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ついノリでやった。後悔はしなかったが、反省はした

「ふーん。それで、私に立ち会って詩信くんたちの身元の保証人になってほしいと」


 今回は門で襲われずに済み、道場で他の門下生の修行をつけていた師匠に、あらためて、今日、俺たちが稽古の時間を変更したわけなんかの理由と共に頼み込むと、不動玄師匠は少し考え込む素振りを見せる。


「知っているとは思うけど、うちの道場は、敷地的には少しばかり他よりも広いという、それから、少しだけ警察に顔がきくというだけで、特別資産状況が優れているというわけではないよ。この悪事を見逃すことはしないけれど、あくまでも、きみたちの頑張り次第ということにはなる」


「ああ。それで構わねえ。そもそも、実際に握り潰そうとして来るかどうかもわからねえことだし、あくまで保険のつもりだ」


 俺は、お願いします、と頭を下げ、他の三人も続く。 


「これだけのものを握り潰そうなんてしてはこないと思うけど……まあ、弟子の頼みだ。うちならある程度の荒事にも問題にならないと踏んでのことだろう? 付き合うくらいはしてあげよう」


 本当なら、高校の教師陣に頼んでも良かったんだが、前のあの様子じゃあ、あんまり期待はできそうにねえからな。

 

「ありがとうございます」


「はは。うん、それじゃあ、行こうか」


 師匠は淹れていた湯呑をさっと飲み干し、瞳さんに後のことを任せるからと言って立ち上がる。

 

「でも、うちの車は四人乗りで、きみたちは運転免許を持っていないだろう? だから、全員を乗せることはできない」


 いや、ここまでだって、ほとんど駅から歩いてきたようなもんだし、交番に向かうなら俺たちは歩きでも問題ねえけど?


「歩きでも問題ない、ね。詩信くん。こんな動画まで持っていくのに、交番で済ませたりはしないよ。ちゃんと警察署まで持っていく」


 だからね、と師匠は微笑んで。


「詩信くんと健太郎くんは、走って警察署まで来なさい」


 いや、警察署って、隣町じゃねえか。

 ちょっと走って、って距離じゃねえぞ。普段の運動着ならともかく、今は貴重品をポケットに入れてる私服だぞ。


「うーん。でも、実戦では財布やスマートフォンがポケットに入っているからとか、走るのに適した格好じゃないからなんて理由を相手が考慮して襲って来てくれるわけではないからね。まあ、これも実戦を想定した鍛錬だと思えばいいよ。まさか、彼女たちに走って行けなんて言わないだろう?」


 そりゃあそうだが……マジかよ。


「あ、そうそう。動画は健太郎くんのスマホにしか保存されていないだろう? 遅れないようにね」


 スマホだけ渡したところで、ロックがかかっていてそれは本人にしか開けられねえし。

 

「私もこの格好のままってわけにもいかないし、少し準備に手間取るからね」


 俺と健太郎は、それでも光莉と香澄に貴重品を渡す。つっても、財布とスマホくらいだが。

 どうやら、師匠は本気で言っているみてえだし、もし、遅れでもしたら、本気で今後の修行が地獄になりかねねえ。

 厳しい修行は歓迎だが、まだ、死にたくはねえからな。

 

「なんで、あの二人、走っていくこと前提に考えているのかしら?」


「電車代を惜しんだのではないでしょうか?」


 女子二人の会話は、すでに走り出していた俺たちの遥か後ろであり、俺たちの耳には届かなかった。

 幸い、かどうかは知らねえけど、師匠の道場は駅前通りの続く道沿い。周囲には建物や店が連なっている。 

 大通りなんかは不可能だとしても、まあ、俺と健太郎の走り幅跳びの記録的に七メートルくらいまでの間なら跳んで渡ることは不可能じゃねえ。

 ただ、それをするのが、走り幅跳びみたいに平地と砂場の上ってんじゃなく、建物と建物の上で、着地した後にバランスを崩す、あるいは、しゃがみ込んだだけでも、道路に落下するってところが違うだけだ。

