ストーカーはどこにでも現れるからストーカー 2
「そこまで付き合っていただかなくても大丈夫ですよ、詩信くん」
放課後に、俺は光莉に付き合って、三年の教室のある二階の廊下を歩いていた。
「わかってる。俺は階段のところにいるから」
告白を断りに行くのに――正確には、そのために呼び出すために話に行くのに、連れ合いがいたんじゃ侮られるからな。
あんなことしでかすやつに、侮るもなにもねえかもしれねえけど、とりあえず、なにかあったときに咄嗟に対応できる人間はいたほうが良いだろう。
もともと光莉はその容姿から人目を惹くんだが、今は普段来ることのねえ三年の使ってる階にいるってことで、本来この階を使ってる三年からの視線を余計に集めている。
いまや、学校全体で見てもあの騒動を知らねえ奴はいねえだろうが、その当事者の片割れと同じ学年だからか、光莉に向けられる視線は、誰だこいつ? とか、なんでここにいるんだ? みたいなものじゃあなかった。
けど、その中には。
「どうかしましたか?」
「いや。なんでもねえ」
まあ、光莉が気にしてねえならそれでいいんだけど。
しかし、俺のそのわずかな視線の動きから察したらしく。
「大丈夫ですよ。そういうものは気にしないことにしていますから」
つまり、明らかに光莉に悪い感情を持っているだろうって類のもののことだ。
おそらくは、前に香澄が言っていた、ファンクラブ的なやつらだと思うんだが。
「なにしに来たの、あの子」
「ちょっと綺麗だからって調子乗ってるよね、むかつく」
「玉の輿でも狙ってんじゃないの? 色目つかって、誘惑したとか」
わざと聞こえるように言ってんのかもしれねえけど、潜める気のねえ悪しざまな言いようは、俺にも聞こえていた。
つまり、光莉にも聞こえていたんだろうが、光莉はそんなものはまったく気にもかけてねえって感じに通り過ぎる。
とはいえ、いくら年上、先輩といえど、遠慮しなくちゃならねえところと、許容する必要のねえところはある。
「お――」
「それでは、行ってきますね、詩信くん」
俺がひと言物申し立てようとしたところで、まるで、タイミングでも測ったかのように光莉が振り向き、そう言ってくる。
その目は、俺になにもする必要がねえと告げていた。
微笑みすら浮かべているような光莉は、伸ばされた足も問題なくスルーして、一瞥すらしねえ。
そのうちの数人は、光莉の後ろについて行くやつもいたけど、光莉はべつのところを歩いていた相手に。
「すみません。三宮花菱という方はいらっしゃいますか?」
「三宮? それなら、六組にいるけど」
全学年六クラス、一組から六組までがある中で、一組と六組はそれぞれ、廊下の端と端。中央階段のほうに近いのは一組で、反対の階段に近いのが六組だ。
相手のクラスを知らなかったってのはあるけど、待ってるにしても、逆の階段から向かったほうが良かったか? いや、あんまり近くにいすぎるってのも、相手に俺のことが見つけられるリスクも増えるし、これでいいか。それもどうせ、一人じゃあ告白を断りにも来れねえのかって思わせたくねえってだけで、絶対ってことじゃねえからな。
光莉は、ありがとうございます、と軽く頭を下げると、三年六組の教室の前の窓際に寄りかからずに立つ。
上履きの色こそ違うが、同じ制服を着てるってのに、光莉は際立っていた。
それはべつに、髪色が他人と違うからってだけじゃねえ。
普段、一緒にいたり、教室にいるときにはわからなかったものだが、抽象的な言い方しかできねえんだけど、雰囲気がある。他人を寄せ付けねえ感じの。
俺のいる階段のところからじゃあ、廊下の奥の話し声までは聞こえねえ。三宮三年生の顔だって、一度二度で、完全に覚えてるわけでもねえ。さすがに、名前くらいは覚えたけどな。まあ、覚えたきっかけは、最低の類のものだが。
けど、今、光莉が気づいて、向こうも気がついて話し始めた相手だってことくらいはわかる。
三宮ってやつのほうには、友人なのかは知らねえけど、隣に数人一緒にいるやつがいるが、光莉が頭を下げ、おそらくは、一言二言交わすと、一段、廊下の喧騒の熱が上がった気がした。
まあ、自分が関係なくても、他人が告白した、ふったふられたなんてのは、話の種にはなりやすいからな。中学高校くらいの、思春期とか言われる年齢くらいだととくにな。俺が話のネタにしたことはねえけど、健太郎が中学のときに結構騒いでたりしてるのは知ってる。
光莉が告白されたときもそうだが、こうして、ある程度の人数の前でのことは、部活とか、いるなら兄弟姉妹とかを通じてでも、すぐに共有されやすい。高校なんて狭い箱の中のことならなおさら。
自分がふられたってことが、全校に知られることになるってのは、同じ男として、わりと同情しねえでもねえけど、自業自得のうちとするしかねえな。俺のことじゃねえから、そこまでは知らねえけど。
俺からしてみれば、三宮三年生がまともな交友関係(なのかどうか、実態は知らねえけど)を築けていたことが驚きだが、光莉が頭を上げ、こっちに向かい始め、その場から離れると、隣にいたクラスメイトが肩を叩いたり、声をかけたりしているってのは、そこまで嫌われてるってことでもねえらしい。
いいとこの坊ちゃんらしいし、逆恨みしてなきゃいいんだけどな。
「お付き合いさせてしまい、すみません」
行きのときには連れていた(つき纏われていたって表現のほうが正しいだろうが)女子生徒はいなくなり、階段の柱に寄りかかっていた俺のところまで一人で戻ってきた光莉に。
「もうよかったのか?」
告白なんて、するもされるも、人生において経験もしてねえ――ついこの間、その現場に遭遇するってことはあったが、あれを告白とは言いたくねえな――から、どうなのかはわからねえけど。
「はい。今日は詩信くんがいてくれたので、心強かったです」
今日は?
光莉が告白されてるらしいってのは知ってたけど、そこまで慣れてるってわけでもねえのか?
「俺はなんにもしてねえけど」
俺からしてみれば、光莉は一人で十分やれてたと思うけどな。
自分が悪いことをしてるわけでもねえのにあんな風につき纏われたりまでして、それでも、丁寧に頭を下げて断ってたんだからな……断ったんだよな?
「ちゃんとお断りしてきました」
「おう、そうか……」
まるでこっちの心の内を読んでいるかのように言われ、一瞬、動揺したけど、取り繕うことはできたと思う。
「もちろん、動画には撮っていませんけど」
「そりゃそうだろ……」
自分で告白を断るところを撮影するとか、性格悪いって言われても仕方ねえことだろう。
そもそも、あれだけ証人がいるんだ。ひとりひとりの名前とかまではさすがにわからねえけど、証拠能力としちゃあ、十分だろう。
「つうか、呼び出して、ラウンジのところで返事すんじゃなかったのか?」
会話が聞こえたわけじゃあねえけど、その感じだと、その場で返事までしてきたってことだろ? 良かったのか?
光莉は少しだけ考え込む素振りを見せつつ。
「ここへ来るまではそう思っていたんですけれど、人目も結構集まってしまいましたし、早く終わらせてしまいたかったということもあるので。簡単に済ませてしまったんですけれど」
「そうか」
まあ、当人たちの問題だし、それで解決するってんなら、それでいい。
ラウンジのところでってのも、結局は、人目のあるところで、誰にもわかるようにってのが目的だったわけだし、それが達成されてんなら問題はねえってことだろう。




