入学と、それから家出 14
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入学当初、それこそ、入学式の前から目立っていた光莉だったが、今回の件を境により注目度が上がった気がする。
もともと学年、どころか学校、そして、町中を探しても二人とはいないだろう、銀色の髪と青い瞳により話題になっていた光莉のことを、明らかにひと目見よう、あるいは見かけたら御の字、とばかりに俺たちの教室まで来る見物客が増えた。
もちろん、あからさまにじろじろと教室内を覗いてくるとか、そんな真似はされないが、ちらちらとした視線は増しているように感じられた。
漫画なんかみたいに、靴箱を開けると手紙が溢れ出すほどに詰められているなどという事態こそ起こらなかったし、当の本人はまったく、欠片も気にしていない様子で、今までと変わらなかったが。
「詩信、ちょっと」
その日の昼休み、俺は香澄に呼び出された。
もちろん、香澄が俺に告白だとか、その逆もありえねえ。単純に教室では、あるいは人の目がある場所では話しにくいことなんだろう。
地下にある学食の隅の一角に向かい合って腰を下ろす。
学食は、満員というほどじゃあねえが、それなり以上には賑わっている様子で、食事や会話、あるいは料理や片付けの音が適度に響いていて、内緒話をするにはなかなかの場所に思えた。いちいち、メッセージだか、メールだかってもの面倒だしな。
他の学食を利用してるやつらも、俺たちになんか少しも興味を向けてきている様子はねえ。
「光莉がラブレターもらったり、呼び出し受けたりしてることは知ってる?」
「まあ、一応。全部把握しきれてるわけじゃねえけど」
同じ高校に通い、一緒の家に暮らしている関係上、まったく気がつかないってわけにはいかねえ。そんなやつは、余程のぼんくらか、他のことに興味のなさ過ぎる世捨て人かのどっちかだ。
もちろん、そこはエチケットっつうか、気づかなかったふりはしてるけどな。そもそも、プライベートなことだし。
「じゃあ、その相手が同学年だけじゃなくて、先輩も入ってるのは?」
「そんな詳しい内訳まで知ってるはずねえだろ」
他人に宛てられた手紙を盗み見る、そうじゃなくても、見せてもらうなんて下世話な真似ができるはずはねえ。加えて、今回のはラブレターなんだろ?
逆に、なんで香澄は知ってんだよ。
「あたしだけじゃなくて、女子はだいたい知ってるわよ」
「怖すぎだろ」
千里を走るっていう悪事より、一瞬で学校中に広がる女子高生の噂話のほうがよっぽど恐ろしいな。
「それで、その光莉が告白を断ったというか、相手にもしなかった相手のうちの一人が、結構人気のある先輩らしくって。そのファンクラブ的なところが噂を流してるんだけど、その中には、まあ、その、光莉を直接攻撃とか、貶めるような話もあって」
香澄は普段、光莉と親しくしているし、それを隠そうともしてねえ。それは、普通とわざわざ言うほどでもないくらいのことだ。
そんな香澄の耳にまで入ってくるってのは相当だな。まあ、あえて、って可能性もあるが、それにしても、相手にそこまでやらせてるってことだからな。
「つまり、なんだ。その、光莉が告白を断った先輩ってやつのファンクラブ的なあれが過激派になってるってことか?」
「大体そのとおりかな。あたしもバスケ部で光莉のこと聞かれたりもするし。まあ、うちの部の先輩たちはそれほど直接は興味ないって感じなんだけど、その先輩の友人というか、クラスメイトの中にも過激派の人がいるらしくって」
頭痛くなってきた。
なんで直接言わねえで、こそこそやるんだろうな。
そもそも、光莉は告白を相手にもしなかったってことは、そのなんたらって先輩とは付き合うことはなかったってことだろ? それなのに、なんでそんな恨みを買ってんだ?
好き、なのかどうかは知らねえけど、自分の想う相手が別のやつ(ここでは光莉だが)と付き合わなかったんだから良かったじゃねえか。
そもそも、ファンクラブってどういうことだよ。
世間的には、一介の高校生以上のものではないんだろ?