 

「これって、大丈夫なのか?」


「知らね。けど、楽しそうだよな」


 その意見には、まあ、賛成しちまうんだよなあ。

 漫画とかに出てくる、屋根から屋根へと渡って移動するってやつに、まったく憧れたことがねえ男子ってのはいねえはずだ。

 実際にやると通報されそうなのと、そもそも、できそうな気がしねえってんで、やろうってやつはいねえけど。

 スマホを持ってくることにしたのは、正解だな。

 こんな移動方法だと、自分たちが今どこにいるのかわからなくなるからな。


「そんじゃ、行くか」


「そうだな」


 最初に道場の塀の上に立ち、おおよその方位と周辺の建物の様子を、スマホの地図と照らし合わせて確認する。

 都度、確認してたんじゃ遅くなるし、多分、そんな余裕もなくなるだろうから。あと、普通に、走りながらだと落としそうだってのもある。

 馬鹿みてえな真似とは言わねえけど、こんなことで落として壊してたら、それは馬鹿みてえだからな。

 

「音立てねえように着地しろよ」


「わかってる」


 これから警察行って悪事を話そうってのに、俺たちのほうが通報されるって事態は避けなきゃならねえからな。

 だから、不法侵入だとかって見つかるわけにもいかねえ。 

 いざとなったら電線に飛び乗ってその上をってのは、さすがに無理そうだし。

 

「これマジでショートカットになってる?」


「地図上での直線距離的にはそうなんじゃねえか?」


 とにかく、一直線ってわけにはいかねえけど、多少の無理を通しながら、俺と健太郎は、屋根から屋根とか、塀の上伝いなんかを走る。

 普通に走るのの数倍は神経遣うが、道なりよりは、圧倒的に距離が短いってのは事実だった。

 あとは、まあ、落ちたらマジで死……とまではならねえだろうが、骨折か打撲か裂傷かってのは確実っぽかったし、余計に集中してたってのはある。軽口叩きながらでも、アドレナリンのお陰なのか、それともドーパミンとか、エンドルフィンとかって呼ぶのか、詳しいことはわからねえけど、多分、そんな物質が生成され続けてんだろうなって感覚はあった。

 もちろん、ずっと屋根の上とかを走ってたわけじゃねえ。あくまでの、ショートカットできる線上での話だ。

 降りてでも、あるいは、また登ることを考慮しても、普通に道を走ったほうが早いって場所は確かにある。つうか、普通に道路の上を走れるってんなら、そっちのほうが早いに決まってる。

 こういう競技をなんていうんだったか……たしか、パルクールとかって名前だったか?

 まあ、それを競技じゃなく、普通の街中でやっていいのかって話ではあるが、まあ、練習ならかまわねえだろうし。つうか、かまわねえだろうってことにしとこう。余計なことを考えてるような余裕はねえ。

 危険は確かに感じるが、競技だってんなら、この高揚感もただ脳が狂ってるからってことだけじゃあなさそうだな。それもあるんだろうが。

 

「なあ、ちょっと楽しくなってきたんだけど、俺だけか?」


 どうやら、健太郎も話すだけの余裕は出てきたらしい。

 

「いや。実は俺もだ」


 何度もやりたいかって聞かれると、首は捻るだろうけどな。

 けど、たしかに、たまにならやってみても良いかもしれねえ。小学校とかの鬼ごっことかの感覚で。

 そんな話をしたら、光莉や香澄にはドン引きされるだろうが。


「だからって、気ぃ抜くんじゃねえぞ」


「当り前だろ。そんなことしてたら死ぬわ」


 さすがに、光莉や香澄を乗せた師匠の車を探すような余裕はなかった――つうか、道路に出て他の車と混ざっちまえば、そこまでよく覚えてるわけでもねえ、師匠の車なんで探せるはずもねえ――けど、道を走る車とか、通行人や自転車なんかを下に見つつ、屋根やらの上を飛んで走るのは、なかなかに楽しいことだった。

 まあ、日常的にやろうって気にはならねえけどな。


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