いつまでもうじうじと惚れた相手に迷惑かけてんじゃねえ
◇ ◇ ◇
三宮の家でどんな話がなされたのかは知らねえけど、俺たちがその結果を知るのはしばらく後になる。
ゴールデンウィークは、ほとんど一週間、高校も休みになるからだ。
部活に入ってるやつは登校したり、あるいは、別の場所で、試合だか、練習だかをしてるってこともあるみたいだが、俺たちは帰宅部で、そういう用事はとくにねえからな。
そして、基本的には外出も、登校もしなけりゃ、三宮とかと絡むこともねえ。
だから、まあ、道場には通うけど、大体は家で休みを謳歌しようと思ってたんだが。
「詩信くん。一緒に勉強しましょう」
毎日光莉に誘われる。
連休用にと出された宿題は、健太郎もうちに来て一緒に終わらせた。香澄は来てねえ。バスケ部は連休中も毎日活動らしいからな。
マジで、光莉の場合、趣味は勉強とか言い出しかねねえぞ。いや、料理とかなのかもしれねえけど。
「今月中には中間テストがあるんですよ。詩信くんが赤点なんてことになったら沙織さんに顔向けできません」
それはいつもの光莉の言い草だが、前は、そんなことにはならねえって自信ありげに言ってたじゃねえか。それも、光莉に教わって勉強する習慣があればこその話だとはわかってるけど。
「まあ、いいか。前ほどには嫌いじゃねえしな」
もちろん、俺にとっちゃ、ありがたい話でもある。
高校生ならそんなやつのほうが多数派だと思うが、俺だって勉強は好きじゃねえ。けど、光莉に教わるのはわかりやすくて、それほど嫌いでもねえんだよな。
現文、古典、数学、世界史、化学に英語、あとは情報とかもそうか? 得意なのは体育くらいだ。言っても、情報とか体育(保健、柔道を含めて)は中間テストの科目にねえけどな。
「好きこそものの上手なれとは言いますけれど、やはり、嫌いなものは苦手になりますし、そうすると試験の成績も悪くなりますからね。詩信くんがそうやって前向きになったのは良いことだと思います」
隣――つっても、いつもどおり、リビングの机で直角になる位置だが――に座る光莉はシャーペンを動かす手を止めず、さらさらとノートに書き込んでいる。
本当に、音が途切れねえんだよな。そりゃあ、問題文読んでるとか、消しゴムかけてるとか、ページをめくるときとかはべつだけど、わからねえから止まってるってところは、とんと知らねえ。
「そりゃあ、先生が良いからな」
わからねえ問題をわかるように解説してくれる相手がいるってのは、勉強にとって一番重要なんじゃねえかとも思えるくらいだ。
そりゃあ、わかるやつは一人でもすいすい解けるかもしれねし、解説読めば理解できるんだろう。
けど、俺みたいなポンコツには、優秀な教師がマンツーマンで解説してくれる状況ってのは、かなり恵まれてると思う。ストレスがねえんだよな。
高校の授業の内容は、中学までとは段違いだが(少なくとも俺はそう感じてるけど)それほど手ごたえが悪いわけでもねえ。
「そうでしょうか。前にも言ったことがあったと思いますけれど、私は星海高校の先生方は、あまり教えるのには向いていないと思っているのですが」
光莉は眉を潜めたが、べつに、俺だって学校の教師のことを言ってるわけじゃねえ。むしろ、学校の教師はわかり辛いとも思ってる。とくに、理数系は。
「なに言ってんだ。俺が言ってる教師ってのは、光莉のことだろうが」
「へ?」
光莉は目を丸くする。
いや、へ? じゃねえよ。前から言ってんだろうが。
「光莉の教え方は、そこらの教師の誰より上手え。はっきり言って、教科の授業って面に限っての話なら、教師より光莉の授業を聞く方が数段ためになると思ってる」
冗談とかじゃなくな。
むしろ、この状況で言ってんだから、光莉のこと以外にありえねえだろうが。
「……買い被りですよ」
集中してください、と光莉はノートの目を移す。
どうやら照れてるみたいだが、そこで突っついて面白がるような暇はねえ。もちろん、本気なわけだから、面白がるもなにもねえんだが。
