いつまでもうじうじと惚れた相手に迷惑かけてんじゃねえ 4
光莉に言われたからってわけじゃねえけど、こっちからも、なにかあったらすぐに連絡を入れるよう言い含めた。
たとえ、俺たちが稽古中でもかまわず、絶対に呼び出せと。
うちからサイクルショップ、それから学校までの間の行き帰りで、行きには香澄も一緒だから大丈夫だとは思う。まだ日も落ちるには早い時間だし。
けど、絶対じゃねえ。光莉は前科もあるし。
いつまでも昔のことをって言われるかもしれねえけど、まだ一か月は経ってねえからな。
「そんなに心配なら、道場までついてきてもらえばよかったじゃねえか」
なんでしなかったんだよ、と健太郎がわずかに残念そうに聞いてくる。
「来てほしかったのか?」
「可愛い女の子に見ててもらったほうがやる気も出るだろうが」
そんな同意を求められても困るんだが。
「知るか。いつも真面目にやれ」
だいたい、女子なら、そんなに多くはないとはいえ、門下にもいるだろ。
そもそもお嬢――鳴だっているしな。
「いや、違えんだよ。俺たちの中じゃあ、あいつらは女子ってカテゴリーじゃねえんだよ。それにお嬢は四歳とかだったはずだぞ」
健太郎の言ってることは、わからねえでもねえ。
実際、俺たちだって乱取りでも、技の練習相手にでも、女子と組手をすることはある。
だからって、そこで本気でやらねえなんてことはできねえし、相手の性別なんてものを意識してたんじゃあ、修行にならねえ。
女子だから、なんて容赦できるほど差があるわけでもねえしな。
たとえば、光莉くらいの素人だと、手加減っつうか、うまく手を抜くことはできるんだが。もちろん、真剣にやらねえってわけじゃなく、加減、つまり力をセーブするって話だけど。
「いっそ、光莉ちゃんも通ったらいいんじゃねえの?」
「俺もそう誘ったことはあるんだけどな」
本気で武術を学びたいなら、護身術程度を俺から習うんじゃなく、道場に通ったほうがためになるってな。
多分、いろいろと気を遣い過ぎてんだろう。
実際、驚くほど高い月謝ってわけじゃねえんだけど、だからって、無償ってわけじゃねえしな。
「押しが弱いんだよ。押し倒しちまえ」
「押し倒してどうすんだ」
セクハラで引っ叩かれんぞ。
「それから、こう、夜の寝技の鍛練に誘ってだな」
「なに言ってんだ?」
鍛練に朝も夜も関係あるか。
「まあ、隣の部屋で寝てる光莉ちゃんに夜這いをかける勇気もない詩信じゃあ無理か」
ぶれねえなあ、健太郎。尊敬とかはしねえけど。
「同じ家で暮らして、同じ学校通ってんだぞ。そんなリスク高えことできるか」
そもそも、そんな風に光莉の意思を無視するってんなら、やってることが三宮三年生と同じレベルになるだろうが。
「光莉ちゃんの同意があれば問題ねえだろ?」
「……そんなもん、あるわけねえだろ」
言っちまえば、光莉が風呂場に乱入してきたあれは、襲われても文句は言えねえシチュエーションだったと思うが。
本当、俺の鋼の理性に感謝してほしいところだ。自分で言うもんじゃねえけど。
「それ、なんか心当たりはあるって顔じゃねえのか?」
さすが付き合い長いだけのことはあるな。それに、健太郎も武術家だし。よく見るだろう、俺の癖なんかはお見通しってわけだ。
だからって、俺にも、話せることと話せねえことはある。
「ねえよ」
意味があったかどうかはわからねえけど、短くそう返した。
健太郎は、俺になにをさせたいんだか。
「今はねえよ。結果待ちだって言っただろ。結果次第じゃあ、どう転ぶかはわからねえけどな」
「なら、結果が出たら俺にも声かけろよ。それが、どんなもんでもな」
そのくらいの義理はあるけど。
「義理とかじゃなくても、友情もあるだろうが。おまえ、俺が困ってたら言われなくても世話焼こうとするし、助けになろうとするだろ?」
