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出会い 3

 ◇ ◇ ◇



 榛名家の両親は共働きだが、母さんは土日、父さんは日曜に休みだ。

 加えて、父さんの仕事は大抵遅く、日付が回ってからの帰宅だが、母さんは夕方ごろには帰宅している。

 というわけで、今日は一週間で唯一、家族全員が揃う日で、考えてみればだからこそ、光莉を迎える日にしたんだろう。

 やっぱり、前もってわかってたんじゃねえか、という文句にもならない文句は、飲みこんでおく。過ぎたことだしもういいだろうと言われるのが見えているからだ。


「それじゃあ、光莉ちゃん。榛名家へようこそ」


 さすがにクラッカーこそ鳴らさなかったが、それももしかしたら、たまたま見つけられなかっただけなのではと思えるくらいのテンションで、母さんと父さんが夕食の席に着いた光莉に拍手を送り、姉貴も同じくらいのテンションで、俺は流されるままに手を叩いた。

 しかし、一つはっきりさせておきたいことはある。

 

「母さん」


「どうしたの、詩信くん」


 いただきますの前に言うことじゃねえかもしれないが、聞いておかなければどうもこうもねえ。


「こいつ――神岡光莉ってのは何者だよ」


 べつに、うちに居候が増えるのはかまわねえ。俺だっていまだ、両親の庇護下にある子供だ。

 けど、それとこれとは話が別だ。

 なにをして、どこから拾ってきたのか。親戚とか、家族、他の身よりは?

 

「そうね。これから家族になるんですもの。光莉ちゃん」


 母さんに促された光莉は、その場で静かに立ち上がると。


「神岡光莉です。歳は十五で、この春から星海高校へ通わせていただくことになっています。その間、こちらでお世話になります。どうぞ、よろしくお願いいたします」


 歳は十五って、俺と同学年かよ。

 しかも、予想どおりっつうか、やはり、星海高校へ通うらしい。


「特待生の制度がある高校で、一番近かったのがこちらだったんですって。光莉ちゃんのお祖父様とお祖母様はご健在でいらっしゃるけれど、高校に通うとなると、片道一時間も毎日電車に揺られるというのは時間がもったいないでしょう? それで、私が引き取らせてもらえることになったのよ」


 それで、に省略しすぎだろ。

 むしろ、その部分の話が聞きたいんだが……あまり、踏み込むべきじゃねえってことなのかもな。


「たしかに、うちからなら高校まで近いもんね」


 姉貴の言うとおり、つうか、姉貴も一昨年まで同じ高校に通っていたんだが、せいぜいチャリで十分ってところだからな。 

 むしろ俺も、だからこそ星海高校に入るために受験勉強を必死にやったというところはある。

 それが、特待生だと?


「へえ。すげえ頑張ったんだな」


 入試の成績で上位五番以内に入ってたってことだろ?

 俺もこれまでの人生の中で最も頭を働かせて高校入試に挑んだことは間違いねえけど、特待生には至らなかった。

 

「だって、あんたはもともとも体力馬鹿のほうじゃない」


「人の心を読むんじゃねえよ」


 しかし、この姉、入試前には俺たち三人の勉強を揃ってみるくらいには成績が良い。

 

「その体力馬鹿のお陰で入試だって乗り切ったんだから、いいだろ、べつに」


 自分で言うのは不本意だが、間違いなく、姉の教えと自前の体力のお陰で俺は受験を乗り切ったようなもんだからな。

 よくわかっていない様子の光莉に、姉貴が隠す気もなく笑いながら。


「こいつ、入試の前の一週間にほとんど徹夜で教科書とか、参考書を詰め込んで、問題集を解きまくるなんて馬鹿なことやってたのよ」


「暗記も苦手なんだから、だったらあとはひたすら数こなして、身体に覚え込ませるしかねえだろ」


 姉貴とか、光莉とか、勉強のできるやつにはわからねえかもしれねえけど、暗記は根性でどうにかできるもんじゃねえ。いや、ほとんど根性で試験を乗り切った俺が言えたことじゃねえけど。


