ストーカーはどこにでも現れるからストーカー 3
「これで諦めてくれるんならいいけどな」
あいつにも一抹のプライドってもんがあれば、これ以上の手出しはしてこねえと思うけど、逆ギレされるとかってことになると厄介だ。
「大丈夫ですよ。今週はもうあと一日しか登校しませんし、会わなければどうということもありませんから」
さすがに四日、五日も間が空けば頭も冷えるか。仮にも、高校生なわけだし。
「それに、ここまでしても諦めてくださらないようでしたら、それこそ、公権力のお世話になりますから」
動画もあるし、証人も大勢いる。
これで動いてくれねえようなら、それは、その警察のほうが間違ってるってことか。その場合は、然るべき機関に訴えることになる、と。
「なあ。光莉はなんで」
「はい?」
警察とか、役所とかってところをあんまり信用してねえみたいだが、今回は普通に頼ろうとするんだな――みたいなことを聞こうと思ったが、やめた。
なんらかの心境の変化があったのかもしれねえけど、それは諦観からかもしれねえし、それをわざわざ光莉の口から言わせたくはねえ。
だから、口にしかけた問いは飲みこんで。
「いや。なんかあったら、俺か、家族に話せよ。ひとりで決めてんじゃねえぞ」
「そんなに何度も言われなくても、わかっていますから」
子供じゃありませんから、と光莉は拗ねてみせる。
「それより、連休が終わればすぐに中間試験ですかよ。頑張りましょうね」
たしかにすぐと言えばそうだけど、それでもまだ、一週間は猶予があるだろ。
「いえ。詩信くんに赤点を取らせて、追試なんてことになったら、家庭教師を任されている身として、沙織さんに顔向けできませんから」
中間は期末よりも教科が少ねえから、そこまで大変ってほどじゃねえと思うんだが……まあ、俺も赤点取ったり、追試で時間を潰されたりしたくはねえってのは同意するところだ。まあ、それに関しては、俺はというより、誰でもだろうが。
「大丈夫です。詩信くんの学力は把握していますし、このままでしたら、赤点はまず回避できると思います。平均点はまだわからないので、なんとも言えませんけれど」
学外の模試と、学校内の定期試験じゃあ、範囲も、様相も、大分違えからな。
もちろん、必要とされる学力は同じようなもんかもしれねえけど、まったく同じってことはねえ。
「俺の勉強を見てくれんのは助かるけどよ、自分の勉強はいいのか?」
光莉は特待生ってことだったけど、成績が落ちたら、それも外されるとかってことになるんじゃねえのか?
もっとも、その光莉に毎日勉強を見てもらってる俺からしても、まったく問題ねえんだろうとは思えるが。
「では、勝負しますか、詩信くん」
しかし、光莉の口から発せられたのは、意外な言葉だった。
「は? 勝負?」
いや、たしかに光莉に頼まれて護身術的なことを教えてはいるけど、所詮はその程度っつうか、教えてる俺には敵わねえと思う。すくなくとも、今はまだ。
今後、光莉がどれだけ真面目にやるのか、あるいは、俺以外の相手からも教わる予定があるってんなら、話は違ってくるが。
「違いますよ。体力的なことで詩信くんと勝負しようなんて言うはずありません。私が言っているのは、試験の成績の話です」
「それだって同じだろ。勝負にならねえって意味で」
おそらくだが、今後、光莉以上の教師には出会えねえと思う。少なくとも、あの高校に通っている間は。
そして、教師に習っている以上、その相手を越えるってのは、頭を使うことに関しては、不可能だと思う。
たとえば、武術的なことなら、年齢が体力に影響を及ぼすかもしれねえし、駆け引きやら、偶然やら、師に勝つことは、もしかしたら、ありえるかもしれねえ。それも、かなり高く見積もり過ぎてる気もするが。
しかし、勉強に関しては、そんな偶然など起こらねえ。まさか、鉛筆転がすなんてことはしねえし。
つまり、同じ勉強量である以上、光莉を越えることは、まあ、絶対じゃねえけど、ありえねえことだ。
「諦めたらそこでお終いですよ?」
「その台詞の使いどころは、今じゃねえんじゃねえか?」
つうか、あんまり考えたくはねえけど、告白を断ってきた直後にその台詞は、あんまりよくねえんじゃねえか?