「当り前だろ」
「じゃあ、その逆も同じだってわかれよな。俺だって、香澄だって、詩信や光莉ちゃんの力になろうってのに貧乏くじを引くことに、躊躇いなんてねえからよ」
健太郎が笑いながら俺の肩に手を回す。
「俺は健太郎や香澄の代わりに泥被るつもりとかはねえよ」
「ふっ。どの口が言ってんだ」
むかつく顔で笑われた。
なにがおかしいってんだ。
「貧乏くじも、無駄骨も、汚れ役だって、おまえは勝手に引き受けるだろ」
「おまえ、俺を勘違いしてねえか?」
どこの聖人だよ。
「どこの誰ともわからねえ、冷たくあしらわれたばっかの相手のところに傘持って走るやつの台詞じゃねえな」
「だから、あれは誰だって同じことするだろうが」
むしろ、おまえはしねえのかよ。
「だったら、今回のことだって同じだろ。今、言ったよな。誰だってそうするって。なら、俺だってそうするんだよ。たとえ、おまえが俺らからの助けをすげなく断ったって、俺たちのほうで勝手に関わろうとするからな」
「……うまいこと俺をはめたつもりか?」
健太郎は得意げに笑う。
「それが友情ってもんだろ?」
「うまいこと後手踏まされたか」
俺は舌打ちを一つ。
こっちがどんな理屈を並べようと、それが友達だろのひと言で返される。感情論だけに理屈の入り込む余地はねえ。
「……そもそも、今回のことに泥被るとか、そんな役回りはねえぞ。せいぜい、逆ギレで襲ってくるかもって程度だ」
それだって、三宮千明氏から目は光らせておくってお墨付きはもらってる。
それでも、あいつが粘着質だってんなら、いつまでとか、期限もねえ話になるぞ。
「そりゃいいな。いつでも光莉ちゃんと一緒にいる口実になる」
しかし、健太郎はぶれずに明るい様子を貫く。
「それなら――残念だったな、健太郎。奴さん、待ちきれなかったらしい」
それとも、この場合は良かったなって喜ぶべきなのか?
榛名家から不動の道場までは、ほとんど一本道。俺たちがいつもこの時間帯に道場へ通っていることがわかってるなら、いくらでも待ち伏せ可能だ。
奇しくもっつうか、それは神社の前で。
「おまえらみてえな悪役ってのは、この神社に引き寄せられるもんなのか?」
俺は、前に立ち塞がるように現れた三宮三年生と、まだやつに付き合ってる義理堅い使用人だか、雇われだか知らねえけど、そいつらを睨む。
「まあ、光莉のほうじゃなくて俺たちのほうに直接現れたってところだけは褒めといてやるよ。そのくらいのプライドは持ってたんだな」
だからって、こいつらの評価がいまさら変わることはねえけど。
「なんのことだかわからないな。俺がここにいたのは偶然だが」
「偶然なら、そんな風に道塞ぐのは迷惑なんで止めたほうがいいっすよ、三宮先輩」
健太郎までいたことが、相手の想定外かどうかはわからねえけど、三宮三年生は興味もなさそうに健太郎を一瞥する。
「おまえの意見は聞いていない。そもそも、俺の用があるのはおまえだ、榛名詩信」
「逆恨みは止めてくれねえか。おまえも男なら、告白して振られた相手に迷惑かけてんじゃねえよ」
隣で健太郎がわざとらしく、おまえらそんな仲だったの? とかって気持ち悪がっているが、俺とこいつのことじゃねえよ。
「俺のなにが――」
「まさか、自分の行動で光莉がどう思ってるのかってこともわからねえくらいの馬鹿野郎じゃねえよな? それなら、そんな光莉の気持ちも汲み取れねえやつが光莉と付き合えるとか、本気で思ってんのか?」
相変わらず、健太郎の顔はうるせえが、無視しておく。どうせ、おまえがそれ言っちゃう? とかって思ってんだろ。
「まあ、なんでもいいんだけどな。きちんと決着つけて、きっぱり諦められるってんなら。つうか、いい加減、振られたって事実を認めて、好きだった女に迷惑かけんのは止めろ」
 




