告白に関するあれこれ 最初の襲撃 3
「おいおい、冗談じゃ済まねえぞこれ」
「ただのガキじゃねえな」
へえ。
年下相手に軽くあしらわれて、もっと感情的になって突っ込んでくるかと思ったけど、ただの馬鹿じゃねえな。
得物は……出さねえ。持ってねえのか、それとも持ってるけど出さねえのか。
いずれにしても、それなりにはプライドのあるやつらだってことだ。つまり、実力も。
「なあ。あんたら三宮ってやつに雇われたか、頼まれたかしたんじゃねえのか?」
こう尋ねられることは想定内だったのか、相手は眉一つ動かさねえ。
「わかってんのか知らねえけど、そいつのやってることは、振られた腹いせにその相手を痛めつけてやろうっていう、根性のひん曲がってることだぞ」
そもそも、告白すらしてねえ――その前に封殺されただけだ――んだけどな。
俺はそんな風に誰かを好きになったり、彼女にしてえとか思ったことはねえから、あんまり偉そうなことは言えねえけどよ。
「振られたからって、その相手を襲わせて、暴力で支配下に置こうってのは違うんじゃねえのか? 男なら、すっぱり諦めて相手の迷惑にはならねえようにするとか、今度は頷いて貰えるように自分を磨いてから出直すとかよ」
暴行の幇助だって、罪にはなるんじゃねえのか?
狙いは光莉じゃなく俺だったみてえだけど、仮に、不意打ちでもなんでも、俺を倒すことができたとして、それでその後、どうするつもりだったんだよ。
「なに言ってんだ、てめえ」
「三宮なんざ知るかバーカ。偉そうに説教垂れてんじゃねえぞ」
べつに説教のつもりなんてこれっぽちもなかったけど、そう思うのは、心に疚しい気持ちがある証拠じゃねえのか?
「その上から目線が気に喰わ――」
「だったら、一対一で、正々堂々かかってこいよ」
襲われたからそれに抵抗してってことじゃねえ。そっちから襲おうと決めたことだろうが。
俺が気に喰わねえってんなら、相手してやるからよ。初対面のやつにいきなり気に喰わねえとか言われても、こっちも意味不明だけどな。
「うるせえ、てめえのその態度がむかつくんだよ」
男はズボンの後ろのポケットに手を入れて、十徳ナイフを取り出す。
「土下座し――」
「てめえ、そいつを使うってことだな?」
素手じゃあ俺に勝てねえって、認めるんだな?
「そんなら、俺も手加減はできねえな」
肩にかけていた鞄を降ろし、ブレザーを脱ぎ捨て、第二ボタンと袖口のボタンを開ける。
さすがに刃物まで持ち出されるとな。鞄とか、教科書ノートに傷ついても困る。
それでもまあ、多少は突っ張るけど、シャツまで脱ぎ捨てるのはまずいからな。時間もかかるし、隙を晒す。
「早くしろよ。この後も予定があんだからよ」
ナイフまで出した相手に、正当防衛もくそもねえよな?
「はあ? おまえこれが――」
来ねえなら、こっちから行くか。
とはいえ、相手の力量がわからねえ以上、無暗に近づくのは得策じゃねえ。素手はともかく、武器に関しては修練をしているかもしれねえしな。
限りなく、その可能性は低いとしても、万が一、光莉に危害が及ぶようにはしたくねえ。
呼吸を整え、正面に構える。
とりあえず、手にした凶器にビビってる様子はねえ。武術的には素人に毛が生えた程度だろうが、暴力振るうこと自体は初めてってわけじゃあなさそうだな。
次の瞬間、地面を蹴った。
一歩で相手との間合いを詰める。
「は?」
まさか距離を詰めてくるとは思わなかったのか、間抜け面を晒している相手の右手首――得物を持っているほうの手首を上から掴んで押さえつける。
「てめえ、なにす」
舌噛んでも知らねえぞ。
そんな警告なんてするはずもなく、俺は歯を食いしばり、頭突きをかます。
もろに食らった相手の手が緩んだ隙に、握っていたナイフを奪い取り、急所――に一撃は勘弁してやって、前蹴りで弾き飛ばす。
「喧嘩にナイフなんざ持ち出してんじゃねえ」
学生相手に殺し合い挑むってんなら、そっちのほうが問題だしな。
とりあえず、そのナイフは折りたたんで、ポケットにしまっておく。後で警察に提出する必要もあるかもしれねえからな。
最近警察の世話になりすぎじゃねえか?
