告白に関するあれこれ 最初の襲撃 2
「三宮先輩とのことで、光莉がちょっかいかけられそうになったらしっかり守ってあげてって言ったじゃない」
そこまで言われてたか?
だいたい、気をつけろとか言われても、そもそも、なにに気をつけたらいいのかもわからねえ。
迷惑防止条例だとか、つき纏いだとかって言われても、俺はそこまで詳しくねえからな。
「いや、俺になにかできたってのかよ」
光莉が断った時点で、普通は終わるはずなんだが、それでもしつこく現れる様子を見るに、俺程度がなにを言ったって、あの先輩はへこたれたりしねえと思うぞ。
「そんなの、えっと、そう、光莉の頭を胸に抱きよせて、慈しむような目で、優しく髪を撫でてあげれば一発よ」
そりゃあそうだろうが、そんなこと、できるわけねえだろ。
「なんでよ。ついでに、こいつは俺のものだから、とかなんとかって、キスの一つでも」
「香澄」
「香澄さん」
俺と光莉の声が重なり。
「おまえ、楽しくなってきてるだけだろ?」
「そ、そんなことにゃいわよ」
噛んでるじゃねえか。
瞳も彷徨ってるしよ。
「すぐばれる嘘をつくんじゃねえ。人のこと、玩具にしようとしやがって」
なんでじゃねえんだよ。
「そういう香澄は、そんなのこと、他人にできるのかよ?」
「できるわけないでしょ」
さっぱり言いやがって。
「でも、詩信と光莉は他人じゃなくて、家族なんでしょ?」
「家族だったら、余計にできねえだろうが」
物理的に近づけないようにするってんならあれなんだけど、それを実際に(現実に)やっちまうと、警察沙汰とか、謹慎、退学処分になりかねねえんだよなあ。それは最終手段にしておきてえ。
「手段に入れるんだ……」
香澄が呆れたような表情を浮かべている。
俺だって、極力、そんな手段を取りたくはねえよ。けど、あっちが手を出してきたら、抵抗するしかねえだろ?
それに、いざやるとなったら、そんなに手加減できるような相手じゃあなさそうだしな。
「そんなにか? 詩信」
健太郎が真面目な表情を見せる。
「ああ。この前のやつらみてえに素人ってわけじゃあなさそうだったな」
もちろん、俺は一度手を掴んだだけだし、その感覚でしかねえから、精度はそこまでだとは思っているけど。
けど、あの瞬間の緊張、力のかかり方、繰り出そうとしてきた駆け引き……とか、まあ、それなりにはできるやつだとは感じたな。
「へえ。ただのチャラ男じゃあないってことか」
「チャラ男って、健太郎、おまえなあ……」
仮にも、武術の道に身を置く者が、外見だけで相手の強さを判断してんじゃねえよ。
たしかに、道場の連中と比べると、外見がはっちゃけてる感は否めねえけど。
「たしか、どこぞのグループの御曹司的な立ち位置にいるやつなんだろ? よくあるパターンだと、実家に圧力かけてくる、とかって展開になるんじゃねえのか?」
「たかだか告白して振られた、邪魔された腹いせに、そこまでするか?」
口で敵わなかったからって、今度は金に物を言わせて女をものにしようってか? 親の会社の仕事を止められたくなかったら、自分と結婚しろって? それはいくらなんでもクズすぎねえか?
