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入学と、それから家出

 採寸時以来の制服に袖を通す。

 中学のときと同じブレザータイプだが、張り感が違う。新品だから当たり前だが。

 今日は入学式だけだから、弁当は必要ねえ。というより、今週はオリエンテーション期間で全日午前上がりらしい。

 ポケットにはマナーモードのスマホ、指定の鞄に筆記用具とノート、クリアファイルだけを詰め込んで、玄関で待つ。私立星海高校では、授業中に電源さえ切っていれば、スマホ類の持ち込みは自由だった。もちろん、授業中に鳴らせば没収だが。

 

「……お待たせしました」


 先に玄関で待っていると、制服姿の光莉が階段を下りてきた。

 女子の制服は年間通じてセーラー服にプリーツスカートだ。

 もちろん、長袖と半袖、それにベストもあるが、今は春。長袖だけで過ごせる時期だ。

 

「おう……いや、待ってねえよ」


 春休み中に家のリフォームは終わらなかったので、今でもまだ、俺の――元俺の部屋、今は俺と光莉の部屋の間は、衝立に仕切られているだけだ。

 衝立の向こうで、いまだ大学は春休みである姉貴が騒いでいるのを聞いているのも気になるので、俺はさっさと準備を済ませて階下で待っていたわけだが。


「ちょっと、詩信。せっかく女の子がお洒落してるんだから、なにか感想とかないの?」


 お洒落って、ただ高校の制服着てるだけじゃねえか。

 それともあれか? これから毎日、可愛いだとか、綺麗だとか言えってのか?


「ふぅん?」


「なんだよ?」


 姉貴の瞳は悪戯気な光を灯していて。


「制服着た光莉ちゃんが可愛いとかきれいだとかは思っているってわけね?」


「なっ――」


 いや、落ち着け。ここで下手に反論しても、じゃあ綺麗とは思ってないの? と詰まらせられるだけだ。そのくらいは予想できる。

 俺が黙っていると、姉貴はため息をつき。


「はあ。情けないわね。いい? 女の子がお洒落したら、ちゃんと褒めなさい」


「ったく。あー、その、なんだ、似合ってると思うぞ」


 どうやら、俺が言わないとこのまま進みそうになかった。

 さすがにこんなことで入学式から遅刻なんて洒落にならねえだろう。


「誠意が籠ってないわね。ねえ、光莉ちゃん」


「いえ、私はべつに……」


 入学する本人――いや、この場合は着飾っている(制服だが)本人といったほうがいいのか? 光莉のほうのテンションはそこまで高くないらしい。

 ますますもって、姉貴のテンションが無駄に高いだけだということを証明しているようだ。 


「つうか、光莉が制服着てんのは最初に会ったときに見てんだから、いまさら褒めるもなにもねえだろ」


 最初の出会いからその制服だったせいってのもあるだろうが、いまさら目新しさは感じねえ。 


「男子の制服もねえ、昔は学ランだったみたいだけど、どうしてブレザーにしちゃったのかしらね」


 俺の格好を見て姉貴が感想らしきものを漏らす。

 どうやら、星海高校は数年前に制服を一新したらしく、その時にブレザータイプのほうが生徒に人気だったらしい……というのは、採寸のときに聞いた話ではあるけど。

 記憶を掘り返してみても……そんな、高校の制服がいつ変わったのか、なんてことは覚えてねえ。そんなに意識して見ていたわけでもねえし。


「制服なんざなんでもいいだろ」


 ブレザーか学ランかの違いなんて、せいぜい、ネクタイを締めるのが面倒だとか、そんな程度だ。

 だいたい、セーラー服ってのは、もともと水兵だかの制服で、揃えるってんなら、男子もセーラー服ってことになるからな。べつに、セーラー服と学ランがペアにならなきゃならねえってわけじゃねえだろう。

 

「じゃあ、光莉ちゃん。詩信のことよろしくね」


 父さんと母さんは入学式を見に来るつもりらしいけど、姉貴は来ないようだ。

 まあ、入学式の保護者なんて、やることもねえだろうからな。せいぜい、写真を撮るくらいだろうか。

 そもそも、よろしくってなんだよ。ただの入学式だろうが。


「はい」


 光莉も頷いてんじゃねえよ。

 なにか、よろしくされなきゃならねことでもあんのか?


