三宮千明への訪問 7
「そんなことより、これからのことですよ」
丁度電車も来たので、それに乗り込む。
自分で始めたくせに、ちょっと形勢が悪くなったら逃げやがって。まあ、いいけど。
「そうは言ってもな。これからもなにも、もうあとは突きつけるだけだろ」
ほかならねえ、当人の親に報告と証拠の開示をしちまったんだぞ。
さっきの感じからして、そこまで親子関係が悪いって様子じゃなかったし、放置とかってこともなく、普通に怒られるとかってことになるんじゃねえのか?
家族だからってんで甘くなるってのもなさそうだったし。
「直接の警告はした。証拠の動画もある。保護責任者である親にも話は通した。それでも絡んでくるってんなら、こっちももう実力で撃退するしかねえだろ」
それも、暴力的なあれで。
すくなくとも、俺にはそれ以上の手は思い浮かべられねえ。
「すぐ詩信くんはそっちに話を持って行こうとするんですから。武術の部分だけでなく、武道、つまり道徳の部分の修行もしたほうがいいと思います」
光莉は呆れたように溜息をつく。
そうは言ってもだな。俺はなにやら徳の高い坊さんってわけでもねえし、説法だとかのできるような精神も持ち合わせてねえんだが。
そもそも、そういう意味なら、武術の修行はしていても、道徳の修行ってのはあんまりしてねえからな。
「そもそも、道理って意味なら、もう大分通したと思うんだけどな」
たしかに、人間には言葉がある。
しかし、その言葉によるコミュニケーションで解決しようって段階は、とっくの昔に通り過ぎてるんだよな。
「それとも、光莉にはなにか考えてることでもあんのか?」
「考えているというか、なにも考えていません」
どういうことだ?
「現状、やれるだけの手は尽くしました。これでもまだ向こうにこちらに危害を加えようという意思があるというのなら、もはや、警察など、国家権力に頼るしかないということです。この際、他の事情は気にしてはいられません」
そちらに関しても、一応は大丈夫だと思いますし、と光莉はよくわからねえことをつぶやいた。
「私は全然気にしていませんから、詩信くんも気にしないでください」
「……まあ、光莉がそれでいいってんなら」
たしかに、今、俺たちにできることがねえってのは事実だしな。
とはいえ――。
「本当に無理をしているとか、強がっているということではありませんから」
うおっ。心読まれたのかと思った。
「今はこうして詩信くんが隣にいてくれますし、あの家には彩希さんや沙織さん、悠仁さんもいてくれますから」
「それがどう繋がってんだ?」
そりゃあ、たしかに光莉の望みっつうか、お願いみたいな感じで言われた、ただいまとかお帰りだとかならいくらでも言えるけど。
「詩信くんは女性の過去が気になる人ですか?」
「女性のっつうか、そんな言い方されて気にならねえほうがおかしいだろ」
けど、それは野次馬根性で聞きたいってわけじゃねえ。
それが光莉が俺たちに遠慮してる原因だってんなら、ぶっ飛ばしてやりてえってだけだ。実体のねえもんは殴れねえけどな。
「ですが、それも神様が決めたことだったのだとしたら、いえ、今はそんな神様なんて信じていたりすることはないのですが」
「本当に神様がいるなら、鉛筆転がしてりゃテストは全部満点だな」
そいつは楽でいい。
「……神様に最初に願うことがそれなんですか?」
そりゃあ、自分でも大分平和ボケした考え方だってのは、思わなくもねえけど。
「だって、本当にいるなら、全員に平等なはずだろ? だったら宝くじとか頼んだって、全員当たるんだから意味ねえじゃねえか」
一人で一億円持ってるから意味があるんであって、全員に確実に一億円当たるんなら、それは意味ねえだろ? インフレみてえなもんだ。札束なら持ってて意味あるけど、紙束持ってても仕方ねえからな。
まあ、テストを鉛筆転がして百点取って意味があるのかってことは、とりあえずおいといてだな。
「言っとくけど、なにも、不平等を肯定してるって意味じゃねえぞ」
そんなこと、わざわざ言葉にしなくても伝わるとは思うけど。
「光莉が昔神様ってやつに信じてた、願掛けてたことってのは、過去の人間関係のことなのか?」
神岡光莉が美少女だってことは、万人が認めるところだろう。
美人は得だとか言われてるのは知ってるけど、同じくらい面倒事にも巻き込まれてるだろうってのは、俺が会ってからのことだけでも十分に察する。むしろ、得になってる部分が見当たらねえくらいだ。
「願を掛けていたというほどのことではないのですが」
光莉はわずかに陰りのあるような笑顔を浮かべてみせる。
光莉の過去っつうか、そういう話はしねえと言った、舌の根も乾かねえうちに、こんなことを聞いてるようじゃあ、全然だめだな。
「それは、うちに来ていくらか達成されてるようなことなのか?」
だから、母さんは光莉を連れてくることにしたのか?
なにも、俺は光莉の受けた学校がうちの近くだったからって話をそのまま信じてるわけじゃねえ。だったら、あんな風に出ていくようなことはしねはずだ。
俺はっつうか、姉貴とか、父さん……は本当の事情ってのを知ってるのかもしれねえけど、まあ、同じような感じでは察しているだろう。
けど、理由なんてもんは関係ねえ。仮に、今光莉が宇宙人だとかって聞かされたからって、それで家を追い出すのかってことだからな。
「……そう、ですね」
それ以上は聞いてほしくなさそうっつうか、聞けるような感じじゃなかったから、俺も黙った。
聞けば話してくれたかもしれねえとは思ったけど、まだそこまでの覚悟がなかった。
けど、こんな状況だし、もうすこしは踏み込んでみるか。
「話してくれれば聞くからな」
え? という感じで光莉が顔を上げる。
「言っとくけど、本当に聞くくらいしかできねえかもしれねえぞ。それで、もともと必要とはしてねえんだろうけど、アドバイスだとか、慰めだとか、そういうもんを期待されても、俺には無理だからな」
同情なんてことが必要ねえってのはわかってる。多分、一番、いらねえもんだろう。
「まあ、でも、隣にいてやることくらいはできるから」
いてやるってのも、随分上からの物言いか? こういう場合は、いさせてくれってのが正しいのか?
姉貴がこの場にいたら駄目出しされていたんだろうが、俺にはそんな感性を期待されても困るからな。
「本当に、詩信くんはそういう言い方ばかりなんですね」
怒ってんのか、光莉は少し顔を紅くしていた。
たしかに、随分あけすけに言いすぎたかとは思うけど。
「人っていう字はなあ」
「無理してどこかからか拾って来なくてもいいんですよ」
俺だって似合ってねえことくらいはわかってるよ。すこし雰囲気に流されただけじゃねえか。
「それに、支え合っているとは言いますけど、あれって片方がもう片方を一方的に支えているようにみえませんか?」
そりゃあ、穿ち過ぎじゃねえか? いや、成り立ちなんてどう解釈したって本来かまわねえとは思うけど。
「わかんねえだろ。本当は、背中合わせに立ってるところかもしれねえじゃねえか」
ドラマとかでよく見るような、縄でぐるぐる巻きに縛られてるところから、立ち上がろうみたいな。
「そんな状況なら、立つよりもまず、縄を切ることを考えるべきではありませんか?」
いちいち理屈っぽいんだよ。
「まあ、とにかく、一人じゃねえってことは忘れんなよ。また香澄にいろいろ言われるぞ」
「……はい。大丈夫です」
いまさらになって、少し照れ臭くなったので、俺はそう言って誤魔化した。




