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そこまではよくあるかもしれない光景 4

「なに言ってんんだ。俺だけじゃねえ。他の女子たちだって、健太郎だって、下の名前で呼んでるじゃねえか」


 たしかに、高校生くらいになると、親しい相手でもなけりゃあ異性を下の名前で呼び捨てにしたりはしねえかもしれねえけど、絶対じゃねえだろ?

 そもそも、それだって俺たちが勝手にそうだと思い込んでいる、決めつけているだけのことだし。

 つうか、下の名前で呼んだだけで付き合ってるだの、付き合ってないだのと……ここ、高校だよな?


「それが気になるってんなら、おまえらだって光莉のことをそう呼べばいいだろ」


「まあ、そうだけど……なあ?」


 ほかの男子はちらちらと光莉や俺の様子を見ているばかりで、実行しようってやつはいねえ。

 なんなんだよ、いったい。そもそも、名字があまり好きじゃないって言ってたのは、光莉じゃなかったか? いや、学校じゃあ言ってなかったか。


「詩信くん。そろそろ帰りましょう? 彩希さんをお待たせしてしまいますから」


「朝から暇してんだから、誤差だろ」


 いまさら、多少急いだところで変わらねえと思うが。

 光莉から声をかけられると、なんとなく、集まっていた人だかりも自然に散開されてゆく。

 結局、自分から声かけたりはしねえのかよ。


「実際、どういう関係なんだ、榛名と神岡って。藤原ならなんか知ってる?」


「さあ。でも、まだ付き合ってはないんじゃね?」


「七瀬……はもう部活行っちまったか。けど、先輩に声かけられてスルーして、榛名と帰るって――」


 そんな声を無視して、俺と光莉は教室を出る。

 付き合ってるかどうか、あるいは下の名前で呼んだかどうかってだけで、あの騒ぎだ。当分、光莉が榛名家で暮らしてるってのは伏せといたほうがいいだろうな。同棲してんのか? とか、無駄に話が大きくなるのが見えている。

 まあ、そっちは気にしてても仕方ねえ。

 それより。


「なあ、光莉。気づいてるか?」


 多分、俺の気のせいじゃあねえと思うんだが。


「なんのことですか?」


 気がついてねえのか、それとも、気がついているのに、気づいてねえ風を装っているのか、光莉はただそう答える。

 

「さっきから、具体的には靴箱まで降りてきてから、強い視線を感じるんだが」


 もちろん、いまだに光莉は注目を集めている。ちょっとやそっとの視線ってのは、日常だろうから光莉も気には止めてねえのかも知れねえし、だからこそ、視線に鈍感なのかもしれねえけど。

 しかし、この気配は、なんつうか、普段のそれとは違うと思う。俺が感じとれるくらいだからな。

 今すぐにこっちへ襲いかかろうってことじゃあなさそうだけど。


「では、一応、靴なども持ち帰ったほうが良いのでしょうか?」


 光莉は――もちろん、俺も――置勉なんかはしてねえ。

 しいて言うなら、校庭、体育館内での体育用の靴くらいのものだが。

 

「まあ、良心っつうか、常識を信じたいところではあるけどな」


 高校生にもなって、幼稚ないたずらをするようなやつはいねえと思いたいが、だからこそ、その程度のいたずらじゃあ、なにも言われねえ、問題にはされねえだろうって思われてるかもしれねえし。

 考え出したらきりはねえけどな。

 

「私は詩信くんを信じていますから」


 光莉は、体育着の入れてある袋に、それらの靴も詰め込み。


「俺が持とうか?」


 俺の言い出したことだ。

 所詮は靴二足分重くなっただけとはいえ、多少は重さを感じるだろう。


「大丈夫です。お気遣い、ありがとうございます」


 光莉はなんでもなさそうに微笑んではいるけど、いつまでもこんなことを続けてはいられねえ。 

 もちろん、気にしすぎって可能性はある。しかし、万が一を考えるとな。

 もっとも、高校生にもなって、机だとか、靴だとかに落書きってのも、幼稚すぎるっつうか、子供すぎるとも思うけど。あとは、ごみを詰めるとかか?

