三宮千明への訪問 6
「それで、どんな女性が好みなんですか?」
「その話、まだ続けんのか?」
どんなとか言われても、今まで女子を好きになったことなんてねえしな。
「どんな相手って、そんなに簡単に表現できるもんでもねえだろ。一目惚れとかってのも世間にはあるみてえだけど、いろんな要素――容姿だとか、気立てだとか、性質、好み、感覚……まあ、ほかにもいろいろあって、それらを総合的に考えてんだろ」
たとえば、髪が長くてのんびりした家庭的なやつが好きだってやつがいるとして、そいつの価値観はそれだけに絶対的に絞られてんのかって話だ。健太郎なんて、学年ごとにでも好きだって相手が変わってたりもしたぞ。
言っても、男子の場合は大抵は性欲だが……それも相手が魅力的かどうかってことだからな。
光莉はすっと瞳を細めて。
「誤魔化そうとしていませんか?」
「そんなつもりはねえけど、考えたこともなかったことを今すぐに考えて結論出せって言われたら、こうなるだろうが」
多分、道場に通ってた年上の女性相手に憧れてたとかってのは(もちろん、年上の男でもそうだが)恋愛感情じゃなく、尊敬とか、敬意とか、そんな感じだろうからな。
少なくとも俺自身は、恋愛感情だとは思ってはいなかった。その辺りの線引きの話をするつもりはねえ。
「そういう光莉は好きな相手ってのを考えることはあんのか?」
まあ、なさそうだが。
案の定、光莉は即答し。
「ありません。そもそも、私は男性をあまり信じてはいないので」
「だろうな」
頻繁にあんな絡まれ方をするんじゃあ、むしろ、よく男性不審ってまでにはなってねえもんだ。
いや、軽くなってはいるのかもしれねえな。男性不審っつうか、警戒心の高さになってるみてえだが。
「それなのに、俺の好みだとかは気になるのか?」
「……男性側の意見を知っておけば、今後、対応がしやすくなることもあるかもしれないと思いまして。私にはわかりようもないことですし、やはり、直接意見を聞くというのは違いますから」
そんなもんか?
「わからないからこそ、不安になるということはあると思います。わかっていれば、対処の仕方も考えられるでしょうけれど、わからないものには対応できませんから」
「なんつうか、優等生っぽい答えだな」
馬鹿にしてるわけじゃなくて、だから優等生なんだって感心したっつうか。
まあ、でも、大抵は今言ったようなところだろうな。ストーカーだとかの心理を教えてくれとか言われても、そんなもん知らねえよとしか言えねえけど。
「まあ、なんでもいいけど、あんま考えなしに今みてえな質問を他の男子とかにするんじゃねえぞ」
そう忠告すれば、光莉は驚いたように顔を上げ、青い瞳を瞬く。
「なぜでしょうか?」
「その台詞だけ抜き取って普通に考えりゃ、自分に気があるんじゃねえのか? って思われるかもしれねえからだろうが。そっちから誘ってきたくせに、とか言いがかりつけられて、なあなあのままに進まれるぞ」
警戒心が高いかもと思ったりもしたが、抜けてるところもあるんだな。いや、今のも、男性心理とかって話で、光莉にはわかり辛いところだったのか?
わかってんのか、わかってねえのか、光莉は考え込む素振りを見せて。
「それは、詩信くんには遠慮する必要はないということでしょうか?」
「どうしてそうなったんだ……」
あれか? 光莉の中じゃあ俺は男子ってカテゴリーに入ってねえからノーカンってことか?
べつに、光莉から意識してもらいてえとか、そういうことじゃあねえけど、それはそれで男として足りてねえところを考えさせられるな。
いや、気遣いとか、成績とか、あとはまあ、危機感(あるいは常識)とか、足りてねえもんなんていくらでもあるんだが。
「完全無欠な人間なんていませんし、詩信くんが目指すというのでしたら止めたりはしませんけれど、気にする必要はないと思います」
「目指さねえよ……」
そもそも、完全無欠な人間ってなんだよ。アカシックレコードにでも接続してんのか?
「男子の考えとかが知りたいってんなら、ネットとかで調べればいいだろ。集合値的なもんなら、いくらでも出てくるだろうからな」
直接聞くって意味じゃあ、生の意見ってことで満たしてるだろうし。小説とか漫画とかだと、大分誇張して書かれてる……って、それはなんでも同じか。
もっとも、そんなことは光莉も気付いているだろうが、なぜだか、溜息をつかれた。
「なんだよ」
「……なんでもありません」
よくわからねえ。
俺のほうこそ、女子の心理ってのを知りてえもんだ。
「どうして詩信くんがそんなことを知りたがるんですか?」
急に食い気味にきたな。
「いや、最近、香澄とか、姉貴とか、それから光莉からも、女心がわかってねえとかいろいろ言われるからだろうが」
まあ、そんなことは後でっつうか、またいずれ考えるか。
「心配しなくても、こんなこと詩信くんにしか話しませんから。一応、言っておきますけれど、男性に関しては、の話ですからね」
そりゃあ、香澄とかには話すってことか?
心配とかはしてねえんだけどな。べつに知られて困るようなこともねえし。
「それで、詩信くんは女性の心理のなにが知りたいんですか?」
「女性っつうか、光莉のだけどな」
俺が関わるような相手なんてそんなに数いるわけでもねえし、さらに、姉貴とも関係するとなるとさらにだ。
目下、必要なのは一緒に暮らしてる光莉のことだし、なんでもそうだと思うが、やっぱ、身近なところが先だろうからな。
「一緒に暮らしてるって言っても、あんまり光莉のこと知らねえんだよな。好き嫌いとか、趣味とか、考え方とかな」
学校生活で目立つようなところは知ってるけど、あとは、家事が得意だとかってことくらいしか知らねえ。
突然、奇行に走ることもあるし。
「奇行ですか……?」
「いきなり半裸で風呂場に突撃してきたりな」
家から出ていって神社を寝床にしようとしたり、常識が足りてねえんだよ。
「あれは、彩希さんに言われて」
「普通……ってのがどんなのかは知らねえ。俺が関りがあるって言える女子は、光莉と姉貴を除けば、香澄だけだからな」
そりゃあ、高校に限らず、中学以前でだって、女子と話したこともねえ、みたいな感じじゃなかったけど、学外でもわざわざ関わるってことはなかったからな。
「けど、あえて言うけど、普通の女子は唆されたからって、あんなにあっさり男がいる風呂場に半裸で突撃しては来ねえだろ」
それが姉弟であっても、そんなこと今までになかった……と思うぞ。昔のことなんて、ほとんど覚えてねえけど、少なくとも小学校に上がる前には、姉貴とは別々に風呂に入ってた。
「いつまでそんなことを覚えているつもりですか。あれは、だって、特別だったので」
光莉は紅くなって顔を逸らす。
今はそうかもしれねえけど、あのときはそれだけとは感じなかったんだけどな……わざわざ突きたい話じゃねえし、それで納得しとくけどな。
つうか、あんなの忘れようと思って忘れられるわけねえだろ。男子高校生舐めんなよ? そんなこと絶対言ってやるつもりはねえけど。
「私は、べつに変なことをしているつもりはありません。あっ、いえ、いつもはという話ですけれど」
「自分が変だと自覚してるやつはそんなにいねえと思うぞ。そんなこと、言われるまでもなく、光莉がまともなやつだってことは、あー、すくなくとも、良いやつだってことは知ってるから」
言い淀んだのは、光莉のことを全部わかったようなつもりでいたくはなかったってことで、俺の本心であることは変わりねえ。