「そんなにしてまでお姉様と一緒の高校に行きたかったのよ。可愛いところあるでしょう?」


「おい、姉貴。光莉に嘘吹き込んでんじゃねえよ」


 俺が星海高校なんて、中三開始時の偏差値からすれば十は上のところに通おうと思ったのは、ほかの高校と比べて、圧倒的に近かったからだ。他のところだと、次に近いところでも、通学に一時間……はかからないにしても、三十分は間違いねえ。つまり、往復で一時間。

 榛名家の立地的には悪くねえはずだけど、さすがに自転車で数分以内の圏内となると、他にはなかった。

 姉貴は俺のことなどすでに無視して。


「榛名彩希よ。よろしくね、光莉ちゃん。お姉様でも、お姉ちゃんでも、好きなように呼んでくれてかまわないのよ」


「……よろしくお願いします、彩希さん」


 姉貴の勢いに多少押されかけていた光莉は、すぐさま持ち直し、頬笑みを浮かべる。


「弟も悪くないけど、やっぱり妹がいたらって思うと、すっごく可愛いわ。あっ、でも、もしかして、妹は嫌だった?」


 姉貴は俺と光莉とを見比べる。

 いったい、なんだってんだ? 俺と比べての話か?

 

「いえ、そのようなことはありません」


「へえ。ふぅん?」


 姉貴はその瞬間、おそらく光莉は気がつかなかっただろう間だけ、真面目な表情を浮かべ。


「じゃあ、光莉ちゃん。明日は一緒に買い物に行きましょう。このあたりの案内もついでに」


「ありがとうございます」

 

 姉貴はさっそく乗り気で、本気で案内をする気があるのか、はなはだの疑問だ。

 

「なに、我関せずみたいな顔してんの、詩信。あんたも来るのよ? どうせ、明日は道場に行くのは夕方からで、午前中とか暇でしょう?」


 光莉が迷惑に思ってないなら、好きにすればいいと思ってはいたけど、まさか俺に飛び火するとは思わなかった。


「なんで俺が」


「荷物持ちが必要でしょう?」


 臆面もなく言いきった。

 しかし、姉貴には有形無形の借りがいくつもある。俺のほうも貸していたりはするけど、そんなことは数じゃねえ。

 まあ、家族間で借りだのなんだのとは言いたくないし、絶対に断る、とまで言うことでもねえ。

 女子二人の買い物に付き合うってのは、かなりハードだが、まさか香澄に声をかけるほどじゃねえ。こっちのほうが、後でなにを言われるか、たまったもんじゃねえからな。たとえ、缶ジュース一本にしたって、高校に上がったばかりの俺にとっては(他にほしいものがあるとかどうとかいうことは関係なく)大金だ。

 

「わかったよ」


 しかし。


「母さん。俺の部屋を半分光莉の部屋に改造するのはいいけど、今日はどうすんだ?」


 改造といっても、おそらくはしきりを立てるくらいだろうけれど、それにしたって、すくなくとも今日は不可能だと、このときの俺は楽観的に考えていた。

 それはともかく。


「今日って、そこにソファがあるでしょ」


 榛名家は二階建てで、一階のキッチンの前には食卓があるが、その手前側のスペースは半分が両親の寝室、もう半分がテレビと机とソファ、いわゆる、リビング的な間取りになっている。

 ついでに言えば、風呂や洗面所なんかも一階だ。トイレは一階と二階、両方にある。

 

「あの、私――」


「わかったよ。じゃあ、毛布だけはもらってくから」


 今は春先で、すでに仕舞ってある冬用の布団がある。出すのはちと面倒だが、明日には買い物に行くってことは、今日だけのことだろう。


「ん? 光莉、なんか言ったか?」


「……なんでもありません」


 そうか。なんか聞こえた気もしたけど。


「詩信。あんた、隠すものはしっかり隠して、光莉ちゃんの目に入らないようにしときなさいよ」


「隠さなきゃならねえようなもんは置いてねえよ」


 姉貴は考え込むような素振りを見せて。


「え? 高校生男子の部屋にあるものっていったらあれしかないでしょ。小学校の卒業アルバム」


 そんなん、べつにどうでもいいわ。



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