 靴はともかく、ロッカーだの、机だの、靴箱だのにやったら、公共物破損だしな。

 

「そうだな。いざとなれば、振り回して武器にできるしな」


 鞄にも鉄板仕込んどくか?


「いきなりなんの話ですか? そんなことしませんよ」


 襲われたときの自衛手段の話だが、まあ、冗談だな。

 

「そんな鉄板とか、靴なんかより、詩信くんほうがずっと頼りになりますよ?」


 光莉が俺を斜めに見上げてくる。


「まあ、そのためにこうして一緒に登下校してるわけだからな」


 光莉にだって付き合いはあるだろう。

 いつも、いつまでもこうして一緒にいられるってことはねえだろうけど、しばらく、落ち着いたかどうかの判断ができるまで、あるいは、光莉が安心できるまでは続けたほうがいいか。

 

「詩信くんは一緒にいてくれないつもりですか?」


「いや、そうじゃなくてだな。光莉だって、友達付き合いとか、学校で用事とか、あるかもしれねえだろ?」


 それにまで俺がついてくことはできねえって話だよ。

 俺は見上げてくる光莉の頭に手を置き。

 

「そう不安そうな顔すんじゃねえよ。不安なら、いつだって、どこだって、まあ常識の範囲内でなら、付き合ってやるし、どこだって駆けつけてやるからよ」


 家族だからな。

 あとは、位置情報さえわかれば、多少の無茶はできるってもんだ。


「もしかして、まだ私がどこか、詩信くんの手の届かないところへ行くかもしれないと考えていますか?」


 心外だ、とばかりに光莉は頬を膨らませる。

 

「前科があるからな」


 光莉が、信念とか、覚悟とか、もろもろ決め込んで出て行ったってんなら、止めはしねえ、むしろ、応援するかもしれねえけど。


「だからって、光莉のやりたいってことにいちいち口出しするってことじゃねえ。俺だって、姉貴だって、父さんや母さんだって、むしろ、応援するだろう。けど、危なそうだったりすれば、止めるかもしれねえってだけだ」


 俺は賢くねえから極端な話になるけど、飛行機から飛び降りようってやつがいたら、誰だって止めるだろ?

 たとえば、事故ってそこから飛び降りなきゃ死ぬって感じの状況なら、仕方ねえのかもしれねえけど、それでも一緒に飛び出すくらいはしてやることはできる。

 俺のほうが光莉よりは受け身も上手いだろうし、人ひとり抱えたまま五点着地とか、今の俺にそこまでの無茶ができるかってのはあるけど、いざとなればそのくらい、根性でやり切ってやるからよ。


「だから、黙って抱え込むんじゃねえぞ」


「この前から、同じことばかり聞かされている気がします」


 だったら、ずっと反省してろ。

 光莉だって、勉強教えてくれるときには、継続だとか、繰り返しが大切だって言ってるじゃねえか。


「そうですけど、過保護すぎると思います」


 とはいえ、光莉は、そこまで言うほど嫌そうな雰囲気をしてはいないみてえだけどな。

 一方的な関係に見えてるのが気に入らねえのか?

 俺からすれば、光莉には、勉強を教えてもらってたり、この前は母さんの料理を手伝ってたり、世話になってることばっかり多い気がするんだけどな。

 俺が出かけてる間には、部屋の掃除とかもしてるみてえだし。

 風呂は……まあ、あれは気にしねえことにしてるけど。

 

「私も詩信くんみたいに護身術を習ったら信用してもらえるんでしょうか?」


「そうだな。俺は武術をもう十年くらい続けてるけどな」


 そのくらいやって、光莉が十分に実力をつけたと判断できたら、信じてやってもいいかもな。

 そう言ってやると、光莉は、むぅ、と小さく唸った。


「光莉だって、この前の、あー、体力テストみたいに得意なことと不得意なことがあるだろ? 家族内なら、それの役割分担だってだけだ」


 学力テストと言おうとして、そういや、光莉はどの教科も軒並みトップクラスだったな、と思い直して、言い直した。

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