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ついノリでやった。後悔はしなかったが、反省はした 5

「詩信くん。背中に力入れてますか?」


「いや? そんなつもりはねえけど」


 むしろ、力は抜いてるつもりだが。

 

「んっ、すごく硬いのですが。凝りすぎではありませんか?」


「そう言われてもなあ」


 自分ではなんともねえと思ってるから、わからねえんだよなあ。

 

「つうか、本当に悪いとは思うんだが、眠ってていいか?」


 こうして横になっていると、眠気がやばい。

 食べてすぐに寝ると牛になる――まあ、行儀が悪いことを咎めるための言い方ではあるんだが――とはいうけど、それを気にしてられるような場合じゃねえ。

 

「はい。どうぞ」


 光莉も存外に早く慣れてきたようで――あるいは、光莉の学習能力をもってすれば普通のことだったのかもしれねえけど――しばらくすると、痛いって程じゃあなくなった。

 エステティシャンってんじゃなく、子供が親の肩たたき、肩揉みをするレベルだけど、マッサージの仕方まで調べられるスマホが偉大なのか、それをすぐに理解できる光莉がさすがの学習能力なのか、まあ、どっちもだろう。

 

「あっ、詩信くん。眠っていただいてかまわないのですけれど、その前に一つだけ、お願いしてもいいでしょうか?」


「お願い?」


 光莉の頼みならできる限り聞きてえとは思うけど、この状態の俺にできることなんて、かなり限られているが。


「そんなに難しいことではなくてですね、その、できれば、上半身だけ、シャツだけでかまわないので、脱いでいてもらえますか?」


 は? なにを言い出して――いや、そういうこと蚊。

 マッサージの仕方を調べたってことは、今は背中側だが、人体のツボの位置も同時に調べられたってことだろう。

 プロなら服の上からでもわかるかもしれねえ、それでも脱ぐことのほうが多そうだし、ましてや、完全に素人以前である光莉にしてみれば、直接見えていたほうが都合がいいってことだろう。

 

「ああ。わかった」


 こんなことくらい、おざなりっつうか、適当でかまわねえのに、できる限りを追求しようって姿勢は、いかにも、光莉らしい。

 

「悪いな」


「気にしないでください。そもそも、させてくださいとお願いしたのは私のほうですから」


 そう言われながら押される背中は、正直、かなり痛かったが、それは施術が効いてるって証拠だろう。

 つまり、俺の身体の扱い方が乱暴すぎたってことだ。まあ、今日に関しては、自覚はある。

 

「本当に、悪いな」


 俺の意識があったのはそこまでで、それ以降は、心地の良いさざ波に晒されているような、あるいは、いきなり電撃でも受けたかのようなときもあったけど、概ね、そのまま倒れてるのも悪くねえなと思えるような気分だった。

 


 目を覚ましたのは、夜中すぎくらいだった。

 何時間眠ったのか、はっきりとはわからねえけど、完全に意識はなく、ぐっすりとした眠りだった。もっとも、普段から夢なんて見ないたちだが。

 とりあえず、身体に痛いところはねえみたいだし、立ち上がろうとしたんだが。


「――っと、なんで、まだ光莉はここにいるんだ?」


 さすがに、マッサージをしてもらったときの態勢のままに、俺に覆いかぶさっているなんてことはなかったが、ベッドの脇でしなだれかかるように、俺の手を握ったまま、眠っていた。

 自分の部屋までなんてすぐそこなんだから、戻ってベッドで寝ればいいのによ。

 こんな格好で寝て、風邪ひいたり、逆に自分の身体が痛くなったりしてたら、どうするつもりなんだか。


「あら、詩信。起きたの」


 声のしたほうへ顔を向ければ、姉貴も床に座り込んでスタンドライトをつけながら、文庫本を広げていた。


「なんで姉貴がここにいるんだ?」


「なんでって、若い男女を同じ部屋で二人きりにさせるわけにいかないでしょう」


 なんの心配だよ。

 同じ部屋って言うんなら、そもそも俺の部屋と光莉の部屋は同じようなもんなんだが。それに、今までだって同じようなシチュエーションはあったのに、どちらかといえば、姉貴は面白がるほうに傾いていて、むしろ、嬉々として二人きりで放置くらいしそうな気がするんだが。