いや、クズっていうか、男として越えちゃならねえ一線だろ、そこは。
「詩信くん……」
「心配すんな、光莉。そんな、男の風上にも置けねえようなやつなら、どんな手段を取ってでも、必ずぶっ飛ばしてやるから」
そして、そんなやつと付き合うことはねえ。
絶対、不幸になるだけだろうから。
まあ、一度相対した感じじゃあ、そこまでクズって感じじゃあなさそうだったけどな。
「どんな風に見えても、頭の中ではどんな考えを持っているのかなんてわかりませんから」
光莉のつぶやきには、妙な実感が込められているようだった。
もしかして、それが光莉の核心部分に近い話なのか? うちに来ることになった。もしかしたら、全然勘違いかもしれねえけど、なんとなくそう思った。
「とりあえず、光莉は俺から離れねえようにしとけよ」
手の届くところにいるなら、大抵の脅威には対応できるだろう。というより、手の届かないところに行かれちゃ、咄嗟の際に守れねえってことだ。
この間はかなりギリギリだった。
教師とかの目もあるし、体裁もあるだろうから、学内に限れば、襲われる心配ってのはなさそうだけどな。
「べつに、光莉が自衛できるの範囲でのことなら、それでいいんだけどな。後になってから、やべえ、いねえ、ってことにはしないでくれって話だ」
一応、光莉はうちに居候してるし、実家が突き止められて迷惑が及ぶってことは、普通はなさそうに思えるけど。
一番なのは、この間の件だけでさっぱり諦めていてくれることってのは違いねえ話だ。
「よおぅ、お嬢さん。ちょっと付き合ってくれねえか」
まあ、そんなに簡単に終わるとは思ってなかったけどな。
下校途中、俺と光莉が歩いていると、どこからか、ガラの悪そうな連中が二人、絡んできた。
もちろん、これがただのナンパって可能性もあるけど、どうも、さっきの話と繋げて、三宮花菱との繋がりを疑ってかかっちまうな。
「知らない人にはついていってはいけないと言われていますから」
光莉は毅然とした様子で言い切る。
「そんなにお時間はとらせませんから」
「お茶一杯飲むだけの間ですよ。もちろん、驕りますんで」
顔がやべえんだよ。
どう考えても、女子を茶に誘おうって表情じゃねえぞ。あえて、近いところを上げるなら、ヤクザの取り立てか? 実際の現場に立ち会ったことがあるわけじゃねえから、なんとも言えねえけど。
「おっさん、歳考えろよ。女子高生に声かけていい年齢じゃねえだろ」
声をかけるのに年齢とかは、本来、関係ねえけど。
「おまえは引っ込んどらんかい」
「潰されたいんか?」
それは、今まさにナンパしたやつの隣を歩いているやつに向かってかけて良い言葉なのか?
よしんば、それでそいつが離れていったとして、そんな風に脅して知り合いを遠ざけたやつに、ついていきたがる人間がいるとでも?
もちろん、俺はその程度で臆して譲ったりはしねえけど。
「よし、光莉。警察に連絡だ。ストーカーがいるってな」
冗談で言ったつもりはねえ。
行動の自由を阻害してくる相手に対して、こっちも公権力に頼ろうと考えただけだ。
「舐めてんな、こら」
俺たちからみて左――光莉の正面に立っていた男が、ポケットへと手を向けた光莉に対して、手掴みかかろうと、少なくとも、右手を伸ばしてはくる。
俺は左手を横に出してそれを遮り、受け止める。
「正当防衛の範疇ってのがどこからかは知らねえけど、まあ、これで成立しないってんなら、法のほうが間違ってるてことだな」
少なくとも、先に手は出させた。
「なにす――」
俺は掴んだままの左手で、引っ張り込むように、男の身体を回す。
それから、肩のあたりを軽く押してやれば、もともと、こちらに重心のかかってきていた相手は、俺の作り出した運動にそのまま乗っかる形で動き、隣の男と正面から激突させられる。
「は? おい」
「ちょ、邪魔」
俺がぶつかった奴らの背中を軽く押してやれば、バランスを崩したまま、一方がもう一方を押し倒すような形で二人とも歩道に倒れ込んだ。
こっちに殴りかかってきた勢いそのままに倒れ込んだだけだから、自業自得だろう。
「おう。学生相手に二人がかりで挑んできて、無様に尻もち着いたわけだが、まだ続けるか?」
周りから見ても、ほとんど通りすがりはいなかったけど、俺が手を出したようには見えなかったことだろう。
傍から見れば、突っ込んできたやつが急に方向を変えて、仲間同士で倒れ込んだって風にしか映らなかったはずだ。
 