「なにしてくれてんだ、てめえ」
もう一人、残っているほうが叫ぶが。
「は? 黙ってナイフにぶっ刺されろってのか? それ、おまえなら甘んじて受け入れんのか? マゾかよ」
痛いのが好きとか、そんな趣味はねえぞ、俺には。
いや、鍛練では肉体をいじめているけれども。
「もうそいつ連れて帰れ、おまえは」
「は、はあ? なに言って」
しかし、そいつの瞳が逡巡するように泳ぐのを見逃したりはしねえ。
「まだ俺もこいつも、それから周りのやつらも、誰か怪我させられたとかってわけじゃねえからよ。依頼主教えるってんなら、そのまま解放してやるって言ってんだ。それとも、とりあえず、骨折でもしとくか?」
そんなつもりはまったくねえ。面倒なだけだしな。正当防衛も主張できるだろうけど、医療費だとかって請求されても困るからな。
けど、今まさに目の前の光景を眺めているだけで、そこに飛び込んでこれなかったやつには、それなりの脅しにはなんだろ。
「……てねえぞ」
なにか吐き捨てたそいつは、相方を肩に担いで退散していく。
ナイフを返し忘れたけど、警察に持ってくのもだるいし、どうすっかな。とりあえず袋に入れといて、今度捨てるか。
「で? おまえはなにしてんだよ、光莉」
埃を払って振り向けば、光莉はスマホを構えていた。
「一応、後々面倒になったときのために、証拠を保全しておこうかと思いまして。学校側になにか言われても、詩信くんの正当防衛を認めさせる一助になるかもしれませんし」
いや、俺がやられたらとか考えなかったのか?
多分、あいつらよりは光莉の足のほうが早かっただろうから、いつでも逃げられるように、手に荷物なんか持ってる場合じゃなかったと思うが。
「詩信くんがやられたらなんて全然、考えてもいませんでした。というより、詩信くんがやられるような相手から、私が一人で逃げ切ることができるとでも?」
「逃げ切るのに必要なのは、足の速さと持久力だからな。光莉でもなんとかなったんじゃねえのか?」
鞄持ったままだったら怪しいか?
いや、その場合は鞄なんて捨て置けって感じだしな。
「それに、詩信くんが負けるはずはないって信じていましたから」
「俺に巻き込まれて危険な目に遭ってるってのに、逃げねえってのか?」
それは、もしも――もちろん、そんな事態にはさせねえつもりではいるけど――の事態になったとき、俺が後悔するだろうってことは考えねえのか?
「そもそも、元を辿れば、私が原因の出来事に詩信くんを巻き込んでしまっているようなものですから、その理屈で言うなら、詩信くんこそ、私のことなんて構わずにいるべきではないんですか?」
本当に、ああ言えばこう言うやつだな。
しかし、口じゃあ光莉に敵わねえことはわかっているので、無駄に時間をかけたりはしねえ。
「今に始まった話でもありませんから」
まあ、たしかに、この前も襲われて、つうか、今よりもっとやべえ状況に追い込まれていたわけだが。
しかし、こうもあっさり口にするような状況じゃあねえと思うけどな。
害意に慣れすぎっつうか、心配になる。
「だから、しのびゅ、ひゃう」
おお、なんつうか、この頬、滅茶苦茶やわらけえな。しかも、よく伸びる。
小太り爺さん、じゃなかった、瘤取り爺さんみたいになるんじゃねえのか?
なんて考えていると、手が払われる。
「いきなりなにするんですか」
「いや、なんか面倒くさいことを言いそうな口を封じてみた」
しかし、ひゃうってなんだよ。
よし、帰るか。
「なに笑っているんですか、謝ってください」
後ろから光莉の抗議の声が聞こえてきたが、俺は無視した。




