クレープ食べるだけでも大変 4
つかず離れずのところで見張っていた俺たちのほうが先に通報されるって事態にはならずに済んで助かったってところか。
その場合は、光莉たちが弁明っつうか、説明に来てくれる手はずだったが、ここで絡んじまったら、もはや他人を装う意味はねえし、ここまでになるな。
釣れたかどうかは――。
「詩信、健太郎」
俺たちを見つけた風の香澄が声をかけてくると、二人に絡んでいた男たちがつられるようにこっちを向く。
「ちょっとちょっと、なになに」
「俺たちが話してんだから空気読めよ」
「横から入ってきて、ボディーガードでも気取ってんの?」
なんだか煩わしく騒いでるやつらを無視して、光莉に問いかける。
「こいつらは?」
「わかりません。可能性はあると思いますが」
まあ、聞いてみるまではわからねえよな。
もちろん、そんな俺たちの会話の意味などわかるはずもなく、むしろ、都合よく解釈したようで。
「え? 可能性はあるの?」
「じゃあ、どっかカラオケでも」
「映画でもいいよ」
ここまで無視されててもわからねえのか、それとも、まだ相手にされてるとでも思ってんのか。あるいは、わかってても続けてる迷惑行為なのか。
「それには及びません。あなた方に興味はありませんし、私たちのほうからは、ただ一つだけ、聞きたいことがあるだけですので」
「あんたたち、誰かに頼まれてやってるの? そのへたくそな、定型どおりって感じのつまらないナンパ文句は、誰かに指示されてやってること?」
女子側は容赦なかった。
若干、男たちすら引いていた。
しかし、プライドでもあるのか、わりとすぐに持ち直し。
「なんだ、いきなり。男が来た途端に調子乗り始めやがって」
「このあばずれくそビッチが」
「舐めてんじゃねえぞ、このブスど――」
そこまで口にしたところで、そいつの喉元にギリギリで手刀を突き入れる。爪の先だけが掠ってるって感じか。
「言葉に気をつけろよ、おっさん。どの辺があばずれで、くそビッチで、不細工なのか、説明してみろ」
「つうか、そのブスをナンパしようとしてたおまえらはなんなんだよ。ブス専か?」
そう言ってやると、ナンパ男たちのこめかみがひくつく。
「おまえらこそなんなんだよ、荷物持ち? それとも、アシ代だけ出しにきてんのか?」
なんなのかって言われると……同居人とは言えねえよな。
「クラスメイトで、幼馴染だが?」
光莉とは幼馴染じゃねえけどな。
「幼馴染?」
「現実に存在すんのかよ」
「漫画とか小説の中だけの幻の存在じゃなかったのか」
幼馴染に幻想持ちすぎだろ。
家が隣り合ってるわけでもねえし、腐れ縁ってだけだぞ。
「そんなことより、こっちの質問に答えてもらおうか。それとも、答えたくなるようにしてやろうか?」
健太郎が血の気の早いことを言い出す。
一応、ここは店内だからな?? 健太郎の実力を疑ってるわけじゃなく、見咎められる可能性が高えってことだ。
「目に見える暴力は振るわねえから安心しろ」
「そうか」
問題にならねえならいいか。
そもそも、普通に話すとは思わねえしな。
「あんたたちねえ。人間には言葉があるのよ? たしかに、ボディーガードって言ってたけど、まずは、事情聴取から始めなさいよ。大人しく喋ってくれるなら、そっちのほうがいいでしょうが」
香澄が呆れた様子でため息をつく。
ボディーガードっつうか、この作戦の立案段階で、こういう展開になるのは、むしろ想定どおりなはずだが。
それから、男たちのほうへと向き直った香澄は。
「あんたたちの目的ってなに? 本当にナンパしようと思っただけってこと?」
鋭く睨みながら、続ける。
「あたしたちもね、いい加減、面倒だなって思ってるの。あんたたちにどんな渡世の義理があるのか知らないけど、それって、こんな女の子を犠牲にしてまで叶えなくちゃいけないものなの?」
