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いつまでもうじうじと惚れた相手に迷惑かけてんじゃねえ 7

 この形式での勝負を受けた時点で、ある程度は警戒している。

 こいつは、自分で雇ったやつらが全員俺たちに返り討ちに遭ったことは知ってるはず。

 それでもこうして今、面と向かい合ってるわけだからな。負ける気はねえけど、まあ、ある程度はな。

 それに、目に見える情報だけで判断してたら、師匠に修行が足りてないとかって言われるだろうし。

 まあ、最初はとりあえず。


「始め!」


 師匠の掛け声とほとんど同時に床を蹴った。

 喧嘩ならともかく、これは一応形式を整えた試合だ。開始線の位置は把握してるし、それなら一足の間合いであることもわかってる。

 普段、この道場を稽古で使ってる俺に地の利があることになるが、そのくらいはかまわねえだろ? もし、それを気にするんなら、立ち合いの前にいくらでも調べるための時間はとれたはずだからな。それをしなかったのは、ただの怠慢でしかねえ。

 俺たちがやってるのは、ただの試合じゃねえ。相手が納得するまで続く、いわば、サドンデスマッチだ。

 これで納得できねえなら、次はもっと気をつけるんだな。

 さすがに、後遺症の残るようなのは勘弁してやった。たとえば、呆けた様子で開かれてる口に思い切り掌底ぶち込んで、前歯持ってくとかな。

 代わりに、肩から思い切りぶちかまして吹っ飛ばした。吹っ飛ばしちまった。

 いや、ただ突っ込んだだけだぞ。技も、駆け引きも、なにもねえ。ただのショルダーチャージだ。

 それにもかかわらず、三宮三年生は壁際まで吹き飛ばされた。漫画とかみてえに、壁をぶち破ったりはしなかったけど。


「生きてるか、そいつ」


 吹っ飛ばしたから、場外で負けとかってルールじゃねえ(そもそも、場外負けはルールにねえ)から、なんか返答ぐらいはできてもらわねえと困るんだが。

 

「はっ」


 確認しに行こうかと思ったが、どうやら、自力で復帰したらしい。

 だが、なにが起こったのかはわかってねえ様子で、辺りを見回している。

 ルール無用とはいえ、一応、自分で通ってる武術の道場での試合ってことになってるからな。倒れて、数瞬にしろ、気を失ってるやつに追撃するほど鬼じゃねえよ。

 その間に、俺は開始線の位置まで戻り。


「意識はあるみてえだな」


 ここで意識失われても困るんだよな。

 最終的には、認めさせなくちゃならねえわけだから。


「なんだ……? なんで俺はこんなところで倒れているんだ?」


 しかし、状況は把握できてねえらしい。

 あんまりにも強い衝撃を受けると記憶が飛ぶこともあるって話だが。


「三宮くん。まだやる意思はあるかな?」


 師匠が確認しているのを、三宮三年生は不思議そう、というより、なぜそんなことを聞くんだって顔で眉を顰めている。

 

「もちろんです」


 三宮三年生は、俺の向かいの開始線、つまり、さっきいたのと同じところまで戻ってくる。


「意識はあんのか。水までぶっかけることにならずに済んでよかったぜ」


「なにを言っている? 勝負はこれからのはずだが」


 まあ、最初から、やる気無くすまでって話だったからな。

 しかしこれだと、ダメージはあるだろうが、記憶できてねえんじゃあ、延々と挑み続けてくるな。別の方法に切り替えるしかねえか。


「では、両者位置について」


 師匠が仕切り直す。

 俺は深呼吸をしてから、正面に三宮三年生を見据える。

 だからって、骨を折るようなやり方は遺恨を残す。

 もちろん、満足するまで一方的にやられてやるなんてつもりはまったくねえ――っと、今度は大外刈りか? 案外、まともに戦ってくるんだな。

 俺はその、倒そうとしてくる勢いも利用しつつ、背面へ飛び、若干浮いたままの体勢で巴投げ、後ろ受け身。

 そこから反撃を喰らうはずはねえと思っていたのか、三宮三年生のほうが受け身を取りそこなっている。

 

「くっ、がはっ」


 咳き込んでいるみたいだが、意識はあるみてえだな。

 このまま追撃も可能だが、それで負かしても意味はねえ。今までのことでむかついてる気持ちはもちろんあるが、感情のままにぼこぼこにしたところで、こいつが反省するかどうかはわからねえからな。

 

「……貴様、情けをかけようというのか?」


 情けだあ?


