告白に関するあれこれ 最初の襲撃
◇ ◇ ◇
俺と光莉は、榛名家と星海高校の位置関係上、大抵はクラスに一番乗りだ。
本来であれば、香澄のほうが距離的には近えはずだけど、家族の出勤、登校時間なんかに合わせると、俺たちの時間のほうが早くなるようだ。
もちろん、朝、ぎりぎりまでゆっくりしてるとかならべつだけど、俺が早朝に走り込みをしているんで、自然、俺と光莉の、つまり、うちの家族の朝食の時間も早くなるんだよな。
そんなわけで、俺たちより先に登校している生徒は、おそらく星海高校全体で見てもほとんどいねえはずだが。
「待っていたよ」
その日は、登校してきた昇降口のところに先客が待っていた。
周囲に他に人がいれば、俺たちに声をかけられたってわけじゃねえだろうと無視することもできたんだが、さすがに周りに誰もいない状況では無視はできなかったらしい。
俺はべつにそれでも無視してかまわねえと思うんだが、光莉はここで決着をつけておくほうが今後絡まれずに済んで良いだろうと判断した、のかもしれねえ。
「私になにか御用でしょうか」
溜息こそつかなかったものの、光莉は事務的な口調で答えた。
相手が相手だしな。
「ああ。きみに話があって待っていたんだ。神岡さん、僕と――」
「すみません。そのお話しでしたら、先日、お断りさせていただいたと思いますが」
話を最後まで聞くこともなく、光莉は断りを告げる。聞かなくても、内容は予想できたからな。
「どうしてなのか、理由を聞かせてもらってもいいかな? 後悔はさせないつもりだけど」
三宮花菱は、いったん、俺に視線を向け。
「俺は彼女に用があるんだ。悪いが、きみは外していてもらおうか」
この先輩の話は、光莉じゃなくても、聞かずともわかる。
おそらく、即座に光莉に害が及ぼされるってことはねえだろう。しかし。
「悪いが、いきなり人の肩に手を伸ばすようなやつに、光莉を預けることはできねえな。俺は、こいつの家族から、側にいてくれって頼まれてるんでな。それとも、俺がいちゃまずいことでもあんのか?」
一応、母さんや姉貴も、光莉の家族であることには違いねえ。
そこまで言ってから、そういえば、目の前の男はたしか上級生だって言ってた気がするな、と思い出す。
まあ、いまさらだし、気にしても仕方ねえか。言い直しても、結局言いたいことは変わらねえ。
三宮花菱は、整った顔をわずかに不快げに歪め。
「きみには感性というものがないのか? こういう場合、普通は席を外すものだろう」
たしかに、普通、告白の現場に他人がわざわざ居合わせるってのは、邪魔以外の何物でもねえが。
「……光莉、先に行っとくから」
あの時には俺がいたから、みたいな理由でこの先も光莉が付き纏われることにでもなったら迷惑だろう。
それに、この前の遭遇は、きちんと告白されたわけでもねえし、もしかしたら、告白じゃなく、部活への勧誘とか、別の用事って可能性もゼロじゃねえ。直前の台詞からある程度の予想はできるとしてもだ。
光莉の交友関係にまで口出すつもりはねえ。もちろん、それを光莉が受け入れているのなら、だけど。
一方的な関係を交友って呼ぶのかどうかは別にしてもな。
「詩信くん」
三階に到達しようかってところで、後ろから声が掛けられ、足早に上って来たらしい光莉が追い付いてきた。
「もう済んだのか?」
「はい。お付き合いのお誘いだったのですが、お断りしてきました」
ちらりとそちらを向けば、同じように俺の反応を窺うように見上げてきた光莉と視線がぶつかったので。
「そうか」
良かったのか、とか、うちに遠慮する必要はねえんだぞ、とか、余計なことは口にしなかった。そっちのほうがいいように感じたからだ。
「どうかしたのか?」
ただ、俺から言うことは他になかったけど、光莉はなにか言いたそうだった。
「いえ。なんでもありません」
しかし、光莉はそうとだけ口にして、黙って俺の隣を歩く。
理由とか、聞いたりしたほうが良かったのか?