「あんたもしっかり光莉ちゃんのボディーガードをするのよ」


「必要ねえだろ」


 高校生にもなって、どこぞのお嬢様じゃねえんだから……。


「光莉。一応聞いとくが、おまえ実家って実は超お嬢様みたいなところってんじゃねえだろうな?」


 そんなんだったら、わざわざ学校通うためにうちに居候なんてしねえだろうが。

 そして、なんとなくだが、光莉が家の話をしたくなさそうだってのはわかっていたので。


「いや、だからなんだってわけじぇねえんだが、実は近くに黒服が、みたいなことはねえよな?」


 光莉はきょとんとした後、小さく笑いを零す。


「なんですか、それ。漫画や小説の読み過ぎですよ、詩信くん」


 まあ、そうだよな。

 そうこうしているうちに両親の準備もできたようで、俺たちは姉貴に見送られながら、揃って家を出る。車や自転車で向かう距離じゃねえし、全員徒歩だ。 

 風はほとんどなく、空は快晴。

 暖かい空気は、まさに入学式という感じだ。

 電車で通う生徒が多いのか、高架下まで来ると、似たような制服を着た生徒と親子の連れが散見されるようになる。

 門のところで待ち合わせをしている連中も多いのか、クラス分けらしき紙を持ったまま、外で待っているやつらまでいる。配っているのは校舎入り口の玄関であるにも関わらず、戻ってきたのだろうか。

 中で待ってりゃいいのに、物好きな連中もいるようだ。

 その中から、俺たちのほうを見つめる視線に気づいて、声をかける。


「健太郎。香澄も一緒か。早かったんだな、おまえら」


 黒髪の短髪で、丸っこい顔面をしてるのが藤原健太郎。

 明るい色合いのセミロングをポニーテールにまとめているのが七瀬香澄。

 二人とも、保育園時代からの、まあ、幼馴染といえば幼馴染だ。


「……人違いです」


 健太郎はそう言うと俺たちから視線を逸らし、香澄のほうはとくになにも口にせず、俺たちを見比べていた。


「いや、さっきから俺たちのほうを見てた視線には気付いてんだよ。他人ならあんなに長く観察したりしねえだろうが」


 そうは言いつつ、その間にも俺は――正確には、隣にいる光莉へと向けられる視線が多いことには気がついていた。

 まあ、この国には珍しい、銀髪に青い瞳だしな。

 基本的に染髪が認められていない星海高校で、しかも入学初日からこんなに派手な髪色だ。ともすれば、留学生に見えても不思議じゃねえのかもしれねえ。


「いや、その、なんつうかさ。詩信はそういうのとは縁遠いもんだと思ってた。すまん」


「本当。まさか、春休みに会わなかった間だけで、こんな外国の綺麗な子と付き合ってるなんて予想外すぎて、なんて声をかけたらいいかわかんないよね」


 会わなかったって、香澄はともかく、健太郎は毎日のように道場で顔合わせているだろうが。


「詩信がこんな子とお近づきになってたなんて知らなかったよ。どこでナンパしたんだ? 詳しく教えてくれ」


 健太郎は俺の両肩に手を置き、真剣な顔で頼み込んでくる。

 

「いや、俺がナンパなんてするわけねえだろ。母さんが連れてきたんだよ」


 なあ、と同意を求めるように、すでに健太郎たちの家族と話し始めている母さんはおいておいて、光莉に顔を向ける。

 そんな俺を無視して。


「あたしは七瀬香澄。よろしくね」


 いきなりのテンションに、若干驚いてた感じの光莉だったが。


「神岡光莉です。よろしくお願います、七瀬さん」


 香澄でいいよ、あたしも光莉って呼ぶから、みたいな感じでさっそく距離を詰めている香澄に、健太郎も。


「詩信の無二の親友の藤原健太郎です。よろしくね、光莉ちゃん」


「無二じゃねえわ」


 中学以前も友人くらいいたわ。

 

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