「そんなつもりはまったくねえよ。つうか、どこをどうしたら、俺があんたに情けをかける理由が見当たるんだよ」


 意味わかんねえ理由で何度も襲ってきやがって。

 社会と法律が許してくれるなら、こんな試合形式なんて面倒な方法を採らず、ぶん殴りたかったくらいだぜ。


「とどめを刺さねえのは、あんた自身に納得いくまでやってもらうためだよ。べつに俺にかかってくるだけじゃなくたっていいんだぜ。そこで光莉も見てるし、告って来たってかまわねえ」


 光莉――と香澄――がすげえ形相で睨んできたけど、まあ、とりあえず無視しておく。

 

「ただし、今日この場までだ。これ以降、俺たちに手ぇ出してくるような真似するんなら、物理的に地獄に落とす」


 まあ、俺は他流試合ならいつでも歓迎だけどな。普段から、なぜか、同門にも襲われるし。

 もちろん、地獄に落とすったって、本気でってわけじゃねえぞ。そしたら、今度は本気で警察の世話になることになっちまうからな。


「一対一で、素手の決闘ならいつでも相手になってやるから。こういうこと言うと、最近は怒られるのかもしれねえけど、おまえも男だろ」


「……さっきから、先輩に対する敬意がないな」


 当り前だろ。 

 敬意ってのは、尊敬できる相手だからこそ、持つもんだ。そもそも、試合で向き合ってるのに、先輩も後輩も関係あるかよ。

 忌々しげに舌打ちした三宮三年生は、飛び上がり、後ろ回し蹴り。

 さすがにまともに食らえば俺だって耐えるのは無理だ。一応、ガードは間に合ったが、そのまま飛ばされる。

 しかし、それからは連続の突き。つっても、ボクシングのやつらほど早いわけじゃねえ。虚実もなく、単調な攻撃。そんなもんが通用すると思われてるとは。それとも、なにかの布石か?

 なにかあるわけでもなく、しばらくすると攻め疲れたのか、三宮三年生は息を荒げ、肩を怒らせ。


「おまえはなんなんだよ……」


 なんだ、いきなり。とっくにご存じのはずだろ。


「俺は三宮花菱だぞ。成績は三年でもトップ、スポーツはだいたいなんでもこなし、顔だって悪くない」


 自分で言うか。まあ、一旦は聞いといてやるか。


「今でもすでに複数の会社経営もこなし、実際に利益を出しているし、ピアノも、乗馬も、武術だって、なんだって高い水準で身につけている」


 そのくせ、俺に言えたことじゃねえけど、女子に対する気遣いとか、常識とか、そういうもんは学んでこなかったみたいだな。


「だったら、誰であっても、俺に靡かないのはおかしいだろ」


「知るかよ。そんなことで、他人に当たり散らしてんじゃねえよ」


 それで、無理やり靡かせようってのは、違うだろ。

 そもそも、そのやり方は完全に逆効果だって、なんでわからねえんだ?


「靡かなかったからって、暴力に、それも他人に頼ろうとなんかしてっから、光莉にも相手にされねえんだよ。第一、身の危険を感じるような暴力で従わせようとするやつに靡くやつがいるはずねえだろ。すくなくとも、光莉はそんなんじゃねえよ」


 だいたい、惚れた相手だってんなら、いつまでもうじうじと迷惑かけるようなことしてんじゃねえよ。小学生男子かよ。

 普通、優しくするとか、丁寧に対応するとか、そういうほうが好感度は高いんじゃねえの?

 

「とにかく、まだおまえに少しでも男として――人としての矜持が残ってんなら、約束は守れよ。それとも、まだやるってんなら、いくらでも相手になるぜ」


 

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