ついノリでやった。後悔はしなかったが、反省はした 2
まあ、我ながらっつうか、よく通報されなかったもんだと思う。
民家の上を飛び歩くって行為自体もそうだが、そもそも、そんな風にしているところを見られただけでも危険だとかって思われるだろうしな。
実際、危険なことは間違いねえし。
駅前からの続く道沿いで、わりと建物の密集してる地帯だからいいようなものの、一歩間違えれば、間違いなく、死んでる。
それでも、屋根から家と家との境界の壁、その線上にうまいこと着地して、その勢いで、隣の家の屋根の上に飛び移るとか、マジで死を覚悟したシーンは、一度や二度じゃねえ。
これは無理だと思った瞬間、脳でリミッターをかけちまうことを恐れて、できる限りそういう考えを持たねえようにはしたけど、本当、よくまあ、怪我しなかったもんだと、自分でも感心する。
まったく、少しも楽しくなかったってことはねえけど、できれば、今後一切、やりたいとは思わねえ。
距離的って意味では、間違いなくショートカット、けど、体力的、精神的には、倍は消耗したんじゃねえかってくらいの有様で警察署まで辿り着くと、当然というか、師匠たちは到着していた。
「まあ、五分以内だし、許容範囲内ってところかな。いろいろと言いたいことはあるけど、とりあえず、初めてにしては上出来だね」
師匠がなんか言ってるけど、とりあえず。
「詩信くん、どうぞ」
「助かる」
光莉が差し出してくれたペットボトルを一気に煽り、飲み干した。
それから財布を取り出そうとしたが。
「これは不動先生からの差し入れで、お代は必要ないとおっしゃっていました」
健太郎にも、香澄が同じようにスポーツドリンクを渡している。
そういうことなら、ありがたく受け取らせてもらうか。
「それじゃあ、詩信くん、健太郎くん。スマホのロックを解除して渡してもらえるかな? あとは、こちらでやっておこう。どうやら、説明なら香澄ちゃんと光莉ちゃんにもできるみたいだからねえ」
最初からロックの設定なんて解除して、あるいは番号変えて教えておけばよかったとかって考えに至ったのは、その時ようやくだった。
どうせ、自分でなら暗証番号を変えられるんだし、光莉と香澄は信頼できるし、たとえば、全部同じ数字で揃えて渡すとかして、返してもらってからまた変更するとかって方法を採れば良かったんじゃねえのか。
どうせ、俺たちの証言が必要ないってんなら、来ても来なくても同じことだしな。スマホだけなら、光莉たちのポケットにでも十分入れられた。
「マジで無駄骨じゃねえか」
これで鍛錬になったと楽観できるほど、俺も健太郎も気力を残していなかった。
「なあ、詩信、気づいてるか?」
「言うんじゃねえ」
健太郎は俺の声を(多分)わざと無視して。
「帰りもあるんだぜ」
「だから、言うんじゃねえよ、馬鹿」
どっと疲れるだろうが。
「まあ、帰りは急ぐ必要ねえし、普通に道なりに走って帰ろうぜ」
もう一度、それも同じ日にやるとか、マジ勘弁。
「だな」
あほみたいな走り方をさせられた――俺たちが選んだわけだが――せいで、全身汚れていて、とても公共交通機関を利用していいような格好じゃねえとは、自分でも思う。
「きみたち、ちょっといいかな?」
呼吸も整ってきて、顔を上げたところで、すげえいい笑顔を浮かべた女性の警官に声をかけられた。
「通報があったんだけど、屋根とか、塀とかの上を走ってたっていうのは、きみたちのことで合ってるのかな?」
「そうですけど?」
多分、認めないほうが良かったんだろう。
どうせ、見たほうも一瞬のことだし、俺たちがそこへ行ったって証拠は靴の型とかくらいだろうから。
ただ、結局調べられたならばれてただろうし、つまり、ここで認めないほうが、後々面倒なことにはなっていた、と思う。
「そんなきみたちの体力とか精神力、行動力には大いに関心するところだけど、それはともかく、ちょっと、別室でお話聞かせてもらえるかな?」
住居不法侵入だとか、上空審判だとか、厳つい感じの言葉を聞かされて、初犯っつうか、俺たちも全然わかっていなくて、あるいは、気にすらしねえでやっていたことだったから、今回は注意だけで終わったけど、まあ、しばらくは自重したほうが良さそうだ。しばらくもなにも、今後やるつもりはなかったけど。
やむを得ずやった(主観的にはやむを得ない事情だったわけだが)こととはいえ、そんな事情は相手側には関係ねえからな。俺たちがどんなつもりだったとかなんて、相手にはわからねえ、関係ねえことだ。そもそも、それを言い出したら、この世に犯罪なんてなくなるわけだしな。
「それじゃあ、今はフリーランニングの鍛練中で、他の用途では一切ご迷惑をおかけしません、着地音もたてたりしません、危害を加えるなどというつもりは一切ございません、って叫びながら走るのでも、許可が出たりは」
「しませんねえ」
健太郎がアホなことを言っていたが、当然、却下された。仮に許可が出たとして、そんなことしながらできるようなことじゃなかっただろうが。そもそも、大声で叫びながらってのが、騒音公害だし。
やっぱり、フィクションはフィクションってことか。
「やっぱ、どっかで見られてたんだな」
注意を受け、取調室的なところから出てきてから、健太郎が呟いた。
「それにしても、数秒って感覚だぜ。それでも、通報しようってやつはいるんだな」
「まあ、違法は違法みてえだしな」
実際には、黙認されてるところも多いらしいが、それはそれ。
まあ、どうしてもやりてえってわけじゃあねえからな。
瞬間的になら、十秒未満なら、違法にはならねえってこともねえし。たとえば、煙草だって、未成年が吸えば一秒以下でも違法だろう。
狭い道で、車を避けるためとかでやむを得ず、みたいなことなら見逃されるかもしれねえけど、さすがに俺たちの今回の行動は、なにも言わずに見逃すには問題すぎたようだ。
「つうかよお。師匠は走ってこいって言ってたけど、チャリで走っていけばよかったんじゃねえか?」
健太郎が、いまさらなことを口にする。
自宅まで取りに戻る時間を考慮しても、たしかにそっちのほうが早え。
それに、道のりだと、十キロ以上くらいは走ることになったわけだし、自転車走だとしても、鍛練としては十分過ぎる。
けど、まあ、師匠から走って来いって言われたら、普通は足でって思うよなあ。頭が固いって言われるだろうけど。
「まあ、わりと楽しかったってのだけが救いか。大きな声じゃ言えねえけどな」
そうだな。たしかに、惜しいって気持ちがまったくないと言えば嘘にはなる、
達成感とか、充実感とかは、所詮個人的な感覚であることには違いねえけど、間違いなくあるからな。
それがたとえ、本来は違法だったとしても。
アニメとかだったら、良い子は真似してはいけません、とかってテロップが流れるところだな。実際は、良い子じゃなくても真似しちゃならねえんだけど。
師匠は上出来だとかって言ってたけど、俺たちがどうやって走って来たのかってことは、最終的には地面、道路の上を走ってきたところを見ていた師匠には――察しはついていたとしても――わからないことだっただろうからな。
仮にも、警察と関りのある人物が、それを表立って肯定してるわけにはいかねえだろうし。
それが、多分、雰囲気とかから察するに、師匠も結構やってる、あるいは、何度もやったことがあるんだろう、とは思えたとしても、だ。
もちろん、声を大にして、どころか、声に出して言えたことじゃねえんだけどな。