まあ、自分の解説を客観的に判断できる状況とかってのはねえからな。聞く側にとっちゃあわかりやすいもんでも、解説してる側には普通のこと、普段の頭の中をそのまま話してるだけってことなんだろうから。
だからこそ、教師の話はわかりづらく、光莉からの話のほうが頭に入りやすいわけだが。
「それに、私にだって得意ではない教科はあります」
「そうなのか?」
うちで教えてもらってるときには、どれも、光莉が詰まってる様子とかは見たことねえけど。
「情報とか、パソコンを使うものはあまり得意ではありません」
「ああ。なるほどな」
仕事で使う母さんや父さん、授業なんかで利用してる姉貴は持ってるけど、俺はまだ持ってねえからな。ネットが必要ってんなら、機能だけなら、今はスマホでも十分事足りるしな。
多分、姉貴を見てると、大学じゃあ必須になるんだろうが、やったことのねえもんはわかりにくいよな。
それに、情報は教科書もねえし、プリントには説明らしい説明はほとんどねえ。
いや、正確には教科書はあるんだが、その教科書の内容を辿ることがねえ。授業内容はもっぱら、表計算ソフトや文章ソフト、パワーポイントの使い方だからな。なんだったら、市販の解説書とかのほうが詳しいくらいだ。
わかるやつにはわかるんだろうが、わからねえやつにはさっぱりわからねえ。さすがに授業中、ずっとつきっきりで教えてもらうとかってことはできねえし。なら、放課後に残るのかって言われると、放課後は放課後で、べつの部活の顧問とかをやってるみてえだからな。
もちろん、聞けねえってことはねえんだろうが、授業の進め方を考えると、聞いてもわからねえんじゃねえかとは思える。
言っちゃ悪いが、やっぱり、あの先生も教えるのはうまくねえ。もちろん、俺の呑み込みが悪いってのもあるんだろうけど、周りを見てても同じ感じのやつは多い。
「まあ、でも、情報は中間にはねえから」
期末はあるみたいな話だったけど。
「そうですね。期末テストまでにはどうにかしないといけませんよね」
光莉は表情を険しくする。それから、思いついたように。
「彩希さんならお得意なのではありませんか?」
「どうなんだろうな」
ここ数年でカリキュラムが変わったって話は聞かねえ。
なら、姉貴が習ってた内容と相違はねえはずだけど。
「まあ、大学になると提出物系はパソコンで作ったものである必要のある授業とかもあるみてえだけど」
たしか、最初は母さんとか父さんに習ってたような。
「とりあえず、情報などの話は今はおいておきましょう。期末までには対策を講じる必要がありますが」
「そうだな」
とりあえず、目先の中間テストだな。
「大丈夫ですよ。いつも言っていますけれど、この調子であれば、詩信くんが中間テストで躓くことはないと思っていますから」
光莉にそう言われると、いつもの褒められたほうが伸びるってやつなんだろうとわかってはいても、嬉しくはなる。
嬉しいっつうか、より正確に言えば、自信にはなるってところだな。
中学までじゃあ、こうして日頃からノートや教科書広げてる姿なんて、想像もつかねえからな。
「なあ、光莉。この問題だけど」
「なんでしょうか?」
俺たちは今、床(つっても、カーペットの上だけど)に直接座っている。
だから、光莉はわざわざ立ち上がることもなく、身体を滑らせるように俺の横にきて。
「これは――」
マジで、同じ家で暮らしてるとは思えねえくらいに良い匂いがするんだが。いや、べつに俺が匂いフェチとかって話じゃなくでだな。あと、なんか微妙に当たってるところは柔らけえし。多分、気づいてねえだろうし、気にしてねえんだろうから、俺からは言えねえけど。
「どこかわかり辛かったですか?」
「いや? そんなことはねえけど?」
難しい顔をしていたので、とか言われるけど、おまえが近くにいたから集中力がいるんだよ、とは言えず、俺は黙って問題に取り組んだ。




