告白に関するあれこれ 教員からの呼び出し 5
「しかし、そんなに単純に囮に引っかかるような相手か?」
そもそも、こっちから探す必要はねえんじゃねえか?
これで黒幕が諦めてくれるなら良し、諦めねえで向かってくるようなら、今度こそとっ捕まえて背後関係を吐かせれば良し。
「……引っかかるのかどうかはわかりませんけれど、もし、引っかかってくれたら、それで済む話ですから」
やるだけのことはやりてえってことか?
まあ、光莉がそれで安心できるっていうんなら、やればいいと思うけど。
「けど、それはそれで、今度は俺のほうがストーカーとかって通報されるんじゃねえのか?」
どうするつもりかは知らねえけど、俺の役目は護衛ってところだろ?
この間の件もあるし、俺がいるところに真っ向から挑んでくるような真似はしねえと思う。もし、そんなことになるなら、それは相手が余程腕に自信があるってことで、即通報案件だ。
「なにを言っているんですか? 仲良さそうにしていれば、通報されたりしませんよ」
「光莉こそなに言ってんだ?」
なんか、話が食い違ってんな。
「私は、詩信くんと一緒に仲良くしているようなところを見せつければ、また、向こうから出向いて来てくれるのではないかという話をしていたつもりですけれど」
「そうなのか? 俺はてっきり、香澄か誰かに頼むんじゃねえかと思ってたけど」
もちろん、香澄を巻き込みたくはねえけど、囮役の務まりそうな、頼めそうな相手なんて他に思いつかねえし。
まあ、姉貴って手はあるけど、時間とかを考えると、確実に空いている日のわかっている香澄のほうが、調整しやすいんじゃねえかと思うんだが。
「つうか、光莉は囮の意味わかってるか? 俺が一緒で襲ってくるようなやつはいねえだろ。知らねえやつならともかく、今回誘き出そうってのは、この前ぶっ飛ばしたやつらの後ろにいるやつなんだからな?」
俺は、自分が一番強いとか、そんな風に自惚れてるわけじゃねえけど、そのへんのやつら、とくに、この前襲ってきた程度の練度のやつらには負けねええっつう、自信、いや、プライドか? そんなもんはある。
「だからこそです。この前、詩信くんにやられたのなら、その詩信くんをどうにかしたいと思うのではありませんか?」
「数日程度で埋まる差じゃねえと思うけどな」
一日で一年分の修行ができるとかって部屋が実在してるわけでもねえし。
ともあれ、これは光莉の問題だ。それで、光莉が安心できるってんなら、付き合うくらいはするけどな。
「ともかく、香澄まで誘うってんなら、早めにしとけよ。バスケ部の決まった休みは、月曜しかねえみたいだからな」
つまり、今日を逃すと一週間は待ったほうが良いことになる。土日とかは知らねえけど。
「はい。香澄さんが登校してきたらお願いしてみます」
普段の香澄の登校時刻を考えると、もうすぐってところだとは思うが。
案の定、俺たちが教室に戻るのとほとんど同時くらいに香澄は登校してきていて、教室に入ろうとしているところが、階段から確認できた。
「香澄さん」
光莉が声をかけると、香澄は少しばかり驚いているような顔を見せ。
「あれ? 光莉? それに、詩信もなんでそっちから来るの? 荷物も持ってないし」
荷物を持ってねえってのは、まさか、鞄丸ごと忘れてきたから、なんてことには思われたりしねえだろう。
日直でもねえ、部活に入ってるわけでもねえのに、登校してきて教室から出てるってのは、あんまりねえ光景だからな。
「その件で、少しお話したいことがあるのですが」
光莉が告げると、香澄の視線が俺を捉える。
なんの話? と言っているのは、明白だ。
「教室じゃあできない感じ?」
「まあ、どうだろうな。しねえほうがいいんじゃねえかとは思うけど」
いまさら、俺たちの会話にわざわざ聞き耳を立ててるようなやつもいねえとは思うけど、一応な。
「ふーん。ちょっと待ってて」
香澄はすぐに鞄を置いて出てくる。
「あっち行こっか」
昇降口から近い階段の他に、廊下の反対側にも、階段はある。
とはいえ、一年の下駄箱の位置を考えると、わざわざそっちの階段を使ってここまで上ってくる生徒はいねえだろう。
二年や三年なら使うかもしれねえけど、その場合、俺たちのいる階までは上がってくることはねえからな。
その階段の踊り場で。
「それで、話ってなに?」
「その、怒らないで聞いてほしいんですけど」
光莉が遠慮がちに口にすれば。
「あたしに怒られるようなことしたの?」
香澄の視線が鋭く俺に向けられる。
あんたがいながらなにしてたの? みたいに睨んでるけど、光莉に手を出させたりはしてねえからな? それに、俺にその気はまったくなくても、相手のほうから向かってくるんだから、それなりにはやり合うしかねえだろ?
