ部の仲間内で聞いた話ってことだったけど――くらいだし、本人がまったく知らねえってことはねえんだろ?
「……わかった。今後、彼女には手を出さないと誓おう」
「私だけではなく、故意に、意図的に他人に迷惑をかける行為は慎んでくださるようお願いします」
それまで黙って見ていた光莉が真っ直ぐに三宮三年生を見つめる。
それを言うためにわざわざ呼び出しに応じて来たのか? ここまで放置した自分の責任だってのをそこまで気にすることもねえと思うけどな。どう考えても光莉はただ巻き込まれてる側だろうが……まあ、自分が原因でとなれば、ある程度は気にして当然か。
「もちろん、私には会社の経営などのことはわかりませんし、そちらに関して口を出しているつもりもありません。そのあたりはご理解いただけているとは思いますが」
「わかっている」
やけにあっさり引き下がったな。もう少し食い下がるかと思ったけど、まあ、話が早い分には助かるし、放っておくか。誓約書のせいってのもあるだろうし。
「詩信くん」
三宮三年生が退場してゆくのを光莉は見送ったりしなかった。
代わりに俺のところに、なにやら怒っている様子でやってくる。
「なんだよ。怒ってんのか?」
「そう見えますか?」
滅茶苦茶見える。
これは、俺の女性関連のスキルが上がったとかってことじゃなく、多少、自覚してるところもあるからだろう。
「まあ、当たり前よね。なんせ、光莉のいないところで勝手に光莉の処遇について争ってたんだから」
香澄は、本当に馬鹿よね、わざとらしく肩を竦める。
どうやら、助けてくれるつもりはないようだ。元から期待してねえけど。
「もし負けてたらどうするつもりだったのよ」
油断はしてなかったし、相手の実力をそこまで測れてねえとも思ってねえけど、香澄が言いたいのはそういうことじゃねえだろう。
「どうにも言い訳はできねえ。けど、そんな相手なら、光莉が告白を受けるはずはねえと思ってたし、心配はしてなかった」
もちろん、負けるつもりもな。そもそも、俺にはこのくらいしか相手に諦めさせる手を思いつけなかった。
香澄は俺の額を指ではじき、俺はそれを受け入れた。
「あんたは、もうすこし光莉の気持ちも考えなさい。わかった?」
「気にはするようにする。ところで、参考までに聞かせてほしいんだが」
香澄と光莉はきょとんとした顔を浮かべるので。
「香澄ならどんな風に断って、いや、ケリをつけてたんだ?」
「もちろん、動画を公開してたわよ」
クラスだろうが、バスケ部でだろうが、一度見せてしまえば、その伝達はあっという間に違いねえ。
どのくらいが真実として受け取っていたか、やらせ動画だと思われねえかって心配も少しはあるが、それも含めて、香澄は勝算ありだと判断したってことなんだろう。
「なんで、あの先輩に気を遣わなくちゃいけないのよ。ほとんど知らない他人より、光莉のほうがよっぽど大事」
香澄は光莉を抱きしめ、光莉も「香澄さん……」とかって、感動した様子だった。
思い切りは良いっつうか、容赦はねえな。そして、なぜ、俺に得意げな顔をしてみせるのか。
それから、わざとらしく。
「普通、悪い魔法使いの手からお姫様を守った王子様には、ご褒美が出るわよね」
いきなりなにを言い出してんだ、香澄は。
ただでさえ、時間かかってんだぞ。これ以上、余計なことに消費できねえだろうが。
「俺は王子様なんて柄じゃねえよ。そんなことより、これ以上、時間使わせるわけにいかねえだろう」
百歩譲って光莉がお姫様だってのは認めてもいいけど、俺だって、時間を無駄にしたくはねえ。
「だから、さっさと稽古を――なんだよ」
なんだよ、この雰囲気は。
「いや、なんでもねえよ。ただ、詩信は光莉ちゃんと出会ってから大分変ってるなって思ってただけだ」
「いや、全然わからねえ。はっきり言えよ、健太郎」
俺が変人だって言いたいのか?
そりゃあ、警察に呼び出されるようなやつは、常識人とは言い難いだろうけど、あれは、まあ、なんだ、今は反省してる。
「それは俺の口からはとても。俺が言っても意味ねえし」
「言ってくれねえと、俺にはもっと意味不明なんだが」
しかし、他のやつらも生温かい感じの目を向けてくるだけで、教えてくれるつもりはないらしい。
まあいいか。どうせ、この流れだ。光莉に関することだろうし、言われねえってことは逆に、すぐに言う必要はねえって判断してるってことだろうからな。火急の用事なら、なりふりなんてかまったりしねえだろう。
「……まあいい。それよりも、師匠。お時間を取らせてしまい、申し訳ありませんでした。それから、審判役、ありがとうございました」
俺に続くように、光莉も頭を下げる。もちろん、師匠に対してってだけじゃなく、他の門下生に対してもってことでもある。
「いや、いいんだよ。ここは武術のための場で、武術が行われていただけだからね。それに、皆もとくにやることがなかったわけでもなかったし」
そのくらい弟子として大目に見てくれるってことなのか。なんにせよ、ありがたい。
「ただし、詩信くん。武術は三つの要訣で成り立っている、それはわかっているね?」
「体と、技と、心ですね」
心技体、三つ揃っていなけりゃ、それは武術とは言えねえ。もっとも、べつに、武術だけに限った話でもねえはずだけど。
「体と、技は、ある程度教えることはできる。しかし、人の心というのは、完全には教えられない。戦いを前にした心づもりだとか、技に関する集中力だとか、ごく一部に関しては例外もあるけれどね。それは、きみたちが、自分で学んでいくしかないことだ。私たち大人は、せいぜい、導くくらいしかできないからね」
「はい、師匠」
教えられない、というのは建前だろう。俺たちが自分自身で学び、身につけなくちゃならねえことだからな。人に教わってやるようなことじゃねえ。
「よろしい。それじゃあ、今日の修行を始めようか。ああ、でもその前に、光莉ちゃんと香澄ちゃんはどうする? 見学してゆくかい? それとも、瞳さんに相手をしてもらえるよう頼んでこようか」
光莉は首を横に振り。
「お心遣いには感謝いたしますが、皆さんのお邪魔をしてしまうわけにもゆきませんし、今日のところはこれで失礼させていただきます。夕食の準備の手伝いもありますから」
そんなところを呼び出したのか、健太郎は。
そりゃあ、最終的に来るって決めたのは光莉本人だろうけど。
「送るか?」
「いえ、大丈夫です」
俺はそう申し出たが、光莉にははっきりと断られた。
「詩信くんのお稽古の時間をこれ以上奪ってしまうわけにはゆきませんから。けれど、それとは別に、帰ったらお話しさせていただきたいことはあります」
光莉は笑顔だったが、すげえ圧を感じて、逆に怖いんだが。
「そうか」
光莉の言いたいことはなんとなくわかっていたが、この場は黙っていることにした。必要ないって言ったところで意味があるとは思えねえしな。