香澄は光莉の肩を後ろから持ち、前へ突き出す。
いい加減もなにも、この件に香澄が付き合ってるのは今日が初めてで、それは連日尾行しているような相手にはわかっているだろうけど。
「あたしが聞いてるうちに話したほうがいいわよ? どうしても話させてくださいって言いたくなる前に」
ナンパ男たちは目を細め。
「はあ?」
「なんだそりゃ? 話さないとどうなるわけ? そっちの二人が俺たちの口を割らせる係なのか?」
その話は、ここじゃあできねえな。店側に迷惑が掛かり過ぎる。
「なあ。おまえらが口だけのチキン野郎じゃねえってんなら、大人しく、俺たちについて来てくれねえか? あんまり文明人っぽくはねえって怒られるんだけど、まあ、男ならこれだろ」
俺は拳を握って軽く男の胸を叩く。
「一応、拒否権はやるよ。その場合、絞め落して、警察に突き出すとか、貼り紙と一緒に放置して、世間様に裁いてもらうってことになるけど」
選択肢を提示すると、男たちは不敵に笑みを浮かべる。
「わかったわかった。着いてきゃいいんだろ」
「はあ。まったく、最近のやつらはおっかねえな」
その態度の豹変ぶりに、俺たちのほうが面食らう。
普通、こんな風に声かけられたら、自分たちのほうが分が悪いんだと理解しねえか?
そもそも、俺とか健太郎に勝てると思ってるんなら、こんなのは茶番だって付き合う意味もねえだろうし。
まあ、いいか。話しが早くて助かるのはこっちも同じだ。どんな思惑があるのかは知らねえけど、全部ぶっ潰すだけだな。
健太郎と目配せをすると、どうやら、健太郎のほうも同じ結論に至ったらしい。視界の端――つまり、背後では香澄がため息をつきそうな表情を浮かべてるけど。
仕方ねえだろ? そっちに任せて、文明人ぽく言葉で懐柔しようとしても、こいつらが口割らねえんだから。
とりあえず、ちっとばかし距離はあるけど、公園まで移動するか。それでも、神社のほうに行くよりは近え。
もし、こいつらに仲間がいるんなら、そいつらに連絡させる時間もいるだろうしな。
「じゃあ、存分にやり合える場所に行くか」
うちの近くになるってのは、ストーカーの手先かもしれねえこいつらを連れてくのに不安もあるが、高校はばれてるわけだし、高校からの最寄りの公園ってことでもあるからな。誤魔化しはどうとでもなるだろう。
「それからな。他にも仲間がいるってんなら、そいつらも呼んどけよ」
健太郎は軽い調子で口にする。
「なんだよ、詩信。どうせなら、全員一気に相手したほうが楽だろ?」
「いや、相手は少ねえほうが楽だろ」
もちろん、それで取りこぼしなく、本当に全員集められるってんなら、べつだけど。
けど、まだ相手の実力もわからねえんだぞ? もしかしたら、この間の件で、増員してるかもしれねえだろうが。
「なんだ、詩信。びびってんのか?」
「はあ? 違えよ」
誰がびびってるって?
「俺たちだけならいいけど、今は光莉と香澄が一緒にいるってことを忘れんなよ?」
万が一も起こさせねえつもりではあるけど、相手が馬鹿みてえな人数を揃えてたらどうするつもりだ?
「いや、ここまで挑発されて、女子を人質にしようなんて、屑みてえな考えにはならねえだろ? それに素人なんて十人、二十人集まったところで、数には入らねえよ」
健太郎はわざと聞こえるように言い放つ。
そんなくだらねえ挑発に乗るような……まあ、こっちを舐めてるんなら、乗るふりくらいはしてくれるかもしれねえし、口にするだけならタダだからな。
「マジで調子乗ってんな、おまえら」
「挑発してるってんなら、良い線いってるけどよ」
効果のほどはどうかわからねえけど、少なくとも、歩いている最中に光莉や香澄に手を出してこようって気配はなかった。




