この空の下でたった一人を見つけられること 3
「なんか勘違いしてるみてえだから言っとくけどな。人質とるってのは、本気で害そうとするつもりがあるやつにしか意味はねえぞ。ただ脅しのためだけに光もんちらつかせてるようなビビりには、なんの役にも立たねえもんだ」
残りは一人。まあ、有視界範囲内にはって意味だが。健太郎が回ってきてるだろうほうからは音が聞こえてきてねえから、あっちは誰もいねえのかもしれねえ。俺のほうが先に発見できたのは、単純に距離のせいだな。
「てめえはどうなんだ。お仲間は全員くたばったが、一人で向かってくる度胸はあんのか?」
度胸、なんて言葉を口にしたが、そんなもんがねえことは、女の光莉を相手に大人数で取り囲み、果ては凶器まで使ってる時点でわかりきっていることだ。
ちらりと見やるが、今のところ光莉に目立った外傷は見られねえ。ナイフの傷だとか、殴られた跡だとかな。もちろん、衣類の損傷はあるし、夜で遠目だから、詳しくはわからねえけど。
「てめえ、こいつのことが見えねえのか!」
残った一人は、それが生命線であるかのように、光莉にナイフを向ける。
「おまえがもし少しでも動けば、どうなるかわかってんだろうな」
「俺が少しでも動いたらどうなるってんだ?」
さすがに、ナイフが向けられた状態だと、一瞬で光莉に傷がつくかもしれねえな。俺のほうからも脅すのは逆に悪手か。
「てめえ、なにしてんだ! 動くんじゃねえって言ってんだろうが!」
「先に言っといてやる。もう警察には通報済みだ。場所も割れてるから、もうすぐ到着すんだろ。いや、もう来てるかもしれねえな」
サイレンの音とかは聞こえてきてねえから、本当に来てるかどうかはわからねえけど。
「そうしたらどうなると思う? 未成年の女子を襲い、複数人で拉致、武器まで持ち出して脅迫、レイプ未遂、立派なもんだ。こういう場合、女が被害の実態を話すのを恐れて公にならねえとでも踏んだか?」
朝のニュースか、昼のワイドショーか、まあともかく、今後まともにお天道様の下を歩けることはなくなるだろう。
もっとも、それは今の時点ですでにとも言えるだろうが。
「う、うるせえ! てめえは――」
男は、光莉から一歩離れ、俺のほうへ踏み出す。
つまり、光莉とナイフとの距離も、一歩分だけ開いたってことで、即座に、適当に振るっただけとかで傷つけられることもなくなったわけだ。
ほかのやつらの練度から見て、こいつだけナイフの達人ってこともねえだろう。動きっつうか、構えっつうか、明らかに素人くせえし。
そしてそれだけで十分だ。
そこはすでに俺の間合いだから。
「はっ?」
踏み込み、男との距離を一歩で詰める。
まず抑えたのは男の右手、ナイフを握ってるほうだ。
「てめ――」
そのまま頭突き。
俺は平気だったけど、相手は舌とか噛んだかもな。あと、額からも血ぃ出てた。気にしちゃいねえが。
そいつはナイフを持っていた手を放し、後方へとそのまま倒れる。
「ってぇ」
俺のほうから仕掛けたとはいえ、頭と頭でかち合ったことは事実。俺のほうにもダメージはある。たんこぶくらいはできたかもしれねえ。
ほかに潜んでるやつとかいねえよな?