「……まあいいわ。光莉の話を聞いてから考える」
そうしてくれると俺も助かる。
「えっと、香澄さん、その、今日は部活お休みでしたよね?」
「え? うん、それはそうだけど、これ、なんの話?」
おそらく、この前の話の続きをされるのだろうとか、物騒な話を考えていたらしい香澄が目を瞬く。
「それで、もしよろしければ、一緒にお出かけしてほしいんです」
「遊びに行きたいってこと? それは全然かまわないけど、どうしたの、こんなにあらたまって?」
まあ、普通に誘えばいいだけだからな。
わざわざ、人のいない場所で、内緒話みたいにする必要はねえ。
「先週末にも襲ってきたやつらがいて、まあ、そいつらは撃退したんだが、結局、背後関係はわからなくてな。本当は警察にでも突き出してやれば良かったんだが」
「……つまり、詩信と一緒にいると相手をおびき出せないから、あたしに光莉と一緒に囮になって欲しいってわけね。光莉一人よりは安心だし」
さすがに幼馴染っつうか、付き合いが長いっつうか、こっちの言いたいことをすぐに理解してくれるのは助かるんだが。
「すまん。これが賄賂だ」
買ってきていた缶ジュースを手渡す。
「べつに、詩信と光莉の頼みだし、そんな、賄賂とかはいらないけどさ。まあ、うん、こうして話してくれたからいいよ。この前みたいに事後報告じゃなくて、頼ってくれたのは嬉しい」
香澄は光莉の手を握り。
「光莉のほうから遊びに行こうなんて誘ってくれたのも初めてだよね。まあ、あたしのほうが予定が合わなかったってのもあるけどさ」
「すみません。お手を煩わせるような真似を」
光莉が謝ると、香澄は半眼になって――それから、光莉の頬を伸ばす。
「そんなことを言うのはこの口かー。おお、なんか凄い柔らかいし、すごくよく伸びるんだけど」
「ひゃひゅみ――香澄さん、いきなりなにするんですか」
香澄の指から逃れた光莉は、頬をさするように揉みながら、笑顔の香澄を睨む。
「どうして、詩信くんも、香澄さんも、私の頬を引っ張るんですか?」
「え? 詩信もやってたの?」
なんか、変質者を見るように香澄が顔を向けてくるが。
「いや、おまえがやったのと大して変わらねえからな? 自分は良くて俺には怒るって、判定厳しすぎねえか?」
「あたしたちは女同士じゃん。あんたたち武術家って、戦ってる間はジェンダーフリーみたいな価値観だけど、それって、女の子の頬っぺたを無遠慮に弄んでいいってことにはならないからね? セクハラだよ?」
べつに、試合と混同したりはしてねえよ。まあ、セクハラだって言うんなら、今後は気をつけるけど。
ひとしきり、光莉の柔らかさを堪能して満足したのか、香澄は今度は光莉の肩に手を置いて。
「そのくらい、べつに普通に話してくれていいよ。友達でしょ?」
「ありがとうございます、香澄さん。よろしくお願いします」
頷いた香澄は、俺のほうにも視線を向けるので。
「わかってるよ。対応は任せてくれ」
俺が失敗してちゃあ、意味ねえからな。