言霊とか、フラグとか、そんな非現実の要素を真面目に信じてるってわけじゃねえけど。
「そういやあ、体育祭の種目決めも同じくらいか」
星海高校の体育祭は六月だが、六月に入ると、週に(格闘技は除いて)二回ある体育の授業のうち、一回はその団体競技の練習になるらしい。
チームは縦割りで、それぞれ学年の一組と四組、二組と五組、三組と六組が同じ色になる。ちなみに、俺たち一組は赤らしい。
「体育祭が六月というのは、少しおかしい気もしますけど。六月は梅雨の時期ですから」
「それは、言っても仕方ねえんじゃねえのか?」
体育祭だとか、修学旅行、文化祭の時期を決めてんのは、職員室とか、理事会とかってわけだろうからな。俺たちがなにか言ったところで、大幅な変更はできねえだろうし、とくにする必要も感じねえ。生徒会なら多少は介入もできるのかもしれねえけど、その活動にはまったく興味もねえ。
時期的に言えば、そりゃあ、適してんのは、五月とか十月とかだろうが、五月は中間試験もあるし、十月には文化祭がある。
ちなみに、九月には二年の修学旅行もあるし、その二学期に体育祭までぶち込むのは、行事が渋滞起こして、教師とか、生徒会とかが大変だろうからって事情もあったんだろう。
三学期は三年が受験で、行事どころじゃねえからな。せいぜい、卒業式くらいだろう。
「あっ、二人ともお帰り」
教室に戻れば、香澄と健太郎がまだ下校せずに残っていた。
まあ、香澄はこれから部活があるし、着替えを済ませてはいたが。
「香澄さん。バスケ部のほうはまだ大丈夫なんですか?」
「え? うん。まだ少しはね。それで、どうだったの?」
香澄はちらりと時計を見やり、きらきらとした瞳で光莉に問いかける。
「きちんとお断りしてきました」
「動画は撮ってねえけどな」
俺が付け加えると、当たり前でしょ、と香澄は笑った。
「これで一安心、だといいね」
余計なひと言が増えたのは、やっぱ、女子としてあいつを警戒してるってことなのか?
あの、光莉に絡んできそうな、あるいは口撃してきていた女子たちとは違って、香澄は現場に居合わせたわけだからな。
「ご心配をおかけしました。ありがとうございます」
「気にする必要なんてないよ。友達を心配するのは当たり前のことだもん」
香澄がからりと笑いながらそう口にすれば、光莉は俺と香澄とを見比べる。
「どうしたの?」
「いえ。詩信くんにも同じようなことを言われたので、やはり、幼馴染ということなのでしょうかと思っただけです」
香澄は、なにか面白いことでもあったのか、へえー、ふぅーん、と俺を見てくる。
「なんだよ」
「なんでもなーい。詩信は気がついたらチャンスを逃してそうで。まあ、光莉が相手なら心配ないか。光莉はしっかりしてるし」
なんだ、そりゃ。いや、光莉がしっかりしてるってのは知ってるけど。
しかし、俺がその言葉の意味を尋ねる前に、
「香澄さん」
光莉が静かに香澄を呼んで、香澄は、おっと、とわざとらしく口を噤んだ。
それから誤魔化すように、じゃねっ、と香澄は教室を出て、多分、体育館に向かったんだろう。
「詩信くん。なんでもありませんから、気にしないでくださいね」
「あ、ああ」
気にするもなにも、俺は意味すらわかってねえんだけど。