すこしばかりくらくらとする頭を振って。
「あの、詩信く――」
「今その手錠ぶっ壊すから、動くんじゃねえぞ」
なにか言おうと口を開いた光莉を押し留め、俺は今の男が落としたナイフを拾う。
どっかに鍵とかあるんだろうが、探すのも面倒だ。
「この鎖の部分切断すっから、光莉は動かねえよう、引っ張る感じで手を前に体重かけといてくれ」
あいにく、針金だとか、そんな便利なものを都合よく持ってはいねえ。
俺は、その柱が立ってる、なんていうんだ? 建物の周りの通路の部分に登り、その鎖部分がかけられているところの真後ろに正座するような格好になる。
光莉が手を前に出そうとして、玩具の手錠の鎖の部分が突っ張られる感じになり、その引っかかる真ん中の一点に、ナイフを真っ直ぐ振り下ろす。
何度かトライし続け、ようやく、プラスチックの鎖は切断できた。安物の玩具使ってくれてて助かったぜ。
反動で前によろけた光莉はそのまま、崩れるように膝をついた。
俺は手すりを飛び越えて降り立つと、光莉を支える。下着姿だとか、そんなことを気にしていられる余裕は――とりあえず――ねえ。
なにはともあれ。
「光莉、一旦、降ろすぞ」
俺は静かに光莉をその場で座らせると、上着を脱いで、光莉に着せる。
一応、下着までは剥ぎ取られずに済んでいたみたいだが、春先とはいえ、夜に上半身下着姿、下半身のスカートも切り裂かれていた光莉の身体は、大分冷え切っていた。
どうする? 健太郎に連絡して懐炉でも――。
「詩信!」
健太郎が走って逆側の角を回ってくる。
俺と光莉を確認して。
「大丈夫だったのか?」
「わかんねえ」
まだ、なんも聞いてねえからな。
しかし、聞いても良いものかどうか。
この光莉の冷たさからいって、数時間はここにこうして拘束されていたんじゃねえかと思う。その間、なにもなかったのかどうかなんて、俺には光莉に聞くことはできねえ。
「とりあえず、コンビニで懐炉的なもんか、あったかいお茶かなんか買ってきてくれ」
「任せろ」
走り出した健太郎は、あっ、と立ち止まり、俺たちのほうを振り返って。
「詩信。それまで、ちゃんと光莉ちゃんのこと温めとけよ。人肌で」
「いいから、さっさと行けよ」
俺は光莉を前から抱き締める。
後ろから、姿が見えねえままに抱きしめられるってよりは、光莉の今の心境を考えると、顔が見えるほうが良いんじゃねかと思ったからだ。
まあ、結局、顔は互いの顔の横にあって、良くは見えねえんだけどな。
「……あの、詩信くん」
「どうして、とか聞くんじゃねえぞ。場所がわかったのは奇跡でもなんでもねえ。スマホのお陰だよ」
なにか、運命的な流れがあって導かれたとか、奇跡的、偶然に見つけられたとか、そんなことじゃねえ。
俺のほうからも言いたいことはたくさんあったが、とりあえず。
「よく耐えたな」
女一人、身ぐるみ切り裂かれて、拘束されて、複数の男に囲まれて、武器まで持ち出されて。
けど、光莉の顔には涙の痕なんて見られねえ。大した度胸っつうか、すげえやつだよ。
「どうしてここに? 私が、勝手に出てきたのに」
光莉の声は少し上擦っている。
どうしてって聞くなって言っただろうが。いや、違えか。
「そりゃあ、おまえ、家族がいなくなったりすれば、心配して当たり前だろうが。言っとくけどな、この先、何回おまえが家出したって、そのたびにこうやって周りを巻き込んでおまえを探すからな。たとえ、スマホの電源切って位置情報がわかんなくなっても、近くの家から全部聞き込みする。手当たり次第にチャイム押して回るわ。近所中、大迷惑だな」
早朝だろうが、夜中だろうが、通夜やってようが、大雨だろうが、関係なくな。
すこし待って、光莉が多少は落ち着いてきたようにみえたところで、俺は離れようとしたんだが、今度は光莉のほうからくっつかれた。
まあ、それで安心できる、俺で安心してくれるってんなら、俺の身体くらい、いくらでも貸すけどな。
「それで? おまえはなんでこんなところにいんだよ」
なんでここに連れてこられたのかって意味じゃねえぞ? どうして、勝手にうちを出て行ったのかって意味だからな?
「ここまできて黙ってることもねえだろ。つうか、全部吐き出しとけ」
俺たちは家族だろ?
なら、その不安っつうか、不満っつうか、そういうのは全部――まあ、光莉は来たばっかりで、全部ってのは難しいかもしれねえけど、すくなくとも、今回の原因くらいは――遠慮なんかすることはねえ。
 




