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告白に関するあれこれ 護身のための心得

 ◇ ◇ ◇



 予想どおり、光莉が付いてきたことによる男弟子の興奮ぶりは凄まじいものだったが、女弟子のほうでうまく、というより、そちらのほうも光莉にかなり友好的っつうか、相当好意的な様子だったので、目立った問題は起きなかった。

 まあ、一応、心身を鍛えるって名目で修行、鍛練に来ているわけだからな。

 光莉は、少しは一緒にやっていないかと誘われたりしていたが、断っていた。

 

「それで、どうだった?」


 帰り道に尋ねてみる。

 あんなこと、見ていてなにか面白い要素があったとは思えねえんだけどな。

 たとえば、大晦日なんかにやっているような、格闘技の番組だって、男ならともかく、そういうことに興味のねえ女子が――女子のことなんてわからねえけど――みていて面白いものとは思えねえ。少なくとも、姉貴がそういった番組を真面目に見ているということは、今までになかった。

 自分でやるんなら面白いだろうけど、今日俺たちがやっていたのは、試合とかじゃなく――組手はあったが――ただの鍛練だ。

 派手な動きも特になく、地味な基礎の反復練習と筋トレだけ。普通の女子が、いや、男子であっても、見ていて面白い内容とはとても思えねえ。

 試合なら見て面白いのかどうかは知らねえけど。


「やはり、こういったことは、見ているだけでは参考になりませんね。少しではありましたけど、詩信くんに教えてもらっていた時間のほうがよっぽど濃密でした」


「いや、あれは全然濃密じゃねえだろ」


 むしろ、淡白だっただろう。

 なにか技を教えられたわけでも、体捌き、動かし方を教えたわけでもねえ。

 ただ、対処法を少し話したってだけだ。正直、教えたっていうのもおこがましい話だと思うぞ。


「講義の内容の濃淡は、教える側ではなくて受け取る側が感じるものです。ようするに、自分に足りないもの、欲していたことをどれだけ埋められたのかということが重要なんです。その点に関して言えば、私は武術においてまったくのド素人でしたから、詩信くんに教えてもらったことでも、十分過ぎるほどのことでした。一を十にするより、ゼロを一にするほうが、よっぽど大変なんですよ?」


「……まあ、光莉が良かったってんならいいんだけど」


 いずれにせよ、問題なのは意識だ。

 光莉は十分と感じているのかもしれねえけど、それは、相手に対して――それが、この間の相手程度であっても――有利をつけられるなんて類のものじゃねえ。

 実戦で相手に対して使えるようになるには、せめて、もうすこしは鍛錬を続ける必要がある。

 光莉は運動神経と勘は良いように見えたし、もうすこし続ければ、少しは形にできるだろう。


「じゃあ、今日もよろしくお願いしますね」


「は?」


 なんのことだ?

 

「もちろん、護身術の話です。詩信くんは心配する必要はないと言うかもしれませんけれど、私は、自分自身を守る術は必要だと感じていますから」


 光莉が襲われたのは、まだひと月も立ってねえ間の話だ。 

 いや、それは経過した期間の話じゃねえんだろう。

 まあ、光莉には家庭教師の恩もあるし、礼もある。教えること自体は、やぶさかじゃねえとは思っている。


「わかったよ。簡単なものしか教えられねえけど」


 そもそも、一朝一夕に身につくようなもんでもねえ。

 とはいえ、形にするだけなら、数日――光莉のセンスにもよるけど――あれば十分だろう。あとは、本人のやる気次第だな。

 帰宅して、俺が簡単にシャワーで汗を流してから、それほど広くはねえけど、ベランダにでる。道路でやるには、まだ危ねえけど、一応、屋外だってことを意識できる場所が良いだろう。

 洗濯物なんかを取り込んで、物干しやらを一旦端のほうに避けてスペースを作り。

 