けど、まあ、あいつの態度に思うところがまったくねえわけじゃねえけど、告白ってのは、それなりに覚悟とか、決心とか、勇気を出して臨むもんだろ? あの態度が勇気を出してとか、そんな感じじゃなかったってのはおいといて。他人の内心なんてわからねえもんだしな。
それを、第三者が勝手にのぞき見でもねえけど、横から口出しするようなもんじゃあねえはずだ。それは野暮ってもんだ。
この間のは、告白云々じゃなく、いきなり相手に手をかけようとした、あいつの態度が問題だったわけだからな。
それに、あんな風に一度断られてもめげずに向かってくるところには、なかなかの根性を感じる。行き過ぎると、ストーカーになるけどな。実際のところは、光莉の態度が変わらねえから、推測するしかねえけど。
今回のは、堂々と、正面から待ち受けて、一対一で真っ直ぐにぶつかってきたわけだし。
まあ、個人的にどう感じたかってのは、別の話だ。
「……詩信くんはどっちの味方なんですか?」
「どっちの味方とかあるかよ。そもそも、この件に味方も敵もねえだろ」
今後も延々と続くようならあれだけど、そうなったら今度は教師にでも相談すればいいことだしな。
「……なんで拗ねてんだよ」
「べつに拗ねてなんていません」
いや、拗ねてるだろうが。返答が早すぎるんだよ。
「あんまりしつこくて危害が加えられそうになったら、俺がなんとかしてやるから」
今のところ、俺にできるのはそんくらいしかねえ。
この前みたいに、手を出されそうになったってんなら、それを払いのけるくらいはできるけど、かけられる声に対して俺のできることはねえからな。
「……詩信くんにもできることはあります」
「まあ、光莉が言うなら力にならねえこともねえけど」
はっきりいって、武術以外で俺が光莉の力になれそうなことは、思いつかねえ。今回のことなら、伸ばされた手をとって投げるとかな。さすがに、今の段階じゃあ、やりすぎだろうが。
勉強も、料理も、まあ、光莉が別のことをしている間に掃除するとかならできそうだけど。
「そうではなくて、その」
「なんだよ?」
光莉は言葉を濁す。
言いたいことがあるなら、聞いてやりてえとは思うけど――。
「おはよっ! 光莉、いる?」
しかし、光莉が次の言葉を紡ぐ前に、香澄がやけに元気に教室へ入ってきた。
いや、元気っつうか、興奮した様子でってほうが正しいか。
普段の登校時刻よりは早いようだけど。
「あっ、光莉! 下で三宮先輩が――あっ、なんだ、詩信も一緒にいたのかあ」
なんだとは挨拶だな。朝一でそれかよ。
「俺が一緒で悪かったな」
基本的に光莉と俺が一緒に登校してるのは仕方ねえだろ。
この前の件がなくても、下校はともかく、登校時間は揃うもんだ。
「あれ? もしかして、お邪魔しちゃった感じ?」
「なんのことだ?」
同じクラスなんだから、そこに登校するのに、邪魔もなにもねえだろ。
俺がそう答えると、安堵した様子の香澄は、軽口を無視して、俺から光莉へと視線を移し。
「ああ、なるほど」
なにかに納得した様子で、荷物を置くと、光莉の肩に後ろから手をかける。
「光莉。あたしで良ければ話聞くよ」
「香澄さん? いえ、私は――」
なにか言いかけた光莉を、いいからいいから、と香澄は肩を押しながらどこかへ連れて行く。
相変わらず――姉貴もそうだったわけだし、香澄がって限定したもんじゃなく、女子なら大抵はそうなのかもしれねえけど――この手の話には敏感なやつだ。
数分もしないうちに二人は戻ってきて。
「詩信。あたしの話、聞いてなかったの?」
いきなり聞いてなかったのかとか言われても、他人との会話をいちいち全部覚えていられるわけねえだろ。どこの超人だよ。
 