「……皆が皆、詩信みたいに単純だったらいいんだけどね」
こいつ、喧嘩売ってんのか? 戻っていいか?
「光莉のことがまったく、これっぽちも気にならないっていうんなら、いいよ」
俺は天井を仰ぐ。
「……なんで俺なんだ? おまえが気にしてりゃあいいじゃねえか。同性のことだし、俺よりわかってんだろ?」
「それは私もできる範囲ではしたいけど」
多分、その中には香澄の友人もいるんだろう。
たとえ、香澄と光莉の仲が良くても、その関係者全員が光莉と仲が良いわけじゃねえ。人の気持ちなんて違って当然だし、同じだったら戦争は起こらねえ。
これは、高校っていう小さな箱の中で起こっているわけだが、ものを巡って――光莉にその気があるとかどうとかってのは関係がなく――行われている、間違いなく、争いではあるわけだ。巻き込まれた当人にとっては迷惑以外の何物でもないってところも含めて。
「けど、俺にできることなんて限られてるぞ。つうか、なにができるってんだ?」
光莉に嫌がらせをしようってやつらを全員とっちめて、脅してやればいいのか? いや、それじゃあ、余計な噂が足されるだけだ。
噂にもならないほどに脅せば、今度は教師が出てくるだろう。
教師なら、嫌がらせをしようってやつらを止めてほしいもんだが。
「だから、一緒にいて、見ててあげてってこと。こういうのって、側に誰かいてくれるだけでも違うから。もちろん、あたしだってできる限りはするけど、やっぱり、一緒に住んでる詩信のほうが違いというか、変化には鋭く気づけそうだから」
そうかあ? おまえ、前に俺なんか朴念仁だからって言ってなかったか?
「まあ、でも、わかった。ようは、注意して見てろってことだろ?」
「そういうこと」
だが、問題もあるぞ。
「そのこと、光莉にはどう説明するんだ?」
「どうって、そもそも、説明できるはずないでしょ。私たちにまで迷惑かけてって、光莉が思いつめちゃうかもしれないし」
香澄は、なに言ってんの、って具合に返してくるが。
「いや、さすがに俺があからさまに緊張した様子で接してたら、光莉のことだし、何事かって察するんじゃねえか?」
俺が朴念仁だってのはおいておくとして、いや、だからこそ、そんな俺なんかよりよっぽど気配だとか、感じだとかに敏感な光莉なら、俺が気にしてるってこともすぐに察して気を遣っちまうと思うんだが。
ともあれ、今、こうして知ってしまった以上、知らないふりなんて演技はできねえぞ。俺はそんなに器用な人間じゃねえ。武術的に相手を騙すような、体術とか、心理戦とかって話じゃないんだからな。
それよりは、その元凶のほうをどうにかしたほうが早いんじゃねえか?
「どうにかって、詩信、埋めたり、沈めたりは犯罪なのよ?」
香澄は馬鹿な子を見るような顔を向けてくる。
おまえはおまえで失礼だな。俺をなんだと思ってんだ。まあ、幼馴染だからこそ、遠慮がねえってのはあるだろうけど。
「はいはい。いいから、光莉のこと、ちゃんと気にかけていてあげてよね」
「おまえはどの立場で言ってんだ」
だが、多分、香澄は俺が、なんだかんだと言いつつ結局は光莉のことを気にかけるだろうってことをわかっていたんだろう。
だてに長く付き合っているわけじゃねえからな。
それに、もともとうちに来る予定だったとかってことはともかく、最初に声をかけたのは俺だしな。光莉は犬猫じゃねえけど、拾ったからには、最後まで責任を持たなきゃならねえ。
それから、光莉には勉強を見てもらっている恩もあるし、礼もある。家事でも助けてもらっているしな。
光莉が困ってるっていうんなら、わずかでも、俺にできることがあるってんなら、力になりたいとは思っている。
あとは、家族だってのもあるが、そんなことはいちいち言うまでもねえことだろう。
しかし、結果的に言えば、俺たちは少し遅かった。
その日、俺が道場から帰ってきたとき、いつも出迎えてくれる光莉の姿がなかったからだ。