「まあ、いいじゃないの。それより、光莉をいつまでそうやって寝せておくつもり?」


 光莉の態勢は、お世辞にも、身体に良いとは言えないものだった。

 とはいえ、せっかく寝ている、それに時間も時間だし、起こすのは忍びねえ。

 男女七歳にして同衾せず。まさか、このまま同じ布団で寝るわけにはいかねえ。


「よっと」


 光莉を起こさねえよう、慎重に、ベッドから降りる。

 採れる手段と言えば、このまま俺のベッドに寝かす、それで俺は床とか、下のソファで寝るか、光莉の部屋まで運んで、そっちのベッドに寝かすかだが。

 意識のねえやつを運ぶのは、結構、骨が折れるんだよなあ。

 けど、このまま俺のベッドを明け渡して寝かせたとして、それはそれで、起きたときに気にするんじゃねえか? 俺を追い出したとかなんとか。

 俺は別段、ベッドでなけりゃあ寝れないってことはねえし、むしろ、どこでも寝られると思ってるけど。

 仕方ねえ。明日――いや、今日か?――は学校で授業があるが、今はまったく眠くねえし、身体の疲れもねえからな。

 とりあえず、光莉が起きてねえことだけは確認して、俺のベッドに横たわらせ、布団をかけてやる。

 

「あんたはどうすんの? 代わりに光莉のベッドで寝る?」


 姉貴は面白そうに聞いてくるが。


「そんなことするわけねえだろ。うるさくはできねえし、勉強する」


 寝ようかとも思ったけど、やっぱり、眠くねえしな。

 まさか、筋トレなんて始めたりはできねえし、あっ、でも、一応、ストレッチと柔軟くらいは済ませとくか。起きた直後で、滅茶苦茶身体硬えけどな。

 肩とか背中とか、すっげえ音が鳴ったけど、不調はねえ。光莉がマッサージしてくれたおかげだろう。今度、お返しにもしたほうがいいのか? けどなあ。

 いや、もらったもんで、返せるものなら返さねえとな。

 俺が光莉に料理とか、勉強とかを教えるのは無理だけど――武術っつうか、護身術の件はおいておくとして――マッサージくらいなら、それも簡単なものなら、俺にもできそうだからな。

 だからって、今寝てる光莉にするわけじゃねえけど。


「無茶しすぎて結局光莉に迷惑かけてたら世話ないわね」


「本当にな」


 迷惑っつうか、光莉が自分で言い出したことなんだが、俺が押し切られたってことでもあるからな。まあ、あれに逆らえたかって言われると、多分、無理だっただろうが。

 

「じゃあ、私は戻るわね。さすがに眠いし」


 立ち上がった姉貴は、大きく伸びをしてから、欠伸をひとつ。


「手間かけさせて悪かった」


「あんたも、ほどほどにしときなさいよ。光莉が傍にいるから、気になるのはわかるけど」


 姉貴は静かに部屋を出て行き、俺は通学鞄を開く。

 一応、床とか、あるいは、下のソファとかもある――光莉の部屋のベッドって選択肢はねえ――けど、それだと、起きた光莉が気にするだろうしな。

 それなら、俺は起きて目が冴えてたからそのまま勉強でもしてたってほうが、光莉の負担にはならねえだろう。漫画とか小説とかを読んでてもいいけど、それで眠くなって、座ったままとか、机に突っ伏して寝てたとかになったら――まあ、勉強してるんでも同じことが言えるし、光莉より早く起きれば済むだけのことか。

 そもそも、起きてれば済むことだし、そうすれば、俺も今起きたところだとかって言い訳もできる。


「とりあえず、茶一杯、飲んできてからにするか」


 俺は、光莉を起こさねえように静かに扉へ、そして、音を立てずに階段を降りた。

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