「前に俺の言ったことは忘れてねえんだよな?」


「はい。一番なのは、関わらないことと逃げること、ですよね」


 わかってるならいい。

 無謀なことをしないってんならな。


「ああ。それから躊躇もしねえってことだ」


 どうあがいても、武術ってのは、相手にダメージを負わせる。

 技術とか筋力なんかが、圧倒的に上回っていれば、傷つけることなく制圧するってこともできるかもしれねえけど、当分は無理だ。

 もちろん、相手を傷つける前提で使うってのは違うけど、いざという際に躊躇うようじゃあ、意味がねえ。そういう意味では、精神面も重要だろうな。


「たとえば、そうだな。俺のほうに腕を突き出してくれるか?」


「えっと、こうですか?」


 突き出すっていっても、そういう格好を取らせるだけだ。

 それを、俺は足捌きだけで避けて、回り込んで見せる。


「これは突きに対してだけじゃねえ。大抵の場合、相手は、まあ、殴りかかるか、掴もうとしてくるからな。それを躱して、側面、背面に回り込む技術だ」


 延々と避け続けられるのであれば、こちらから攻撃する必要はねえ。

 というより、余程の相手でなけりゃあ、つまり、この間の相手程度であれば、攻撃を避けるのは容易い。

 技術と言ったのは、鍛錬次第で、誰にでも身につけられるものだからだ。

 

「それで、今、足捌きが重要だって言ったが、ようするに、回り込んだときに、即座に相手を技にかける態勢に移行できてることが重要なんだ。時間をかけるってことは、それだけ相手にも対応する時間を与えちまうってことだからな」


 それだと、たとえ攻撃を躱せたところで意味はねえ。


「光莉。相手の攻撃を防御、躱した後には、その相手を攻撃する必要があるわけだが、その覚悟はあるか?」


 俺は、光莉の青い瞳を真っ直ぐ見つめる。

 防御だけで済ませられるならそれでいい。相手が諦めてくれるまで粘るってんならな。

 けど、試合ならそれでは決着はつかねえし、下手すれば、負けになる。実際の、この前みたいな絡まれ方のときだって、一人を相手にしている間にもう一人に掛かってこられたら、所詮はまだ素人以前である光莉には対応できねえだろう。 

 普通は、防御に回っているほうが、攻撃しているやつより、体力の消耗も激しくなるってもんだ。

 

「攻撃するってことは、相手を怪我させるかもしれねえってことだ。とくに、光莉が武術を必要とするシチュエーションってのは、この前みたいな絡まれ方をした場合、つまり、屋外がメインだろ?」


 その場合、大抵は下がアスファルトだからな。死ぬってのはよっぽどだとしても、怪我くらいはさせることになるだろう。そのくらいには思っていたほうがいい。


「その覚悟はあるか?」


 俺は再度、光莉に問いかける。

 その覚悟ができないんなら、つまり、直前になって躊躇うようなら、意味はねえ。普通は絡んできた相手が悪い、自分の身を護るためなら仕方ねえってことにしてくれるだろうが、それでも、勇気と覚悟は必要だ。

 中途半端になるくらいなら、最初から大声出して助けを呼ぶとか、どうにか間を潜って逃げ出す技術とか、そういうのを学んだほうがいい。

 

「はい」


 光莉は迷ったりしなかった。

 結構、真面目に脅したつもりなんだけどな。

 しかし、俺を真っ直ぐに見つめてくる光莉の青い瞳には、曇りは見られねえ。


「そうか。そんなら、最初は俺が技を仕掛けるから、それを体感してもらう」


 こういうことは、言葉で説明するよりも、実際に慣らせるほうが手っ取り早い。つうか、言葉で言われても良くわからねえだろうし、俺も説明するのが難しい。

 

「さっきと同じように突いてこい。ただし、今度は俺は避けるだけじゃなく、そのまま倒す。ゆっくりもやらねえ。ああ、突くのが難しいとか、よくわからねえってんなら、俺のことを触ろうとしてきてくれればそれでいいぞ」


「わかりました」


 俺はまだ修行中の身ではあるけど、だからこそ、半端な教えでは済ませられねえ。

 

「行きます」


 光莉が、鬼ごっこなんかの要領で俺を捕まえようとしてくるのを、最初は回避に専念する。


 

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