ストーカーはどこにでも現れるからストーカー 7
経験則、ねえ……。
それは、前に言ってたストーカーされたどうのこうのってやつのことなのか?
「私が詩信くんのお母様、彩希さんに」
「いや、待て待て」
なにをいきなり話し出そうとしてんだ。
つうか、この流れで話されようとしてる内容だ。どう考えても重い話だろうし、買い物帰りに軽い感じで話すことじゃねえだろうが。
「べつに、光莉の話を無理やり聞き出したかったわけじゃねえよ。そりゃあ、気にならねえって言ったら嘘になるけど、なんでもかんでも突っ込もうとするほどデリカシーがねえってつもりはねえ」
もちろん、光莉が話してえっていうんなら聞くくらいはするけど、今のは違えだろ?
誰かやなにかに影響された結果、話すのに都合よくなったってだけで、本心から話したいと思ったってわけじゃねえはずだ。そんな話を聞くってのは、本人がどう言っていようと、やっぱり、正しいとは言えねえだろう。
まあ、ここで正しいってのはどうのこうのって、道徳みたいな話をするつもりはねえけど。
「一応聞いとくが、それは、光莉が本心から納得してることなんだろうな?」
「……どうなんでしょう。私自身は納得しているつもりではあるのですが、完全にわかっているということでもないので」
それは、まだ整理がついてねえってことなんじゃねえのか?
「いえ。整理がついていないということではないんです。ただ、わからないことがあるので、気がかりだというだけです」
そのわからないことってところをぼかしてるってことは、聞かれたくはねえってことなんだろうな。
「わかった。なら、今は聞かねえ」
光莉は、えっ、と見上げてくるが。
「俺は警察じゃねえんだから、真実を明らかにすることとかどうでもいいんだよ。話すのが難しいことなら無理に聞き出したりしようとは思えわねえし、思い出すのも辛いってんなら秘密にしてればいい。家族だからって、なんでも明かすのが正しいとか間違ってるとかってのはねえんだからな」
聞いてほしいことなら、こんだけいつも一緒にいるんだし、そのタイミングはいくらでもあった。
それでも話してねえってことは、光莉にとっては話せねえことなんだろう。
「秘密だか隠し事だかだなんて、誰にだってあるもんだ。それを暴こうとするのは、警察とか探偵だけで十分だろ」
光莉は光莉だ。
成績が良くて、運動神経も高く、家事もほとんど万能だ。
長い銀髪の、思わず目に留まるような美少女で、生真面目でゆうずうはあんまきかねえ。
基本的にはクールぶってるが、寂しがり屋なところもある。
それから――。
「ちょ、ちょっと、待ってください!」
珍しく焦った様子の、赤い顔した光莉に遮られる。
「詩信くんは私のことをなんだと思っているんですか?」
「どうって、そんなの、今言っただろうが」
途中で遮られたせいで、全部じゃねえけどな。
「もしかして、無自覚ですか? 無自覚にそんなことをいつも言っているんですか?」
「なんのことだかわからねえけど、いつもかどうかは光莉のほうがわかってんだろ」
そんな風に言われたのなんて、もちろん聞かれたのも、今が初めてだからな……多分。覚えてねえだけかもしれねえけど。
そもそも、聞かれたから答えただけなのに、なんで俺が責められてるみたいになってんだ?
「まあいい。話しは後でもできんだろ。さっさと帰るぞ」
光莉は、なんだか納得できませんと、隣でぶつくさ呟いていたが、こちに聞こえねえように言ってるってことは、気にする必要もねえことなんだろう。
安心も、油断もできねえけど。
なにせ、勝手に暴走したって前科があるからな。
「もうあんなことにはなりません。絶対です」
「そうか? 今後、あの三宮に呼び出されて、それに危険な雰囲気を感じ取っても、俺たちを巻き込みたくねえとか、危険に合わせるわけにはとかって考えて、なにも相談することなく、一人で解決しようと出向いたりしねえってことだな?」
光莉のほうへと目をやれば。
「……え、ええ、もちろんです」
やっぱ、そんなことを考えてたんじゃねえか。
普段、そんな風にきょどってるところなんて、見たことねえぞ。
「光莉はなんで、授業の内容とかは習ってねえところまでするする頭に入ってる感じなのに、そういう、危機意識とかって部分が抜けてんだろうな」
信頼や信用は、まあ、わかる。
そんなに簡単なもんじゃねえし、俺が光莉みてえに他の家族のところに預けられてる、居候しているって経験があるわけでもねえから、本当のところ、どんな心境でいるのかってのはわからねえ。
「とりあえず、光莉に必要なのは、報告連絡相談だな」
俺がどうでもいい話をしてるってことは、光莉も多分気がついていただろう。自分だって、そんなにうまくできるわけねえと思ってるし、光莉の気を完全には逸らせねえんだろうなってこともわかってる。
「べつに、危機意識がないつもりではありませんけれど」
たしかに、しっかりと自分の意見は言えていたし、対応も早かったことは認める。
けど、なんでも一人で解決しようとするってのは、問題だと思うけどな。
そりゃあ、たとえ、相手からの一方的な迷惑だとしても、自分の身に降りかかることだ。他人を巻き込みたくねえって心理が働くのはある意味当たり前ではあるけど。
「実際、男がらみで迷惑は受けてるわけだろ? それなのに、まだ一人で解決できると思ってるところとかな。今まで大丈夫だったからって考えが危険だってのは、わかってるよな?」
明日のことは誰にもわからねえんだから。
「天気予報士の仕事は翌日以降の天気を知ることですが」
「そういう話をしてるんじゃねえってことはわかってんだろ?」
だいたい、天気予報士って言うんなら、その来るべき自然災害について他人に発信することが仕事だろうが。
そもそも、光莉は天気予報士じゃねえ。そりゃあ、あのナンパだとか、絡みだとかは、災害と言えるかもしれねえけど。
「まあ、いまさらだが、あの話は乗っても良かったんじゃねえかと思ってるよ」
もちろん、返事をするって意味じゃねえ。そもそも、返事ってことなら、すでに終わってるしな。
「どういう意味ですか?」
「目的を達成してえなら、直接乗り込むのが手っ取り早いってことだ」
さすがに、あの状況で向こうの車に乗るってのは危険が過ぎるとは思うけど、話し合いの場を設けられるなら、それはするべきだったかもしれねえ。
もちろん、関わらねえようにするってのが一番だってことはそのとおりだろうが、一度、あいつの家族にもそれとなく事情が伝わるようにはしたほうがいいんじゃねえかとも思う。
三宮三年生の家族もどうしようもねえやつだってんなら仕方ねえけど、まともに話が通じそうなら、そっちからあいつを押さえてくれる可能性もある。
駄目だった場合は、まあ、光莉はあんまり気が進まねえかもしれねえけど、公権力の世話になるってところだな。そこまでくれば、さすがに直接取り締まってくれるだろうし。
「まあ、最後の手段の話だな。普通に近づいてくるだけだってんなら、俺がぶっ飛ばしてやるから心配すんな」
「今のひと言ですごく心配になりました」
どういう意味だ。
「ふふっ。冗談ですよ」
なにが冗談なんだか。
「詩信くんこそ、先走ったりしないでくださいね」
先走るもなにも、俺たちは仕掛けられてる側なんだから、常に後手だろうが。
「では、詩信くんや香澄さんや健太郎くんにしっかりと相談して決めたことなら、協力してくれますよね?」
「当り前だろう」
なにするつもりなのかは知らねえけど、光莉は思いついたような、良い顔をしていた。




